3/終章 勢力争い

「やっぱり、国王を暗殺しようとしたヤツと、シネラリアは裏で繋がってるのね?」


「だろうな」


 王都内にある私室の中で、俺とアイリスはテーブルを挟んで紅茶を飲んでいた。


「厄介な連中よね。全員、明らかに私より強いわ」


「向こうの方がお前より年上っぽいし、単純に経験の差だろ。お前なら追いつけるよ」


「そうだと良いんだけど、単純に悔しいわ。一撃で昏倒させられるなんて」


「すんだ事は気にするなよ。相手も必死だろうし」


「気にしてないわ。悔しいって言ってるでしょ」


「……」


 そういうのを、済んだ事を気にしている、というんだと思うんだけど、余計な事は言わないでおこう。怖いし。


「とりあえず、教官の無実を証明出来て良かっただろ」


「良くないわよ。何よ、あの国王の態度。散々殺せって言っといて、あっさり謝罪して姉妹剣返してさ。謝れば済むとでも思ってるのかしら」


「……だから、そんな怒るなって……」


「そう言えば、ヒースがどうなったか知ってる? 全治六カ月だけど一命は取り留めたらしいわよ」


「ああ、そう……アイツも災難だな。折角怪我治ったのに」


「貴方も、結構怪我してたけど、もう大丈夫なの?」


「ん? まあ、何とかな……」


 本当は、肋骨が折れてえらい事になったんだか、俺はお茶を濁しておいた。




 それから、アイリスは散々国王やその周辺にいる側近達に対する愚痴を吐きまくった後、俺の部屋から出て行った。


 どうやら、カトレア教官を処刑しようとした件で、相当お冠のようだ。


 この分だと、カトレア教官の元教え子たちは似たり寄ったりの状態ではなかろうか。


 後からカトレア教官が暗殺事件の犯人で無いと判明したのだから尚更だ。


 アイリスが部屋から出て行ったので、俺は上着を脱いで上半身裸になった。


「……折れたアバラが三日で完治か……なんか段々人間離れしてきたなあ……」


 俺は、上半身裸のまま、鏡の前で身体をマジマジと見ていた。


 やべえ。


 バッキバキだよ。


 いや、骨が本当にバキバキに折られたから、内出血で赤紫色に腫れあがって泣きたくなるくらい痛かったんだが、僅か三日で完治した。


 で、改めて身体を鏡でチェックしてみると、見事に鍛え上げられた肉体だ。


 全然鍛えて無いから、自分の身体だとは思えない。


 なんかもう、ここまでバッキバキの身体に鍛え上がった肉体になると、ごく普通の人間だけど頑張って勇者一行の冒険に付きあってますよ、という俺のスタンスが通用しないような気がする。


 これはこれで、環境に適応してきた、という事なのだろうか。


〈……鏡の前で上半身裸になるなんて。クロウって割とナルシストだったんですね〉


 ホリーが、俺の背後から声をかけてくる。


「違うよ。まあ、自画自賛したくなるくらいには細マッチョにはなったけどな」


〈しかし、今回の件は割とすんなり話が進みましたね。カトレアの無実があっさり証明されて、姉妹剣所有権も取り戻せましたし〉


「……」


 あの後、俺達は全員で王都に戻った。


 とっくの昔に逃げかえっていたダリア国王に、カトレア教官が生きていた事を告げ、先日の国王暗殺未遂事件の犯人はアマランスという姉妹剣使いである、という事実が明るみになった。


