4/第四章 天才のありよう
「あの野郎! 舐めた真似しやがって!」
カトレア教官がプンプンと怒鳴りながら王城内の廊下を大股で歩く。
その背後を、俺とアイリスとヒースの三人がついて行く。
どうも、プラタナスがシオンを利用して俺を殺そうとした、というヒースの指摘で、カトレア教官は怒り狂っているようだが、どうも俺は賛同しかねる。
結局俺は死ななかったし、いくらシオンを言い含めても俺を殺すように持って行くのは不可能だと解った今、別に怒る程の事でもない、というのが本音だ。
「ねえ教官。全部ヒースの思い違いかもしれないですよ」
「うるせえ! 私は教え子同士のイジメとか喧嘩が嫌いなんだ! 後輩にふざけた事しやがってあの野郎! 焼きを入れてやるからな!」
俺が何を言っても、カトレア教官の怒りは収まらなかった。
「……クロウ。教官の怒りは大袈裟じゃないぞ。早く手を打った方が良い」
「そうかなあ……」
隣を歩くヒースの言葉に、俺は首を傾げる。
無言で歩いているアイリスも、同意見のようだ。
「……」
気になると言えば、こういう修羅場を好むサフランがついてこなかった事。
そっちの方がよっぽど気になる。
だから念の為、ホリーにもついてきてもらっている。
修羅場になった時、ホリーに憑依してもらえれば、逃げ足に関してのみ、俺は神剣の姉妹剣使いに拮抗出来るレベルの身体能力を得られる。
余計に大事にしたくないから、シオンは置いてきたが。
「プラタナス! 何処だプラタナス!」
先頭を歩くカトレア教官が、怒鳴り声を上げながら城内の扉を手当たり次第に開けて行き、やがて、
「ここにいやがったかプラタナス!」
シオンが私室に使っている部屋の扉を開けた時、俺達はプラタナスを発見した。
「おや、カトレア教官ですか。お久しぶりですね」
プラタナスは室内にある椅子に座ったまま、落ち着き払った様子で答える。
「ほう、ヒース殿下にクロウ様も一緒ですか。そちらの女性は……カトレア教官と色違いの燕尾服を着ているという事は、氷結剣の使い手であるアイリス嬢ですかね?」
「くだらねえ問答をするつもりはねえぞプラタナス! 随分と舐めた真似してくれたじゃねえか!」
カトレア教官は今にも腰の爆炎剣を抜きそうになるくらいに怒っていた。
そんなカトレア教官の剣幕を、プラタナスは涼しげな顔でやり過ごす。
「カトレア教官は一体何を怒っているのですか?」
「テメエ! シオンを利用してクロウを殺そうとしただろ!」
随分と直球だなあ、カトレア教官は。
そんな事を言われて、「はいそうです」なんて答えるヤツはいないだろうけど。
「はい。そうですが」
いたよ!
マジかよコイツ!
