3/第五章  冤罪

 ブルードラゴンで起きた水枯れを解決させて、ペンドラゴンに戻った俺は、かつて自分が入れられた事もある王城内にある地下牢にいた。


 別に、閉じ込めれたわけじゃない。


 俺は檻の外にいる。


 檻の中にいる相手に面会しているだけだ。


「……で? これはどういう事なんですかねえ、カトレア教官」


「こっちが聞きてえよ」


 檻の中で囚人服を着ていたカトレア教官は、鉄格子越しに俺を睨んだ。




 ペンドラゴンに戻った俺に待っていたのは、はっきり言って驚天動地の事態だった。


 王城の一部が崩壊し、凄まじい損壊を受けていたのだ。


 何でも、国王の私室付近で大爆発が起きて、危うくダリア国王が死にそうになったらしい。


 幸い、ダリア国王は無事だったのだが、問題はその後だ。 


 一部とはいえ、王城を破壊してしまう程の力を持つ者は、そう多くは無い。


 しかも、爆発というなら尚更だ。


 油や火薬を使用した、という線はなく、火の元が全くないにも関わらず、突然城内で爆発騒ぎがあったらしい。


 それで、容疑者に浮上したのがカトレア教官だ。


 カトレア教官が所有する爆炎剣なら、あの程度の破壊は造作もない。


 しかも、カトレア教官の場合、アリバイも関係ない。


 彼女は俺の助言が原因で、炎だけでなく、床や壁に爆弾を設置して、好きなタイミングで起爆する能力すら持っている。


 結果、カトレア教官は爆炎剣の所有権を剥奪され、地下牢に幽閉された、という事だ。


「……カトレア教官って、国家転覆でも狙ってたんですか?」


「んなわけねえだろ! お前まで私を疑ってんのか!」


「いえ、別に疑ってませんけど」


 それに、無抵抗に爆炎剣を手放して、大人しく地下牢に入っている段階で犯人である筈がない。


 そんな事も解るヤツがいない、という事が、異常に腹立たしい。


 しかし、そんな事よりも、


「教官。俺は教官が犯人である可能性がゼロだと思っています。貴方はそんな人じゃない」


「お? おう……」


「それで? どうして爆炎剣をあっさりと手放したんですか? アレさえ持っていれば、教官一人で逃げきるのは簡単でしょう」


「はあ? そんな事したら疑いが増すじゃねえか」


「へえ……で?」


「ああ? で?って何だよ」


「疑いが増すのが嫌だから、爆炎剣を黙って差し出して、地下牢に大人しく入ったって事ですか?」


「そ、そうだけど……」


 俺は鉄格子を掴んで、自分の顔をカトレア教官に近づけた。


「甘いんですよ! 殺されたらどうするんですか!」


「だ、だってお前……」


「だってじゃない! 教官は以前にも爆炎剣を手放した事ありますよね! アレは俺のせいですけど、それでも教官は自分の事に関して甘過ぎますよ!」


「そ、そんな怒るなよ……アタシだって割とパニックになったんだ」


「どんな状況になっても、自分の命を最優先に考えてくださいよ。爆炎剣を使って逃げ出して、俺達と合流しようとすれば良かったんですよ」


「うん……」


「教官が死んだりしたら、俺とかアイリスとか、再起不能になるまで落ち込みますよ」


「うん……」


「ていうか、教官の元教え子とかが、全員再起不能になるんじゃないですか?」


「……」


 その時、カトレア教官は地下牢の中ですんすんと泣き始めた。


「教官が死んだら悲しむヤツは五万といるんです。これからは絶対に迂闊な事はしないでください。いつ何時も自分の命を最優先に考えてください」


「うん……ゴメンね……」


「……」


 つうか、この人が犯人なわけないだろ、マジで。


 何でそんな事も解らない連中しかいないんだろ。




 教官との面会を終えた俺は、王都内を無言で歩いていた。


 まさか、帰って早々、再びトラブルに巻き込まれるとは思わなかった。


 国王暗殺未遂事件発生。


 容疑者はカトレア教官。


 その話を聞いた瞬間、俺は倒れそうになる程の立ちくらみに襲われた。


 本当にどうでも良いが、アイリスといいカトレア教官といい、なんで俺の身内は目を離すと危機的状況に追い込まれるのだ。


 二人とも、俺より圧倒的に強くて優秀なのに。


 特に、カトレア教官程の百戦錬磨なら、別行動をとっても大丈夫だろうと高を括っていたから余計にイラつく。


 この分だと、次はサフランがピンチになるのか?


