4/第五章 無能王と天才児

 プラタナスの無力化に成功した俺達は、一旦俺の私室に集まっていた。


 ヒースはすぐに病院に運ばれ、表向きは治りかけていた傷が、無理をしたせいで悪化した、という事で誤魔化すつもりだ。


 散々暴れたプラタナスは、俺の部屋に置いてあった椅子に縛りつけてある。


 それはもう、全身ぐるぐる巻きにするほど厳重にだ。


 まあ、仮に暴れても無駄だろうけど。


 アイリスが氷結剣を抜いたまま、近くに立っているから。


 仮に、近くに置いてある千里剣を展開で動かそうとしたら、即座に斬り殺すと脅していたからだ。


「テメエどういう神経してるんだサフラン! 最初からアタシらの事騙してたんだな」


「うん。ゴメンね」


「ゴメンねじゃねえよ! 全然悪びれてねえじゃねえか!」


 カトレア教官は、ずっとサフランに対して怒鳴りかけていた。


 何度か一緒に戦い、実力を認め合い、情も湧いていた相手に裏切られてお冠のようだ。


「ウチは始めからプラタナスに命令されてアンタ等の仲間になったフリしてたんだ。プラタナスがシオンの後見人の座をクロウから奪って見せるって言いきるから、そのままプラタナスに協力しとこうと思ってたの」