悪びれもしないで、俺を殺そうとした事を認めやがった。
「この野郎! 何でそんな真似しやがった!」
「何故と? 何故と仰る? カトレア教官はその男を野放しにして良いとお考えですか?」
「ああ?」
「その男は実に巧妙に勇者を洗脳し、世界を征服しようとしています。驚くべきは、他の姉妹剣使いをも手中に収めている所だと認識していたのですが、まさかカトレア教官の既に洗脳されていたという事ですかね?」
「ああ!? アタシらは誰も洗脳なんかされてねえよ!」
カトレア教官が再び怒鳴り声を上げると、プラタナスは深く溜息を吐いた。
「洗脳されている方は皆そう言うものですがね。傍から見れば一目瞭然ですよ。常識的に考えてください。勇者を筆頭に、強力無比な力を持つ神剣使いの女性が、何の力ももたない男に傾倒し、言いなりの存在になっていればどう思いますか? 明らかにその男に洗脳されているでしょう。一体何故こんな男に? と周囲に思われている所を考慮すると、悪質な新興宗教の教祖の愛人になっている美女集団を見ているようですね」
そこまで言った所で、プラタナスはケラケラと笑った。
「ああいう宗教の教祖は、何故か揃ってブ男なんですよねえ。何故でしょう? 眉目秀麗の男に複数の女が引かれるのは解らなくもないのですが、それもカリスマ性というものなのでしょうか? 私は誰かに惹かれた事がないので理解出来ません」
「……」
「……」
プラタナスが喋れば喋る程、カトレア教官とアイリスの機嫌が悪くなっているのが解る。
ていか、機嫌が悪いを通り越して、殺気立っている。
多分、俺に洗脳されてる云々にキレてるんだ。
「しかし、利用されているという事実を客観的に教えても無駄でしたか……。勇者が受けているマインドコントロールは私が思っている以上に深刻だったようですね」
「アタシらは誰も洗脳されてねえって言ってるだろうが!」
「私もカトレア教官も、一度はクロウに命を救われているわ。私達の関係は純粋な協力関係よ」
「協力関係ねえ。その男自身の能力値を観察しても、知性、武勇、人格の全てが並以下としか判断できないのですが、私の観察眼で観測出来ない特殊能力でもあるのですか?」
「ウダウダうるせえんだよ! クロウはお前にとっては後輩だろうが! 後輩が勇者発見の功労者になったって聞いて思う事がそれかよ! 性質が悪いぞ!」
「ははは! 後輩も何も、面識の無い五歳年下の男に何の感慨を抱けというのですか? 同じ士官学校出身という事実を考慮しても、競争相手としか認識出来ませんね。その男と何を競えば良いのか、というのが甚だ疑問ですが」
ケラケラと笑うプラタナスに対して、カトレア教官とアイリスはますます殺気立つ。
おかしい。
プラタナスは今、都合三人の神剣の姉妹剣使いに睨まれている状態だ。
さっき、勇者であるシオンに殺されるかもしれない、という状況でビビり倒したから解るが、今のプラタナスも同じくらい危険な状況の筈だ。
そんな状況で、どうしてこんなに落ち着いてられるんだろう?
「……もう良いプラタナス。これ以上お前の話は聞きたくねえ。一言クロウに詫び入れて、この王城から消えな。そうしたら許してやる」
カトレア教官が、腰に下げている爆炎剣の柄に手をかけながら、そんな事を言う。
最後通告というヤツだ。
「謝罪ねえ。戦う事しか能の無いカトレア教官が珍しく頭を動かしたかと思えば、謝罪と放逐で済ますとは、やはり甘い。貴方は生徒に対して甘すぎるんですよ」
「テメエを見てると、アタシの教育方針は間違ってたと痛感するよ!」
「教育方針も何も、私が貴方から学んだ事など一つもありません。あらゆる面で、私は貴方を凌駕している。貴方は爆炎剣の所有権を持つという点以外は、極めて凡庸な女性だ。教官としての素養はありませんね」
瞬間、アイリスが氷結剣を抜き放ち、僅か一歩でプラタナスとの間合いを詰めると、有無を言わさず斬りつけた。
