4/第一章 勇者との不協和音

 本当に、俺にとっては不都合な事ばかり起きていた。


 死体を使役するシネラリア。


 傷の治療が出来るジャスミン。


 異様に強いアマランス。


「……魔女、修道女、鎧姿……」


 俺は深夜、一人でベッドの上で横になり、独り言を呟く。


 どんな状況でも横になれば即座に熟睡出来るこの俺が、不安に慄いて眠れなくなるとは、屈辱的だな。


 俺は授業中だろうが、試験がある日だろうが、絶対にサボって熟睡できたのに。


 あの三人が本気で俺を殺そうと思えば、何時でも出来る筈なんだ。


 それを実行しようとしないのは、多分俺が勇者であるシオンに懐かれているからだ。


 カトレア教官、アイリス、ヒース王子、サフランという、都合四人の姉妹剣使いが味方になり、天馬剣まで扱える俺の戦力は強力無比だと思うけど、俺自身は相変わらず弱いままだし。


 一番弱い俺をサクッと殺そうとしない理由は、俺を殺して勇者を怒らせた時のリスクがデカすぎるからだ。


「……」


 シオンが俺を守っている限り、俺の安全は保障されている。しかし、


「情けねえ……」


 思わず、頭を抱えてのたうち回りたくなるくらいに恥ずかしい状態だ。


 女の子が自分に懐いている状態が命綱?


 なんてダサい男なんだ俺は。


 まあ、今に始まった事じゃないような気がするけど。


「……」


 しかしだ。


 こうして夜な夜なビビって不眠症になっても事態は何も解決しない。


 今すぐアマランスやシネラリアが現れて俺に襲ってきたらどうしようとか、シオンが俺に愛想を尽かしたら俺の命綱が無くなっちゃうよ、なんて不安を抱いても意味は無い。


 ここは先の事は一切考えずにドンと構えてやろうじゃないか。


 学生時代から何の取り柄もない癖にデカイ顔をしていたことだし。


 そう考えた俺は、先の不安を完全に無視して、夢の世界にダイブした。




 ちなみに、俺は殆ど夢を見ない。


 いや、将来の夢という意味ではなく、眠っている最中に見る方の夢だ。


 将来の夢ならちゃんとあったさ。


 勇者になる。


 もしくは世界征服。


 本当にごく普通の夢すぎて、口にするのも恥ずかしいぜ。


 で、俺は一旦眠ってしまうと、意識が完全に飛んで、気がつけば朝になっている事が殆どだ。


 ところが、今日の俺は珍しく夢を見た。


 夢なんてものは、所詮はこれまでの経験からくる回想だったり、予測だったりする。


 悪夢とか、正夢、逆夢なんてのは、不安が的中したり外れたりしてるだけだ。


「……」


 しかし、また妙な夢を見たものだ。


 意識がはっきりあって、自分が立ちつくしている状態だった。


 問題は、立ちつくしている場所だ。


 見渡す限りの星空。


 上空は元より、四方や足元まで星空だった。


 だが、立っているという感覚はあるので、ちゃんと地面はある。


 所が、どう見ても星空の中に放り込まれたかのような奇妙な空間。


「……何なんだこれ……」


 例えるなら、夜空を映し出している巨大な鏡の上に直立し、その夜空と鏡が地平線の彼方まで届いているような空間。


 まあ、足元の鏡は俺を映してないから、鏡じゃないんだろうけど。


 というか、これは目が覚めるまで一人きりって事なんだろうか?