 散々、カトレア教官を殺せ殺せと連呼していたダリア国王は、あっさりと手の平を返して謝罪したし。


 なんか、俺を処刑しようとして、後から謝罪された時の事を思い出して、思わず苦笑した。


 アイリスも言っていたが、自分の決断や発言の重みをあまり理解していないっぽい国王だ。


 それと、鷹狩に出ていた連中は重傷を負っていたが、死者が出ていなかった。


「ダリア国王とかヒースの周りにいた勢子が全員倒れているだけで死んでなかったのは一体何でなんだろう?」


〈あのアマランスとかいう女が、鬼神剣の出力を制御して、殺傷性の無い雷撃を広範囲にばら撒いたのでしょうね〉


「そんな事出来るの?」


〈普通は出来ません。だから、普通じゃないんでしょう〉


「……」


 そもそも、シネラリアが操るゾンビの数にも、ホリーは驚いていた。


 シオンもそうだが、今の時代の神剣所有者達は、全員が規格外のようだ。


〈危険な姉妹剣使いを敵に回してしまいましたねえ〉


「もっと危険なのは、まだ会ってないヤツだと思うけどな」


〈ほう……〉


 何らかの形で、サフランに命令を下しているヤツ。


 そして、アマランス、シネラリア、ジャスミンという三人の姉妹剣使いが、主と呼ぶ相手。


 同一人物なのか、複数いるのか。


 残りの姉妹剣は、治癒剣、魔級剣、千里剣の三本。


 背後にいるヤツも姉妹剣使いなのか。


 それとも、所有者不在の姉妹剣もあるのか。


 どちらにせよ、一筋縄で済むとは思えない。


「ていうかさあ、ホリー」


〈なんです?〉


「これ、勇者が魔王を倒す話だよな?」


〈そうですね〉


「何で人間同士でこんな事になってるんだろ」


〈さあね。私も初めてですよ。神剣の姉妹剣を持つ者同士が争う状況は〉


「……って事は、神剣の姉妹剣を自分本位に使ったり、悪用したり……戦争に使ってみよう、なんてのは前代未聞だったんだ?」


〈そうですね。私は勇者以外と口を聞いた事はありませんでしたが、勇者の仲間を務めていた姉妹剣使い達は、全員が善良だったり、生真面目なヤツばっかりだったと思います〉


「やっぱりなあ。魔王から世界を守る為の武器を、人間同士の戦いに使おうとしてる俺達って、未だかつて無いくらい程度が低いんだな……」


〈……そういう事を私に聞かないでください〉


「は?」


〈私は常々人間を見下して、救う価値の無い対象と思う事が多々ありますが、貴方が言いだした事でしょう? どれだけ愚かしい人間を見ても、それで全てだと思うな。私が見ているのは世界のほんの一部に過ぎない。だから、一部を見ただけで全否定するなってね〉


「……俺、そんな事言ったか?」


〈言いましたよ! 私は記憶力が良いんです。今の超臭いセリフは貴方が言いました!〉


「ああ、そう……」


 世界に一部を見ただけで、全てを否定するな、ねえ。


 本当、一部しか見てないから言えるセリフだよな。


 人間が古今東西でやってきた事を見て、そんな事を言えるものかよ。


 結局、誰も彼も、保身の為に自分以外を全て犠牲にしても良いと思うような連中だ。


 人間なんて、本当は勇者に守ってもらうだけの価値は無い……


「……!」


 今、俺は何を考えていた?


 人間に、守られる価値は無いって?


 じゃあ、魔王が復活した時、そのまま全滅してしまえば良いって事か?


「まさか……それこそまさかだろ……」


〈クロウ?〉


「ん? いや、何でもない」


 人間には、善人も悪人もいる。


 いくら、俺がシオンを見つけた後、俺の事を暗殺しようとするヤツが山ほどいようが、やりたくも無い権力争い、勢力争いに巻き込まれて死ぬ思いをしてるからって、それで人間が皆死んで良い事には絶対にならない。


 そうだ。


 絶対に、ならない。


「価値ならあるさ、ホリー」


〈……価値?〉


「人間は、勇者に守って貰うだけの価値はある。今まで戦ってきた勇者は、絶対に無価値なモノを守ってきたわけじゃないよ」


〈……ええ。そうですね……そう願います〉


 とにかく、早く終わらせよう。


 この不毛な人間同士の争いを。


 こんな争いを続けると、本当に人間が無価値な気がしてくる。


 これ以上、俺の気が変になる前に、さっさとこの姉妹剣使い同士の争いを終わらせやる。


 早く終わらせないと、本当に頭がおかしくなりそうだ。


 だって、人間同士でも際限無く争い続けるなら、魔王に滅ぼされても結果が同じじゃないか、なんて気がしてくる。


 これ以上、そんな事は考えたくない。


 そんな、魔王の存在を肯定するような事を。

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