さっきまで怒り狂っていたカトレア教官ではなく、アイリスが斬りかかる。
それに対して、カトレア教官とヒースはあっけにとられていた。
俺が、そんなアイリスの早技を視認し、呑気に様子をうかがえた理由な、
「……」
アイリスの動きがスローモーションで見えたからだ。
常人では目にも止まらない早技であろうそれを、俺は視認していた。
以前、アマランスに殺されかけた時もそうだが、今の俺の目は、夜目が効いて、ホリーの姿を視認したり、透明化しているサフランを視認出来るだけではないらしい。
だから、プラタナスの動きもよく見えた。
眼前に迫る氷結剣に対して、悠々と右手の平を差し出す。
無駄だ。
神剣の姉妹剣は、全て鉄をも切りさく。
並の武器、防具では防ぐ事も出来ない。
そして、神剣の基本技能である憑依を使用している姉妹剣使いの運動能力に対応出来る筈もない。
防げないし、回避出来ない。
プラタナスは、
「展開」
死ぬはずだった。
その時、その場にいたプラタナス以外の全員が絶句した。
アイリスが振り下ろした氷結剣を、プラタナスは止めていた。
鉄をも断ち切る神剣の姉妹剣を、プラタナスは受け止める。
その方法は一目瞭然だった。
神剣の姉妹剣は、全て破壊不可能の強度を持つ。
だから、最強の神剣である聖光剣であろうと、同じ材質で出来ている姉妹剣の破壊は出来ない。
つまり、神剣は神剣を破壊する事は出来ない。
アイリスの氷結剣を、プラタナスは緑色に発光する槍で受け止めていた。
その槍が、神剣の姉妹剣である事は明らかだった。
槍なのに神剣だというのも妙な話だが、俺が良く使ってる天馬剣に至っては馬だし。
〈あれは千里剣ロンゴミニアト!? あの男も神剣の姉妹剣使いだったのですか!?〉
俺の傍らにいたホリーまで驚いている。
「ホリー。ずっとアイツが近くにいて気付かなかったのか?」
プラタナスはシオンの家庭教師として、常に俺達の周辺にいた。
にも拘らず、常人と姉妹剣使いを見分ける事が出来るホリーに気付かれないなんて。
〈迂闊でした……。神剣を扱う程の素養は感じていましたが、私は神剣と姉妹剣使いが同じ場所にないと、存在を感知出来ない……!〉
なるほど。そう言えば、アイリスがシネラリアに拉致されて氷結剣を奪われた際、ホリーはアイリスの位置を特定出来なくなっていた。
プラタナスは、自分が神剣の姉妹剣を所有している事を隠す為に、わざと離れた位置に姉妹剣を隠していたんだ。
アイリスは、未だに椅子に座ったままのプラタナスに、再度氷結剣を振り下ろす。
有無を言わさない斬撃を幾度も繰り返すが、
「……!」
「ふむ。さすが姉妹剣使い。中々の膂力ですが、技術の方はいまいちですね。まあ、普通は一太刀で済む相手しかいないでしょうし、無理もありませんか」
プラタナスは、片手でアイリスの剣戟をいなしている。
「アイリス下がれ! プラタナスは槍術の達人だ!」
ヒースが雷鳴剣を抜きながら叫ぶと、アイリスは部屋の入り口付近まで後退し、氷結剣から氷柱状の氷を数個産み出し、矢継早にプラタナスに対して打ち込む。
プラタナスは慌てる事もなく悠然と立ち上がる。
弓矢、投げ槍などの、通常の遠距離攻撃とは比べようもない程の速度であろうそれを、プラタナスは全て千里剣で叩き落とす。
いや、それだけじゃない。
千里剣を握っていない左手で氷柱を一つ鷲掴みにすると、それをアイリスに対して投げつける。
「あぐ!」
肩口に氷柱が突き刺さったアイリスは思わず悲鳴を上げるが、
「おや? 出血しませんか……。ああ、己の魔術で傷つく事はないという事ですか。カトレア教官が爆炎剣の炎で火傷しないように」
負傷には至っていないアイリスを観察しながら、プラタナスは興味深そうに呟く。
「アイリス! カトレア教官! 絶対にプラタナスの間合いに入るな!」
プラタナスの技量を熟知しているであろうヒースが必死に指示を飛ばす。