〈……ふふ……〉


 お、この頭の中に直接響いてくる女の声は。


「ホリーか?」


 俺は声がした方向に振り返りながら呟く。


 しかし、視線の先にホリーはいなかった。


 ホリーではなく、別の女がいた。


「……は?」


 俺は、その女を見て、思わず間の抜けた声を出した。


 その女は、ホリーとそっくりの顔と服装だった。


 尋常じゃない美貌と、スタイル抜群の肢体。


足元まで届く長さの髪と、胸と股間しか隠していない奇妙な鎧。


だが、黒い。


 髪も鎧も真っ黒。


 笑みを浮かべながら俺を見つめる瞳も黒曜石のように黒い。


 何と言うか、身も蓋もない事を言うと、黒いホリーだった。


 毒舌家で腹黒いホリーなら、そんな容姿の方が似合っていなくもないが。


 俺の認識では、ホリーは真っ黒という事なのだろうか。


 だから、夢の中で見るホリーは黒い。


「君って、ホリーだよな?」


〈……〉


 その時、黒いホリーは、何故かもの凄く不機嫌そうな表情になって、俺の目の前から消えた。




 瞬間、俺は夢から覚める。


 気がつけば、見慣れた寝室の天井を見上げていた。


 本当に、訳の解らない夢だった。


 そう思っていた時、俺が横になっていたベッドが軋んだ。


 誰かが俺の枕もとに座っている気配がする。


「ホリーか?」


「違うよ……」


「!?」


 声の主はシオンだった。


 シオンが白いワンピースを着て、俺の枕もとで座り込んでいる。


 ビ、ビビった。


 ホリー以外のヤツがいきなり俺の寝室に現れる事は無かったからな。


「……」


「シ、シオン? どうしたんだよ?」


 俺の枕もとに座りこんでいたシオンは、何やら不機嫌そうにむすっとしている。


 周囲の明るさを見ると、まだ早朝だ。


 こんな時間帯に、一体何の用だろう?


「お兄ちゃん。ちょっとお話があるからそこに座って」


「あ、はい」


 俺はシオンが座れと言うので、起き上がってベッドの上で座り、シオンと向かい合う。


 こんな幼女に偉そうに命令されて、返事が「はい」ってのは情けないように思えるが。


「お兄ちゃん。この前私が一緒にお風呂に入ろうって言った時、駄目だって断ったよね?」


「ん? ああ、まあ……」


 そんな事あったかな?


 まあ、今すぐ一緒に入浴しようと誘われても、絶対に断るだろうから、その時の俺もそうしたんだろう。


 いくらシオンが俺に懐いているからって、十一歳の少女と一緒に風呂に入っちゃ駄目でしょ。


 明らかに犯罪だよ。


「女の子はやたらめったら男に裸を見せちゃ駄目なんだよね?」


「うん。そりゃそうだ」


「私が大人になったら理由が解るから、とりあえず今は一緒にお風呂に入るのは駄目だって言ったよね?」


「ああ……」


 俺はベッドの上でシオンと向かい合いながら、あくびをかみ殺していた。


 何なんだこの話は。


 朝っぱらから何でこんな……


「じゃあ、どうしてホリーとは一緒にお風呂入ったの?」


「は?」


 ホリーが俺と一緒に風呂に入った?


 一体何の話だろう?


 俺は日頃、ペントラゴンの王城内にある大浴場に入っている。


 一部の王族や貴族にしか使用を許されない豪華絢爛で巨大な大浴場。


 地下から温泉を汲みだし、源泉かけ流しにした贅沢極まりないもので、なんでも、数百年前に勇者が王都を築いた時に、勇者の仲間をしていた天才児が、「おーばーてくのろじー」とかいいう技術を使って建設したらしい。


 その天才児は、町に水道、下水道まで建設し、衛生管理の概念を覆した規格外の人物で、そいつが残した建設技術は、未だに解析不可能だった。


 まあ、俺からしたらどうでも良い話だけど。


 その大浴場は、男湯と女湯に別れている。


 俺は他の貴族と鉢合わせしないように、深夜に入浴している。


 しかし、ホリーと一緒に入浴した事は無い。


「何の話だ? 何か勘違いしてないかシオン」


 そもそもホリーは霊体だから、食事、睡眠、入浴の類が一切必要ない。


 だから一緒に入浴するなんて有り得ない……


「ブルードラゴンって場所にある温泉で、一緒にお風呂に入ったんでしょ?」


「……!?」


 その事だったのか!