「で、それが失敗したから、プラタナス側じゃなくてアタシらにつこうってか? 虫が良すぎるだろうが!」


「もう~。コイツ捕まえるの協力したから許してよ~。良いじゃん別に~。ウチは役に立つっしょ? 一緒にいた方が得っしょ?」


「そういう問題じゃねえんだよ! 何時裏切るか解らねえ相手を信用できるか!」


「カトレア教官。もう良いじゃないですか」


 俺はプンプンと怒り狂っているカトレア教官を宥めた。


「勝つ側につこうって考えは別に間違ってないと思いますよ? 負けると解ってるのに義理を果たして一緒に死ぬべきだ、なんて方がどうかしてますよ」


「で、でもよう、クロウ……」


「教官。サフランは拉致されたアイリスを助ける時も、処刑されそうになったカトレア教官を助ける時も、大活躍したでしょ? 今さら抜けられると困りますよ」


「う……」


「それに、日和見主義の仲間ってのも悪くないでしょ。ソイツが傍にいる限りは勝ってるって事ですから」


 なんて事を俺が言うと、サフランがいきなり抱きついてきた。


「わ~い。クロウのそういう所大好き~」


「……」


 まったく心が籠ってないから全然嬉しくない告白だ。


 元々サフランはその気もないのに腕を組んだりしてくるくらい、スキンシップが過剰だし。


 だから俺は何とも思わなかったけど、


〈……〉


「……」


「……」


 背後で佇んでいるホリーと、目の前にいるカトレア教官とアイリスが殺気を出してくる。


 怖いよう。


 俺は何も悪い事してないのに。


 そう思いながら、俺はサフランを押しのける。


 そして、椅子に縛りつけられているプラタナスを見つめた。


「とりあえず、プラタナスをどうするべきか……」


「殺せ」


「殺すべきよ」


「殺した方が良いと思うよ」


 カトレア教官、アイリス、サフランは即答した。


わあ、満場一致で殺せだよ。


 我が陣営の戦力は圧倒的ではあるが、作戦立案の面でちょっと偏り気味である。


「あのねえ、無力化したら味方に引き抜こうとするべきだよ……」


 俺が溜息を吐きながら呟くと、


「ああ!? お前は女相手だけじゃなくて美男子にも甘いのかよ!」


「こんな男、生かしといても災いにしかならないわ」


「ウチが言う事じゃないけど、プラタナスは誰かの下につくような男じゃないよ」


 女性陣は再び同じ意見を口にする。


「正直な話、俺はプラタナスを絶対に仲間に加えたいんだよ。この男は絶対に必要な人材だ。前からこう言うヤツが仲間に欲しかったんだ」


 戦闘関連の戦力はシオンを筆頭に過剰な程に充実しているけど、頭脳労働とか参謀とか相談役出来るヤツがホリーしかいなかったからなあ。


 プラタナスが仲間に加われば、見事にパーティーの弱点をカバー出来る筈だ。


 おまけに、戦闘もこなせるという嬉しい誤算があったし。


 しかし、俺の「こういう仲間が欲しかった」という発言を聞いて、女性陣が全員揃って顔面を蒼白にしていた。


「お前……、ハーレムに野郎を加えるつもりだったのか……」


「シオンに何時までも手を出さなかったのは両刀使いだったからなの?」


「いやいや、そういう場合はバイセクシャルじゃなくて完全なホモって事だよ」


「ハーレムなんか始めから無いでしょうが! シオンに手を出さないイコール両刀使いってどういう事だ! 後、俺は普通に女の子が大好きです! アンタ等皆可愛いから大好きだよ! 野郎に興味ねえから!」


 俺が若干キレ気味にツッコミを入れると、何故かカトレア教官とアイリスが赤面して、サフランがキョトンとしていた。


 まあ、全員口を挟まなくなったので、俺は縛られたまま、無言を貫くプラタナスと交渉してみる事にする。


 俺の戦いはここからだ。


 一端、自分を殺そうとした相手を仲間にする。


 敵でも、有能なら味方にする。


 別に、今に始まった事じゃないさ。


 シオンを探しだした時、誤解を招いたとはいえ、カトレア教官もアイリスもヒース王子も全員敵に回したし、サフランはガチで敵だった。


 そんな事を考えながら、俺はプラタナスと視線を合わせる為に、椅子に座って向かいあう。


「プラタナス」


「断っておきますが、貴方の仲間になるつもりは全くありません。貴方達のような集団は理解に苦しみますので、加わりたいとは思えません」


 にべもなく、プラタナスは仲間に加わる事を拒絶した。


「良い度胸だなプラタナス! 今すぐ殺してやっても良いんだぞ! ああ?」


 爆炎剣を抜き放ち、ブンブンと振り回しながらカトレア教官が怒鳴るが、


「結構ですよ。事ここに至っては是非に及ばす。策略家は己の策が潰えた時、己が死ぬ事を覚悟しているものです」


 プラタナスは全く動じていなかった。


 俺みたいなやせ我慢じゃなくて、本気で死ぬ覚悟が出来てるみたいだ。


 こういう所も含めて、天才と凡人は違うんだなあ。


「ねえクロウ。本当に説得しても無駄だと思うよ? ウチはしばらくプラタナスに雇われて、何回か話した事あるから解るけど、コイツは自分が一番じゃないと気が済まないって性質だから」


 元々プラタナスに仕えていたサフランがそう言うんだから、事実なんだろうな。


「ううん……。勿体ないなあ。コイツがいないと干拓事業が出来なくなるから困るんだけどなあ」


 俺には交渉術なんか無いから、プラタナスを心変わりさせる方法なんか無い。


 それ以前に、自分より頭がキレる相手を従わせるような会話なんか絶対に出来ない。


「貴方はつくづく他人を利用する事しか考えてないのですね」


「俺に出来る事が殆ど無いんでね。自分に出来ない事は全部人にやってもらうさ」


「それで? 貴方に出来る事は?」


「仕事丸投げして幸せになる事」


「……はははははは!」


 プラタナスは爆笑したが、


「本当に私では理解出来ない相手ですよ。関わりたくもない。忠告してあげますが、私を殺さないと後悔しますよ?」


「負けたのに偉そうだなあプラタナス。アンタのそういう所は羨ましいよ」


「貴方だって何時も負けてるのに偉そうじゃない」


「うるせえ!」


 横槍を入れたアイリスに、俺は怒鳴り声を上げた。


「ところでプラタナス。アンタの敗因は何だと思う?」


「……私が敗北したと?」


「してるだろ。俺が交渉する気無くしたら、アンタこの中の誰かに殺されるぜ? アンタが今生きてるのは俺が止めてるから。アンタの生死は俺が握ってるんだ。コレって敗北じゃないの?」