その指示を的確と判断したのか、カトレア教官は既に抜き放っていた爆炎剣の切っ先をプラタナスに向け、火炎を打ち込む。
その炎を、プラタナスは容易く切り裂いて見せる。
切りさかれた炎が、プラタナスの背後で二つに別れた形で燃えさかり、部屋の壁を焼き尽くす。
「炎を……斬りやがった……!」
「別に不思議ではないでしょう。槍の軌跡を真空状態にすれば、炎でも斬れますよ」
「ならこれも斬ってみろ!」
ヒースが雷鳴剣から雷撃を放つ。
「それはさすがに無理です」
なんて言いながら、プラタナスは悠然と千里剣を振り、雷撃を背後にやり過ごす。
プラタナスに真っ直ぐ向かって行った雷撃が、何故かプラタナスの意のままに動いているかのようにそれてしまう。
「バカな……!」
「勉強不足ですね殿下。電気は流れやすい方に流れる。槍や剣の軌跡で真空を産み出せば、雷はそこを流れる。絶縁である筈の空気を切り裂く程の電撃を放つのは見事ですが、やはり真空の場所があればそちらに流れてしまうのです」
信じられない。
都合三人の姉妹剣使いを、同時に相手にするなんて。
「ホリー! 千里剣は音を操るしか能がないんじゃなかったのか!」
〈……その筈です……。自分の声を、任意の対象に伝える能力と、任意の空間にある音を捉える能力……。別の場所にいる相手と会話する能力しかありません〉
ホリーも、使い道が解らないと言っていた千里剣の猛威に驚愕していた。
俺のそうだ。
まさか、「音」で、「氷」「炎」「雷」を凌駕するなんて。
「音を操るしか能がない、ね……」
プラタナスは俺を凝視して笑いかけてくる。
「なるほど、やはり、何らかの方法で神剣関連に対する知識を得ているのですか。誰と話しているのかは解りませんが、誰か、私には視認できない存在と会話し、その存在から神剣に関する知識を得た。そして、勇者の位置を特定したという事ですか」
「……!」
何なんだコイツは。
多分、戦闘力なら以前襲ってきたアマランスの方が上だ。
危険度においても、魔物を使役出来るシネラリア程でもない。
しかし、他の誰よりも怖い。
不気味だ。
ここまで殺伐とした状況で、悠然と構えられる男は、人間とは思えない。
「プラタナス!」
ヒースは、肩口を負傷しているアイリスと、今にもプラタナスに向かって行こうとしているカトレア教官を押しのけて、自分一人で前に出る。
おいおいヒース。
こんな時にこの場にいる中で一番弱い俺が口を挟むべきじゃないだろうけど、お前はあんまり率先して前に出ない方が良いと思うなあ。
ヒースの実力はアイリスとカトレア教官と比べて見劣りするものじゃないけど、何でか運気というか、武運と言うべきなのか、頑張れば頑張るほど酷い目に合う気がする。
「何故クロウを殺そうとした! いや、それ以前に、何故神剣の姉妹剣を持っている事を隠していたんだ。姉妹剣使いだと認知されれば、お前は今より出世出来た筈だ」
「……」
「あれだけ上昇志向の強かったお前が、何故……」
「上昇志向が強いからですよ」
ヒースの言葉を遮り、プラタナスは千里剣を肩に担ぐ。
「カトレア教官の副官として、僅かばかりに兵を引きいただけで、兵の指揮権を奪われて、貴方の家庭教師にまで落ちぶれたのです。姉妹剣使いだと気付かれれば、この剣を奪われるだけです」
「そんな事は……」
「以前にカトレア教官が爆炎剣を取り上げられた事をお忘れですか? 今の王家は勇者と同様、神剣の姉妹剣に適合する者を恐れています」
プラタナスは虚空に千里剣を放り投げ、くるくると回転させてもてあそんで見せる。
その様を見て、アイリスとカトレア教官が息を飲んでいるのが解る。
多分プラタナスは離れた位置にある神剣を回収する為の技能、展開を活用し、千里剣を遠隔操作してるんだろうが、恐ろしいまでの錬度だ。