 いや、確かにホリーに憑依されて、無理矢理身体能力を強化した後遺症で、全身筋肉痛地獄に襲われていた時、湯治していた。


 その時、ホリーが一緒に温泉に入って、ロクに体を動かせない俺の背中を流した事もある。


 しかし、その時ブルードラゴンにいなかったシオンが何故その事を?


「ホリーが楽しそうにお兄ちゃんの身体がバッキバキの細マッチョだって言ってたよ」


 あの女! 何を余計な話をしてくれてるんだ!


「お兄ちゃん。私と一緒にお風呂に入るのは駄目なのに、どうしてホリーと一緒に入るのは良いの?」


「ええ……」


 別に俺から一緒に入りたがったわけじゃないから説明しにくいんだけど。


 その時、シオンは少し首を曲げながら両眼を見開き、


「まさかお兄ちゃん……他の女と一緒にお風呂入ったりしてないよね……」


 なんて事を、尋常じゃない程の威圧感を出しながら言ってくる。


「無い無い無い! それは無い!」


「本当に? アイリスとかカトレアとかサフランと入ってるんじゃないの?」


「入ってない! 絶対に入ってない! ていうか、あの三人は俺に裸を見られたら普通に怒るよ!」


「そうなの?」


「女は男に裸を見られたら恥ずかしがるものなんだよ。だから男湯と女湯に別れて……」


「混浴の方が多いって聞いたよ。プラタナスから」


 あのイケメン家庭教師が!


 余計な事を教えやがって!


「……で、お兄ちゃん。どうしてホリーと一緒にお風呂に入るのは良いの?」


「ああ、と。そもそもアイツを女にカウントしないでほしいんだけど……」


「ホリーは女だよ。これ以上ないってくらい女だよ」


 これ以上ないってくらい女ってなんだ。


 それはどういう女だ。


「男が女の裸を見るのはちょっと駄目というか……ホリーは四六時中裸みたいなもんだから、そういう通常の女というカテゴリーに入らないというか……」


 駄目だ。


 自分でも何言ってんのか解らない。


「そうだ! 家族だ!」


「家族……?」


 良い答えが思いついたので、俺は思わず声が大きくなる。


「父親が娘と風呂に入っても、母親が息子と一緒に風呂に入っても、夫婦が一緒に風呂に入っても良いんだよ。家族は一緒に風呂に入っても良い。俺とホリーは四六時中一緒にいるから、実質家族みたいな関係……」


 言っている内に、俺は段々と自分の言っている話が、ヤバい方向に向いているような気がしてきた。


「……じゃあ、お兄ちゃんにとってホリーは家族で、私は赤の他人って事なんだね?」


「いや、違……!」


 ヤバい!


 切羽詰まって家族なら一緒に風呂に入って良いじゃないの、なんて言葉で誤魔化そうとしてしまったが、藪蛇だった。


 というか、霊体だから触る事も出来ないホリーとの入浴なんか、本当に俺にとってはどうでもいい体験だったから、そのあたりはちゃんと解ってほしい。


 不埒な考えなんか微塵もなかったよ。本当に。まったくない。絶対に。


「俺はシオンの事だって家族みたいに思ってるよ」


「本当に?」


「だって君は俺の命の恩人じゃないか。君がいなかったら俺は何度死んでたか」


「……」


「君には本当に感謝してるし、お兄ちゃんって呼んでくれる事も、光栄だって思ってるよ?