「確かに……」


 プラタナスは、反論もせずに納得し、何やら考え込む。


「認めたくはないですが、私の策は全て潰えた……。勇者を引き抜くどころか、味方のサフランにまで裏切られた。計画していた事は失敗し、戦力を奪われる。まさに完全敗北だ」


「そうそう。策謀家ならさ、勝因も敗因も後から考察すべきじゃないの」


「仰るとおりですね。次に生かす機会もないでしょうが……」


 俯き加減のプラタナスは、しばらく無言で考え込む。


「……やはり、私が想定していた以上に貴方が周到だった事でしょうか。私には、いくら考えても勇者から絶対の信頼を勝ち取る手段も、百戦錬磨のカトレア教官や、思慮の欠片もないサフランを身内に引き抜く方法が解りません。アイリス嬢やヒース王子も、私の想像もつかない方法で友人に……」


「違うよ」


 俺は、プラタナスの言葉を遮った。


「負けて悔しいからって、自分に勝った相手を過剰評価するな」


 何故か、プラタナスは驚いたかのように俺を凝視した。


「アンタの俺に対する分析は完璧だったよ。アンタの目から見たら、俺は普通の人間以下の凡人だろ。いくら観察しても恐れる理由が無かったんだろ? 雑魚に見えただろ」


「……」


「大正解だよ」


「……」


「俺がアンタに勝ってる要素なんか微塵もない。何をやっても勝ち目なんか一切無いね。アンタが俺に負ける理由なんか無いよ」


「……」


「で? そんな雑魚に自分が負けた理由が解らないんだろ? ガッカリだなあ。自分の敗因も解らないヤツなんか仲間になっても使えないなあ」


「私の敗因とは、何なのですか?」


「解っても意味無いんじゃないの? 生きてるなら、反省を次に生かす機会もあるだろうけど、もうすぐ殺されるヤツが反省してもねえ」


「……教えてください。いくら考えても解りません」


「シオンだよ」


「は?」


「だから、勇者のシオンがアンタの想定した通りに動かなかったからだ。アンタはさあ、俺を直接襲って殺せば良かったんだ。俺が死ねばシオンは怒り狂うだろうけど、犯人がアンタだとバレなければ問題無い。俺が死んで落ち込んでいるシオンにこそ、とりいるべきだった。それを、シオンに俺を殺させる、なんて不確かで、成功率が微妙な作戦に頼るからこんな事になるんだ。後、アンタは自信過剰過ぎ。計画がバレた時、どんな手段を使っても良いから、俺を殺す気なんか無かったって言うべきなのに、堂々と迎え撃つんだもん。殺されたがっているようにしか見えない。それ勇敢じゃなくて無謀だから」


「……」


「アンタが負けた原因に俺は含まれてないよ。シオンがアンタの想定通りに動いてれば、俺は終わってた。正直、もう詰んだと思ったよ。人生で一番ビビった。シオンに殺されると思ったね」


「……」


「アンタの作戦は、俺の目から見て完璧だったよ。俺は雑魚だからね。シオンさえ味方にいれば何があっても大丈夫だ、なんて鷹を括ってたから、いざシオンが怒って俺を殺すかもしれない、なんて思ったら何も出来なくなった。マジでヤバいと思ったなあ。ビビりすぎて、失禁するかと思った」


「……」


 無言で佇み、返事をしないプラタナスを、俺は人差し指で指さした。


「俺が一番してほしくない事を、アンタはやった。アンタの俺に対する分析は完璧だった。シオンが俺とアンタの想像通りの行動パターンだったら、死んでるのは俺。解る? 俺はそんなアンタの頭が欲しいんだよ」