基本的に、姉妹剣を直接叩きつけるか、遠距離から放出という攻撃魔術を使う事しか出来ないアイリスとカトレア教官は、千里剣の機能を造作もなく使いこなしているプラタナスに驚愕していた。
「王子である貴方の事は信用しているようですが、他の者は皆、恐怖の対象でしょうねえ。神剣の姉妹剣を利用した反乱が起きてからは尚更だ」
唐突に、プラタナスはクルクルと回転させていた千里剣を掴む。
「まあ、私は奪われても取り戻す事は出来ますがね」
「……お前が王家を信用していない事は解った……。忸怩たる思いはあるが、お前の指摘は事実だ」
「いえいえ。少し違いますよ殿下」
「?」
「私は王家を信用していないのではなく、自分以外の誰も信用していないのです」
「プラタナス……」
ヒースは今、俺の前に立っている。
だから、俺はヒースが今どんな表情をしているか解らない。
多分、数年間、家庭教師と教え子という関係を続けていた相手から、明確に、自分達の間には何の友情も信頼関係も築けなかったと宣言された事に、アイツは傷ついているんだ。
ひょっとして、ヒースはプラタナスの事を、強くて賢くて頼りがいのある兄貴分だと思ってたのかもな。
「それで、誰も信用できないから、クロウの事も信用できずに殺そうとしたのか?」
「別に信用云々は関係ありませんね。恐れ多くも人類の至宝たる勇者を利用しているのが、あまりにも目に余ったもので。殿下も思い直すなら今の内なのでは? このままその男を放置していると、貴方の一族にとっても大きな災いになると思いますが?」
「構わん」
その時、ヒースはあっさりとそんな事を口にした。
微笑を浮かべ、余裕綽々としていたプラタナスも、あっけにとられた顔をしている。
「構わない、とはどういう意味ですか?」
「お前の言う災いとは、将来、この国の王となる僕にとって、勇者という後ろ立てがあるクロウは邪魔だという事だろう」
「その通りですが? 十中八九、貴方がこのまますんなりと次期国王になるのは難しいでしょう。勇者が誕生していなければ、神剣の姉妹剣を持つと言うだけで、十分大きな後ろ立てだったでしょうが、今となっては神剣の姉妹剣を持っていても、大した力とは言えません。勇者と比べれば、微々たる戦力でしょう」
「それがどうした。僕はクロウが次期国王になろうが構わん」
「……はい?」
プラタナスは、本当に訳の解らないものを見るように、ヒースを見つめていた。
「元々僕らは勇者の末裔だという理由だけでこの国を支配してきた。各地方の領主達も、勇者の家系と婚姻関係を持って、勇者の血を僅かばかり引く事を誇りとしてきた。それは、先祖の偉業に寄って得たに過ぎない権威だ。そんなもの、何時でもくれてやる」
「……くれてやる? そんな男に、それだけの価値が……」
「ある」
いやいやいやいや!
口を挟む気はないけど、絶対に無いでしょ!
俺、士官学校の成績最下位なんですけど?
絶対に権力を握っちゃ駄目なヤツでしょ?
なんか空気がシリアスだから、俺もホリーもキョトンとしてるしかないけど。
ヒースは一体何を言っちゃんだろ。
「お前がクロウを殺そうとした理由は解っているぞ。誰も信用しないと言ったお前が、勇者を利用する事が恐れ多いとはよく言えたものだな」
「事実でしょう。私は明らかに自分より実力が上のものには敬意を持ちます。私に勝るとは思いませんが、同じ姉妹剣使いである貴方達も同様だ。しかし、明らかに無能な者が周囲の人間を利用している様は我慢なりません。醜悪極まりない」
酷い……。
聞くも涙、語るも涙の頑張りを続けた俺に対してなんて言い草だろう。
世の中どうかしてるよ。
「嘘をつくなプラタナス。お前がクロウを殺したいほど目障りに思ったのは、お前の目から見ても理解不能の男だったからだろ」
「……」
「僕にも覚えがある。お前の気持ちは我が事のように理解出来るぞプラタナス。僕だって士官学校に通っていた頃は、コイツが目障りで仕方なかった」
何で皆基本的に俺の事を悪く言うの?