でもね、シオン。年頃の女の子が、大人の男に裸を見せたりしちゃ駄目なんだ。アイリスとか、カトレア教官だって、着替え中に俺と鉢合わせしたら怒ってただろ?」


「うん……」


 よし、いける。


 シオンは話せば解る子だ。ホリーと違って。


「良いかいシオン。女の子が裸を見せて良いのは、家族か、家族になる相手だけなんだよ」


「家族になる相手?」


「うん。まあ結婚相手になら見せても……」


「じゃあお兄ちゃんに私の裸見せてもいいじゃない。私達結婚するし」


「そうなの!? 初耳なんですけど!?」


 シオンのトンデモ発言に、俺は仰天する。


 マジで座ったまま、一瞬宙に浮くぐらいビックリした。


「決まってるじゃない。私達は永遠に一緒にいるよ。死んだ後も一緒にいるから」


「……」


 怖え……。


 幼女のいたいけな恋心なんだろうけど、死ぬまで一緒を通り越して、死後も永遠に一緒にいるという発想が怖い。


「お兄ちゃんが私と出会った瞬間から、私達が永遠に一緒にいる事は決定事項だよ」


「ああ、そう……。決定事項なんだ……」


 なんか、シオンのボキャブラリーがすごく増している気がするなあ。


 多分、王立士官学校を歴代トップの成績で卒業したプラタナスが、シオンの家庭教師をしているからだろうけど。


「だから、今日から一緒にお風呂入ろうよお兄ちゃん。足の裏だけじゃなくて、全身を洗って? 私もお兄ちゃんの身体洗ってあげるから」


「ええ……」


 いや、絶対に駄目だろこれ……。


 全世界のロリコンが狂喜乱舞する誘い文句だろうけど、俺はロリコンじゃねえし。


 十一歳の女の子の身体を隅から隅まで洗い、自分の身体を洗わせる十八歳の青年を見てどう思いますか?




 犯罪者です。




 そりゃそうでしょうよ!


 俺だってそう思うよ!


「……」


 いや、俺は別に良いんだけどね。


 明らかに周りの人間から見れば犯罪にしか見えない行為だし。


 俺の中の倫理観が、同意しているからって、大人になってない女の子の裸を毎日見るのって、やっぱりヤバいんだよ。


「ううん……」


 俺がベッドの上で座り込み、唸り声を上げていると、


「何? 嫌なのお兄ちゃん」


 シオンが小首を傾げなら呟く。


「別に嫌ではないけどさあ。やっぱりそれはシオンがもう少し大人になってからの方が良いような気がするなあ……」


 もう少し大人になった時、シオンは俺に愛想を尽かして別のイケメンに惚れるんだろうけどね。


 まあ、その方がシオンも幸せだろうし。


 そうすると、今の内に俺がシオンの裸を見るというのは余計に駄目だろう。


 やっぱり、女の子は好きな男にだけ裸を見せれば良いんだ。


 つまり、俺が女の裸を見る機会など無い!