「欲しい?」


「俺の代わりに戦ってくれるヤツはいるよ? それでも、俺の代わりに考えてくれるヤツはいないんだよ。俺はねえ、戦いたくないし、何も考えたくないわけ? のんびりと楽しく幸せに生きたいんだよなあ、俺は。解る?」


「……」


「アンタは最高だよプラタナス。アンタより頭が良いヤツを見た事はない。だからこそ、俺はアンタに協力してほしいんだ。アンタが仲間になってくれれば、もう俺は何の心配事も無くなるよ」


「協力ですか……。私が貴方に力を貸し、知恵を貸したとして、貴方は私に何を貸してくれるのですか?」


「何も貸さないよ? 全部の仕事をアンタに丸投げするから、多分アンタには何の得もないんじゃないかなあ?」


「ほう? それは随分と不平等な協力関係ですねえ?」


 プラタナスは、徐々に笑みを浮かべ始めた。


 何時もの作り笑顔ではなく、素で面白そうに笑っている。


「アンタさあ、仕事するのが好きなんだろ? この世界の問題を全部改善したいんだろ?」


「仰るとおりです」


「俺は仕事するのが嫌いなんだ。何もしたくないね。だから俺達二人は一緒にいれば幸せになるよ」


「ふっふっふ。しかし、それでは協力とは言えず、一方的に利用されているだけなのでは?」


「そんな後ろ向きな解釈しちゃいけないよ。善意の協力ってのは大概一方的だよ」


「と言いますと?」


「赤ん坊を両親が育てるのに理由がいるかい? 怪我人、病人、老人を健康な人間が支えるのに理由がいるのか? 善意に理由なんか求めたら、人間社会は一日で終わるよ」


「なるほどなるほど。全ての人間が育児放棄し、足手まといを全て排除してしまえば、確かに文明というものが無意味になりますね」


「そうそう。アンタは出来る事が多すぎるから、一方的に他方面で協力させられるのは仕方ないんだよ。むしろ、頼りにされまくるのを誇れば良いだろ? 俺なんか何も出来ないから、誰にも協力出来ないんだよ。忸怩たる思いがあるね」


「ふっふっふ……!」


 その時、アイリスが持っていた千里剣が緑色に発光し、勝手に動き出した。


 千里剣は、プラタナスを縛る縄を切り刻むと、一瞬でプラタナスの手元に戻る。


「「「!」」」


 カトレア教官、アイリス、サフランの全員が警戒し、それぞれが所有する姉妹剣の柄を握るが、


「約束していただけますか?」


 プラタナスは、持っている千里剣を俺に差し出し、跪いた。


「私に、あらん限りの役目を与えてくれることを。私を信じ、私に全ての仕事を一任してくれる事を」


「俺が一番得意なのは丸投げなんだ。全部アンタに丸投げするよ。ややこしい仕事を全部アンタに押しつけさせてもらうよ」


「恐悦! 我が身、血の一滴に至るまで貴方に捧げます!」


「いや、それはいらない……」


こうして、無事にプラタナスが仲間に加わった。


 しかし、


「……教官……この二人が何を言ってるか解りますか?」


「知るかよ。解りたくもねえ」


「こんな楽しそうなプラタナス、ウチは初めて見たよ」


「やっぱりクロウは、そっち方面の趣味があったのかしら……」


「多分なあ。何時まで経っても女に手を出さないと思ったらそういう事か」


「プラタナスは潔癖症だから女嫌いだよ。マジでこの二人ヤバいと思うよ」


 女性陣からは軒並み不評だった。


 無言を貫いているホリーも、何やら驚愕の面持ちてドン引きしているし。


「……はあ」


 まあいいや。


 また俺達の戦力が増したのは確かだし。


「クロウ様。私が仕えるからには、貴方にはこの世界の覇者になって頂きます」


 駄目た。やっぱりコイツを仲間にしたのは色々ヤバかったらしい。


 面倒事が増える気しかしない。

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