俺はこんなに善良なのに。
て言うか、君達イケメン同士の口論で、何で俺に対する罵詈雑言しか起きないんだ。
「プラタナス。お前は士官学校を卒業してからは、毎日のように意見書と嘆願書を掻いていたな。軍事と政治に関する改善案だ」
「……」
「それが殆ど無視されて、お前は自分の行く末に絶望していた。それが、クロウの言う通りにすれば、お前の意見は全て通されると解って頭に来たんだろ。自分より圧倒的に劣っている男に従った方が、全て丸く収まるという事が」
「……」
「お前は他人からの助力で事が上手く運ぶのが嫌だっただけだ。全てが自分の実力で成功したかったんだろう。そんなものは只の傲慢だ」
「……」
「プラタナス。どんな理由があるのかは解らんが、クロウがいなければ勇者の手元に聖光剣が渡らなかった事は事実だ。それが原因で勇者の信頼を一身に浴びるも必然だ。僕が言うのもなんだが、今の権力者達が勇者を発見するよりは、クロウが発見した方がずっと良かったと思うぞ? そして、お前のような傲慢なヤツが見つけるよりもだ」
「……」
「お前が勇者の信頼を得る事は無理だ。お前は自分が勇者シオンの後見人としてこの世界を支配しようとしていたんだろうが、そんな……」
瞬間、爆音が鳴り響いた。
ヒースが話している最中、プラタナスが持っている千里剣が強く発光したかと思うと、室内で凄まじい爆音が鳴り響き、俺達は吹き飛んだ。
窓ガラスは割れ、室内の壁に亀裂が走る。
アイリスとカトレア教官は両耳を押さえてうずくまっている。
「……ヒース!」
俺は思わず悲鳴を上げた。
一番プラタナスの近くにいたヒースが、両目と両耳、そして鼻と口から血を流して、仰向けに倒れている。
一瞬、死んでいるかと思う程の重傷だった。
「知った方な口を聞かないでください。勇者の後ろ立てなど私には必要ありません」
「テメエ! アタシの生徒に手を出すんじゃねえ!」
カトレア教官が、文字通り火を噴きそうな勢いで絶叫し、爆炎剣を振り上げ、プラタナスに斬りかかる。
「私も一応、貴方の生徒なのですがね」
「うるせえ!」
カトレア教官は爆炎剣の刀身を燃やしながらプラタナスに斬りかかるが、プラタナスはその斬撃を造作もなく千里剣で受け流す。
ヤバい。
明らかに、接近戦の腕はプラタナスの方が上だ。
そうでなくても、槍相手に剣で挑むのは自殺行為だ。
武術の腕がからっきしの俺でも知ってる。
リーチに勝る槍を相手に、剣で勝利するのには三倍の実力差が必要だと。
だから、戦場では殆ど槍ばかり使われるんだ。
「この部屋は少々手狭ですね。場所を変えますか」
プラタナスは鍔迫り合いの体勢でカトレア教官の腹を蹴り飛ばし、再び千里剣から爆音を出す。
鼓膜を破りそうな爆音と衝撃波がカトレア教官を襲う。
「があ!」
吹きとばされたカトレア教官は床に倒れ込み、思い切り体をのけぞらせる。
何なんだアレは。
只の音で何であれほどのダメージが。
日常的に神剣の姉妹剣を使用している連中は、常人よりも遥かに頑健な筈なのに。
プラタナスは倒れているカトレア教官を無視して、部屋の壁に向かって突進すると、そのまま壁を千里剣で切り刻み、穴を開けると外に飛び出していく。
軽症のアイリスと、未だに闘志を失っていないカトレア教官は立ち上がり、
「クロウ! 医者を呼んで来い! アイツはアタシが始末する」
「ついてきちゃ駄目よクロウ!」
なんて言い残し、プラタナスの開けた穴から飛び出していく。
「……」
〈貴方本当に役立たずですねえ〉
「君もだろ」
〈ああ!? 見る者全てを魅了するパーフェクトビューティーなホリーちゃんに何言ってんだテメエ?〉
「君が見えるのは俺とシオンだけだろ……」
俺は溜息を吐きながら、倒れているヒースの様子を伺う。
酷いありさまだが、命に別条はなさそうだ。