「シオン。君が大人になっても、まだ俺の事が好きだったら、その時一緒に入ろう」


 そんな時は来ないだろうけどね。クソが。


「うん、解った……」


 そう言ったシオンは、ベッドから降りて、床に立った。


 良かった良かった。


 やっとこの話は終わりか。


 まあ、幼女と一緒に入浴するかしないかという不毛な話だったが。


「憑依!」


 その時、シオンはいきなり憑依と叫び、自分の身体を強制的に成長させる。


 憑依。


 聖光剣を始めとする、神剣の基本技能の一つ。


 神剣に秘められた力を体内に取り込み、身体能力を極限まで高める技術。


 基本技術でありながら、筋力、耐久力、回復力の全てが上昇し、長年に渡って使用すれば、平常時の身体能力も高まるという驚異の副産物もある。


神剣の所有者にとっては極めて重要な技術だった。


 そして、未だに幼いシオンが使用すれば、一時的に全盛期まで成長する事も出来るのだ。


 今、この場に聖光剣がなく、ホリーも不在な為、半分の効力しかないようだが、それでもシオンの肉体は十五歳くらいにまで成長していた。


「お兄ちゃん! 大人になったよ! 一緒にお風呂入ろう!」


「そういう問題じゃねえよ!」


「この状態の私なら問題ないでしょ?」


「余計問題ありだよ! 精神年齢十一歳で十五歳相当の裸とか絶対にみたら駄目だっての!」


「ううう! ホリーとは入ったのに私とは入らないなんてヤダ! 一緒に入って!」


 シオンは唸り声を上げながら、ベッドの上に座っていた俺にいきなり抱きついて覆いかぶさってくる。


「脱いで! 裸になって!」


「嫌だ! 止めてくれ!」


「お兄ちゃんが好きなの! お兄ちゃんも私を好きになって!」


「ひい! 服を脱がそうとしないで! 暴力はよして!」




「……はあ」


 とりあえず、小一時間、二人でベッドの上を転げ回ったあと、シオンは頬を膨らませてプンプンと怒りながら部屋を出ていった。


 疲れた。


 実に不毛な言い争いだった。


 シオンのご機嫌を損ねたのは不味かったかもしれないけど、一緒に風呂に入る方がまずい。


 まあ、シオンも何時か解ってくれるさ。


 俺はそう気軽に考えて、寝間着から普段着の黒装束に着替える。


 すると、部屋をノックする音と共に、


「クロウ。ちょっと話があるんだけど?」


 というアイリスの声が聞こえた。


 アイリスは入っていいと答える前に室内に入ってきた。


 いや、別に良いけど、相手の了承を得る前に部屋に入るってどうなんだろ?


 ノックもせずに入ってくるシオンとかサフランよりはマシだけど。


「クロウ。気になる事があるの。話を聞いてくれる?」


「ああ、まあ良いけど……」


 シオンといい、朝っぱらから面倒臭いな。


 まあ、アイリスの話はシオンの話ほど不毛じゃないだろうけど。


「まだ寝起きなんだ。顔洗ってくるから待っててくれ」


「解ったわ。なるべく早くね」


 俺はアイリスを部屋に残し、王城内にある中庭に出ると、井戸水を使って顔を洗い、うがいを済ませた。


 寝起きに顔洗って、うがいぐらいすませないと気分が悪いからな。


 そんな事をしている時に、


〈ははは! やっぱり断られたんですね? これが貴方と私に対するクロウの信頼度の差ってヤツですよ! 所詮貴方は只のガキという事です〉


「うっさいうっさい! 露出性癖のある若づくりババアが!」


〈若づくりじゃなくて永遠に若いんだよ!〉


「永遠に生き遅れてるだけでしょ!」


〈何だとクソガキが!〉


 なんて会話が聞こえた気がするけど、何も聞かなかった。


 俺は何も聞いてない。


 とりあえず、アイリスが待ってる部屋に戻った。




「で? 大事な話って何? またどっかで水枯れでも起きたのか?」


 部屋に戻った俺はアイリスとテーブルを挟んで向かい合っていた。


 アイリスは椅子に座り、足を組みながら腕も組んで、俺を真剣な顔で見つめてくる。


「これは貴方の将来に関する事なの。茶化さずに真面目に聞いて」


「は? 俺の将来?」


「そうよ。本当なら私の方からこんな話を振るのは嫌なんだけどね。貴方が臆病者の甲斐性無しだから仕方なく話すのよ」


「……」


 何で朝っぱらから俺は罵倒されてるんだろ。


「クロウ。前からずっと気になってたんだけど、貴方って好きな人はいるの?」


「好きな人? それってアレか? 友達とか仲間としてじゃなくて、恋心を抱いてるい聖って意味でか?」


「そう。恋してる相手っているの?」


「いや、いないけど……」


 まあ、俺も人並みに恋愛に興味がないわけじゃないんだけど、恋人を持って、将来結婚して、家庭を気付いて妻子を養う、という将来像が全く想像出来ないから、一生独身で終わるような気がしていた。


 だから、俺は自分の周囲にいる異性に自分から惚れないようにしてる。


 甲斐性無しと言われればそれまでだけど、端的に言えば自信がないのだ。


「いない? いないのね? 恋人にしないと思ってる相手はいないの?」


「だからいないって……」


「そう。よかったわ」


 よかった?