コイツも毎回怪我するけど、タフだね。
「……クロウ……」
「ああ、悪いな。すぐに医者を……」
「プラタナスを……助けてくれ……」
「……」
「アイツを……殺さないでくれ……」
「……」
こんな目に会わされて、よくそんな事が言えるなあ、コイツ。
「アイツは……悪い人間じゃ……ない……」
「……」
「この国に……必要な男なんだ……」
「……」
「アイリスと、カトレア教官を……守ってくれ……」
「……」
「プラタナスの事も……一緒に……守ってくれ……クロウ……」
何で俺にそんな事を頼むかね。
一番弱い俺に。
それから、
「解った。任せとけ」
何で俺もこんな事言うのかね。
〈カッコつけてる所申し訳ないですけど、どうするつもりですかクロウ?〉
王城内の廊下を早歩きで移動している俺に、ホリーが話しかけてくる。
「サフランを呼んでこよう。サフランの真空剣は任意の音を遮断できるから、千里剣にとっては天敵だ」
〈結局他人任せですか……〉
「問題は、サフランが協力するかどうかだけど……」
〈どういう意味ですか?〉
俺がその質問に答える前に、プラタナスの姿が見えた。
何時もシオンが訓練に使っている中庭で、アイリスとカトレア教官の二人を同時に相手にして一歩も引いていない。
都合三本の神剣の姉妹剣が、赤、青、緑に刀身を発光させ、それぞれ違った色の軌跡を描きながら火花を散らしている。
他人事のように俯瞰して眺めていると、なんて美しい武器だろう。
シオンの聖光剣もそうだが、人間や魔物を殺す為に作られ、使用され続けた凶器と解っていても、見惚れる程の美しさだ。
ああいう物を自在に扱う連中とは、心底住む世界が違うと思う。
本当に、何度も痛感するが、俺が割って入って出来る事なんか何も無い。
傍で見ているだけでも足手まといで、アイリスやカトレア教官の邪魔でしかないだろう。
このまま、廊下で大人しくしている方が良いだろうか、なんて考えていると、王城の屋根から唐突にサフランが飛び下りてくる。
その時、俺は見物する事を止めて、戦いに参戦する事を決めた。
サフランが、明らかにプラタナスに対して攻撃するのではなく、加勢するような動きを見せたからだ。
カトレア教官が、サフランの真空剣による斬撃を爆炎剣で受け止める。
「サフラン!? テメエ何の真似だ!」
「ゴメンねえ、カトレア。ウチ、プラタナスの部下だったの」
「はあ!? 裏切るつもりかサフラン!」
「裏切るも何も、元々ウチはこっち側だからねえ」
戦闘中であるにも関わらず、カトレア教官とサフランが口論をしている。
結果、一人でプラタナスの相手をする羽目になったアイリスが目に見えて押され始めている。
サフランの参戦で、状況は圧倒的に不利になった。
「ホリー。憑依してくれ」
〈シオンを呼べば手っ取り早いでしょうに……〉
「そりゃ駄目だ。全員纏めて殺されるかもしれない」
なんて会話をしながら、俺は自分に憑依するホリーを受け入れる。
何時も通り、爆発的な力が全身を駆け巡り、
「良い! 更に良くなっている! もう一段階ギアを上げれます!」
(それは止めて。後で筋肉痛地獄になるから)
俺の口を動かし、ホリーが何やら俺の身体を絶賛している。
筋力、技能が大幅に増した俺の身体が、勝手に動き、目にも止まらない速度で動く。
そして、アイリスとプラタナスの間で繰り広げられている剣戟に割って入る。
「クロウ!? 来ちゃ駄目って……」
有無を言わさず、俺はアイリスを追い詰めていたプラタナスの顔面にケリを入れた。
完璧なタイミングで放った飛び蹴りだったが、あろう事かプラタナスはアイリスの氷結剣と鍔座り合いをしながら、千里剣を握っていない方の左手で俺の足裏を掴み、片手で俺を投げ飛ばそうとしてきた。