 俺に好きな異性がいないと聞いて良かったという反応。


 ま、まさかこの流れは……


「私ねクロウ。士官学校にいた頃の貴方には何の感情も居抱いてなかったんだけど、今は違うわ。勇者を探し出して、拉致された私を助けて、故郷の水枯れも解決してくれた。この前はカトレア教官の処刑まで防いでくれたしね。貴方はすごい男だわ」


「あ、はあ、まあ」


「こんな事を私の方から言うのは恥ずかしんだけど、聞いてくれるかしら」


 こ、これはマジなのか?


 いくら鈍い俺でも、この話の流れを聞いて勘違いする訳が……


「貴方、シオンと結婚しなさいよ」


 俺は椅子から転げ落ちだ。


 勘違いだった。


 こっぱずかしい事この上ないが、俺は今、同級生の女子の中で一番美人だったヤツから告白されるんじゃないの?


 ヤバいどうしよう! とか思ってました。


 ていうか誰でもそう思うだろうが!


 ちくしょう。二度と女から告白されるとか思わねえからな。


「はあ? お前何を言ってんの?」


 椅子から転げ落ちていた俺は、倒れた椅子を元に戻して座りながらぼやく。


「今、シオンは貴方に対して恋心を抱いているわ。それくらいは気付いてるんでしょ」


「まあ、一応は」


「チャンスよ。シオンが正気に戻って他の男に目移りする前に結婚しなさい」


「ああ!? そりゃどういう意味だ!? 俺に惚れてる状態が正気じゃないってか!?」


「貴方と結婚したがるなんてどう考えても正気ではないでしょう。悪趣味にも程があるわ」


「なんだとこの野郎! いくらなんでも言い過ぎだろうが!」


 そりゃあ、自分でも良い男だとは思ってないけどさあ。


 面と向かってロクな男じゃないって言われるのは腹立つなあ。


 アイリスの方は真顔だし。


「士官学校の女子の間でも有名だったわよ。一番最悪な罰ゲームがあるとしたら、貴方と恋人になる事だって」


「……」


 神様。


 僕、泣いても良いですか。


「世間一般の女子からそういう評価を受けてる貴方を、一時の気の迷いとは言っても、奇跡的に愛してくれる子が現れたのよ? このチャンスを逃す手はないわ」


「……」


 俺は、アイリスという女の事がよく解ってなかったらしい。


 二言目には敵を殺せと言うカトレア教官や、退屈で死にそうだと連呼するサフランと違って、ツッコミ担当だと思ってたんだが、コイツはあの二人以上にヤバい女だったんだ。


「本当は、シオンと貴方を結婚させるのは嫌だったの。同じ女として、将来後悔するような結婚をしてほしいとは思わない」


「お前なあ……。何処から突っ込めば良いのか全く見当もつかないけど、言ってる事が酷過ぎないか……」


「だから、これは世間の女から見た貴方の評価って意味よ。貴方はシオンを一生幸せに出来るだけの器量があると思うわ。貴方の人間性には独特の魅力があるから」


「……」


 駄目だ。


 さっきまでの発言で受けたダメージがデカすぎて、何を言われても嬉しいと感じない。


 まあ、普段言われても、「人間性に独特の魅力がある」という発言に喜べたとは思えないけど。


「最近ね。ちょっと気になるのよ」


「何が?」


「シオンの家庭教師をしてる男がいるでしょ?」


「プラタナスだろ? 俺らの五年先輩で首席卒業した」


「そう。今のシオンは毎日プラタナスと二人きりで勉強してるわ」


「そりゃあ、勉強教えてもらう為に家庭教師頼んだわけだし」


「プラタナスは士官学校を首席で卒業した。それも、勉強だけが取り柄のガリベン野郎じゃないわ。筆記、実技の全科目で最高記録を出して卒業したのよ」


「へえ。文武両道ってヤツか。本当にすごい先輩だったんだな」


 ていうか、勉強だけが取り柄のヤツをガリベン野郎って。


 コイツも結構辛辣だな。


「おまけに美形で長身痩躯。貴方が彼に勝る要素は微塵もないわ」


「……」


 コイツは思い出したかのように、俺に罵詈雑言を浴びせるね。


 ホリーが俺に対してデレてから、こういう機会は失われたと思ってたのに。


「お前さあ、まさか、シオンがプラタナスに惚れる前に、結婚しちまえって言いたいの?」


「そうよ! よく解ったわね!」


「誰でも解るわ!」


「シオンがプラタナスに対して目移りしちゃう前に、貴方から告白して結婚しなさい。今なら間に合うわ」


「あのなあ……お前、シオンが今何歳なのか解って言ってるか?」


「十一歳でしょ? もうすぐ十二歳」


「そうだよ。で、俺は十八歳ね。その俺が十一歳の女の子に告白するのってどう思う?」


「ギリギリセーフよ」


「アウトだよ!」


「じゃあ、今すぐプラタナスを解任して、シオンの周囲に貴方以外の男が一切近づかないようにしなさい。世話係も家庭教師も全部女に任せるのよ。場合によっては私が家庭教師になっても良いわ」


「どんな環境でシオンを育てようとしてんだお前は! お前だけには絶対に家庭教師はさせないからな!」


「はあ? 私だって王立士官学校を首席で卒業したのよ? プラタナス程じゃないでしょうけど、家庭教師としての実力は十分よ」


「お前は人に物を教えられるような人間じゃねえよ!」


「失礼ね!」


「いやいやいや! さっきからお前の方がはるかに失礼なんですけど!? ていうか、男子禁制の環境でシオン育てようって発想が怖いわ! ドン引きだわ!」


「私は本気よ! 貴方は今すぐにでもシオンと婚約すべきだわ!」


 テーブルを叩きながら熱弁するアイリスを見て、俺は溜息を吐いた。


「……シオンが俺からプラタナスに目移りするなら、それで良いじゃないか」


「え?」


「どうせ、遅かれ早かれシオンは俺以外のヤツを好きになるよ。お前に言われなくても解ってる。俺に惚れるヤツなんかいないって」


「誰がそんなひどい事言ったの?」


「テメエだよ!」


「言ってないわ。ただ、ちょっとマニアックな女にしか惚れられないとは思うけど」


「うるせえ! 同じ事だろうが!」


「自信を持ちなさいクロウ。最近の貴方を近くから見ている私だから解るの。貴方は自分が思ってるより魅力的な男よ。シオンの男を見る眼は狂ってないわ」


「もうそんな発言で喜べる状態じゃないね! 俺のハートはズタズタだよ!」


「……クロウ。真面目な話になるけど……」


「今までは真面目じゃなかったんかい!」


「私はシオンの事が心配なの」


「はあ?」


 アイリスはテーブルに両膝をつき、深刻そうにしていた。


「あの子は強い。冗談じみた次元の強さよ。文字通り、力ずくで何でも出来るでしょ?」


「いや、そりゃあ勇者だからだろ?」


 シオンと比べると見劣りするけど、アイリスやカトレア教官を筆頭に、神剣の姉妹剣を持ってる連中は皆そうだと思う。


 一個人の力で、戦の勝敗や国の命運を左右出来るような存在。


 シオンは、そんな連中の中で最も強い徒いうだけの事だ。


 今のシオンをどうにか出来るヤツなんて、それこそ三年半後に復活する魔王くらいのものだろう。


「シオンの何が心配なんだ? あんなに強いのに」


「貴方、近くで見ていて気付かないの? 力には代償がつきまとうのよ?」


「代償……? え? 神剣って、使うと副作用とかあるのか?」


「そういう意味じゃなくて、力っていうのは、強ければ強い程、責任も重くなるのよ。強い力を、ある日突然手にれた人間には二種類いるわ」


「……」


「魔がさして自分勝手に力を振う人と、どう使うべきか悩む人。ちなみに私は後者だったんだけど、同じくらい強いヒース王子と、私よりずっと長く神剣の姉妹剣を扱っていたカトレア教官がいて、どれだけ安心したか」


「……?」


 申し訳ないんだか、アイリスが何を言ってるのか全く解らない。


 力の代償?


 魔がさして悪用するか、使い道に悩むか?


 無能で無力な俺からしたら、実に贅沢な悩みだと思う。