左手一本で飛び蹴りを掴み、男一人を片手で投げ飛ばす。
なんつう反射神経と筋力だよ。
しかし、俺の身体を操るホリーは、掴まれている右足を曲げて間合いを詰めると、投げ飛ばされる前に左足でプラタナスの顎を蹴ろうとした。
プラタナスは俺の足を放しながら、顔を思い切りのけ反らせ、そのままバク天をして距離を放す。
投げ飛ばされた俺も空中で体勢を整えると、アイリスの近くに立つ。
なんてカッコ良い攻防してるんだ俺は。
体動かしてるのホリーだけど。
「……なんですかその動きは……。元々筋力はあるようでしたが、それ以前に技能がけた違いに増している。いや……そもそも姉妹剣使いに比肩しうる身体能力……」
プラタナスが、ホリーに憑依されている俺を見て、何やらブツブツと呟く。
コイツ、頭が良すぎて、想定外の事が起きると勝手に色々な事を考察するんだな。
(ホリー。体の支配権は預けるけど、口だけ動かさせてくれないかな)
「ふむ。何か話したい事でも? そんな器用な真似は出来ませんから、体の支配権を戻しましょう。危なくなったら私が体を動かします」
なんて事を言いながら、ホリーが俺の身体から出て行く。
「サフラン! やっぱり君はプラタナスに命令されて俺を監視してたんだな?」
「あはは! やっぱりバレてた?」
サフランは、二刀一対の真空剣を交差させ、カトレア教官の爆炎剣を受け止めながら笑い声を上げる。
「テメエ……この裏切りもんが……」
「どうしたのカトレア? 全然動きにキレがないねえ? ウチと戦うの嫌なんだ?」
「うるせえ!」
怒号を上げながら、カトレア教官は爆炎剣から炎を噴き出させる。
サフランは後退し、プラタナスの隣に立つが、カトレア教官は追撃せずに、俺の近くにまで寄ってくる。
一端仕切り直しにするつもりなんだろうが、それ以前にカトレア教官から急激に戦意が失われている事が解る。
サフランとの剣戟はおざなりだったし、炎による攻撃も手緩い。
一端、仲間だとみなした相手とは戦いたくないんだ。
もう、サフランの事は、俺やアイリスのように教え子みたいに愛情を持ってるんだろうな。
「ねえクロウ。何時からウチの事怪しんでたの?」
「会った時からだよ」
「うわ~。ショックだなあ~。傷つくなあ~」
サフランは泣き真似をしながら、プラタナスの隣から一歩後ずさる。
「仲間になったきっかけが怪しすぎるよ。君程の暗殺者が、俺なんかに鞍替えするのはおかしいだろ?」
「まあねえ。ウチは自分が勝つと思ったヤツに仕えるよ。負けると解ってる陣営に着くなんてバカじゃん?」
ケラケラと笑いながら、サフランはプラタナスの背後に立つ。
「君とも結構長い付き合いなんだ。君が勝ち組にしか協力しないのは解ってるよ」
「だよねえ」
瞬間、サフランはプラタナスの左腕を背後から掴み、捻り上げて地面に組みふせる。
「……!? サフラン!? 何を……」
「ウチは勝ち組にしかつかないって言ってたでしょう? アンタ何考えて戦ってんの? シオンを引き抜けなかった時点でウチらの勝ち目なんかゼロじゃん。バカじゃないの?」
暗殺者特有の組み技なのか、地面に押さえつけられたプラタナスは、持っていた千里剣をあっさりと手放したので、俺はそれを慌てて拾う。
そして、茫然としているアイリスに手渡した。
まあ、展開で空間転移させれるプラタナス相手には無意味なんだろうけど、サフランの指摘は正しい。
仮にプラタナスが、俺達の想像を超える程の戦闘力と英知を持とうが、どんな技能や戦術があろうが、シオンが状況を察した瞬間に終わる。
プラタナスは確かに圧倒的な強さだった。
それでも、実は最初から俺達に対して勝ち目なんか無かったんだ。
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