 俺は、自分の力が強ければ強い程嬉しかったと思う。


 強い人間には、どう生きるかの選択肢があるが、弱い人間にそれはない。


 どんな善人や悪人だろうが、弱い人間は自分より強い人間には逆らえない。


 善悪の有無なんかどうでもいい。


 事の是非なんかどうでもいい。


 腕力。知略。財力。権力。暴力。


 この世界は、ありとあらゆる手段で、相手より自分の方が上に立てるように努力する場所だ。


 この世界で確かな事は、誰よりも強いヤツが、誰よりも自由に振る舞えるって事だ。


 シオンを近くで見ていてよく解る。




 全ての他者に対する生殺与奪権。




 全ての人間が喉から手が出るほど欲しがっているそれを、シオンは既に持っているじゃないか。


 そんな存在の何を心配する必要があるんだか。


「……クロウ。貴方本当に解らないの?」


「何が?」


「シオンの境遇は、圧倒的な疎外感しかないのよ?」


「はい?」


 疎外感?


 他の人間から、蚊帳の外に放り出されているという感覚の事か。


「あの子に接する他人は、その力を利用しようとするヤツか、怖がって遠巻きに眺めるヤツだけよ。シオンを同じ人間として接しているのは、今の所貴方だけだと思うわ?」


「……いや、俺も十分にあの子に対してビビってますけど……」


 なんて俺の呟きを無視し、


「残念だけど、私程度ではシオンの孤独は理解出来ないし、解消してあげる事でも出来ない。でも貴方なら……」


 アイリスは何故か熱弁を続ける。


「まったくもって無力そのものなのに、私達、姉妹剣使いを顎で使って平然としている貴方なら、シオンを孤独になんかしないわ」


「顎で使ってねえよ! お前らが俺に危ない橋を渡らせてるんだろうが!」


「本当にある意味尊敬するわ。私なら自分より強い相手に命令するなんて厚かましい事出来ないし」


「それは尊敬じゃなくて呆れてるだけなんじゃないのか……」


 まあ、身に覚えがあるから別に良いけど。


「とりあえずクロウ。無理にとは言わないけど、今の話、真剣に考えておいて」


「十一歳の女の子と結婚するかどうかを真剣に考えるの? お前って俺にロリコンに成れって言ってんの?」


「結婚が嫌なら、恋人になるだけでも良いわ」


「……」


 俺は、顎が外れそうになるくらいに口を大きく開けて、アイリスを見つめた。


 やっぱり、コイツもかなりヤバい女だった。


 ホリー、シオンのコンビと、カトレア教官、アイリス、サフランの姉妹剣使い。


 戦闘能力は申し分ないけど、相談相手として全員ちょっと駄目な連中だ。


 まったく頭が良くない俺が頭脳労働を一手に引き受けられる段階で解ってたけど。


 うう……。 


 すごく頭の良い知恵袋になれる仲間が欲しいよ。


 すぐ殺すとか、真顔で幼女と結婚しろとか言わない普通の人が近くにいないかなあ。

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