 いや、それは無いだろうけど。


「……」


 それよりも、気になるのは、俺が戻ってきたタイミングだ。


 国王暗殺未遂事件の容疑者である以上、カトレア教官は遅かれ速かれ処刑される。


 俺が神剣を盗んだ時と同じだ。


 幸い、カトレア教官が処刑される前に俺達はペンドラゴンに戻る事が出来た訳だが、それはサフランが戻る事を促したからだ。


 偶然、間に合ったのではなく、サフランのおかげで間に合ったのだ。


 という事は、サフランは何らかの方法でペンドラゴン内で起きている事態を知って、それを俺に伝える事は無かったが、戻った方が良いと忠告してきた訳だ。


 つまり、サフランはカトレア教官のピンチを俺に救わせようとしている。


 だが、離れた位置で起きた事件を知る事が出来た方法を教えるつもりは無い。


 サフランが何をしたいのかさっぱり解らない。


 この件に関しては味方だと判断しても良いんだろうけど。


「貴方がクロウ様ですか?」


 俺が一人で考え事をしている最中、聞いた事の無い男の声が聞こえた。


 声の主を確認すると、やはり会った事の無い男だ。


 まあ、俺は同級生の顔を殆ど覚えてないくらい他人に無関心な野郎だけど、こんな男は絶対に知らない。


「……」


 ダークコートを身に纏った長身痩躯の男。


 俺と同じく、全身黒装束だが、長身なので印象が全然違う。


 オールバックにしたダークグリーンの髪。


 そして、何より美形だ。


 閉じているかのような細眼。


 整った顔立ち。


 ヒースバカ王子と違って、傲慢そうな表情なんか全然していない爽やかな笑顔。


 まあ、要するに背の高いイケメン野郎だった。


 つまり、俺には関係が無い相手だ。


「申し遅れました。私はこの度、勇者様の教育係に任命されたプラタナスと申します」


「……」


 俺はプラタナス、という名前を頭の中で半数し、ようやく思い出す。


 そう言えば、シオンに家庭教師をつけた方が良いんじゃないかという話になった時に出てきた、王立士官学校の首席卒業者だ。


「ああ、アンタがプラタナスさんですか?」


「はい。この世界を魔王の脅威から救ってくださる勇者様に勉学を教えるなど、身に余る光栄だと思っております」


「ああ、そう……」


 はっきり言って、今の俺はこれからカトレア教官をどうやって助けようか、という事に集中していたので、こんな男と話している時間は微塵もないのだが。


 というか、コイツの話し方はなんか無性に勘に触る。


 あと、背の高いイケメンだという段階で腹が立つ。


 ヒースは長身でイケメンだという長所を補ってあまりある程に性格が悪くて、アホでバカな一面があるから可愛げがあるが、こういうヤツは駄目だ。


「……クロウ様は、カトレア教官が投獄された件はご存じですか?」


「知ってます。ていうか、今はその事で頭がいっぱいなんで」


「やはり、クロウ様もカトレア教官の無実を信じておられるのですね?」


「ああ、まあ、そうかな」


「このタイミングでクロウ様が戻ってきたのは幸いでした。ダリア国王は、御自分の命をカトレア教官に狙われたと考え、現在錯乱状態になっております」


「……」


「今は、ヒース殿下がとりなして事無きを得ていますが、何時、死刑が執行されるか解りません。予断を許さない状況です」


「ヒース王子もさすがにカトレア教官が犯人じゃないって事くらいは解ってんだな」


「当然でしょう。カトレア教官の勲等を受けた者は、皆同じ気持ちです」


「……」


「今回の件。真実が明るみになる前にカトレア教官の刑が執行されるような事になれば、王家にとって取り返しのつかない汚点となりましょう」


「……」


「各地の軍部、役所に所属している王立士官学校の卒業生達は、全員がカトレア教官をしたっています。その教官を処刑するような事態を招けば、王家はその支配力を大幅に失う事になるでしょう」


「……」


「それ以前に、私は一生徒として、教官の存命を祈っているのです」


「……」


 俺は、返事をせずに、黙ってプラタナスの言葉を聞いていた。


 コイツ、確かに頭は良いが、駄目なタイプの秀才だ。


 本当に頭が良いヤツは、人の質問に答えるヤツであって、聞いてもいない事を延々と話し続けるヤツじゃない。


 質問もしてないのに、自分が知ってる情報をベラベラ話し続けるヤツは、自分の頭がどれだけ良いのかアピールしたいだけで、相手の知りたい情報を教えようとする気が皆無のバカだ。


 要するに、賢いんじゃなくて、賢いと思われたいのだ。


 まあ、バカな振りして手の内隠しているヤツよりはマシだけど。


「……じゃ、俺は今後の事で話し合いたいヤツがいるんで、今日はこの辺で。シオンの家庭教師の件はよろしく」


「はい。それでは、カトレア教官の事、くれぐれもお願いします」


「ああ、まあやるだけやってみるよ」


「……お手並み拝見させていただきます……」


 その時、俺は初めてプラタナスの表情が作り笑顔から無表情に変化した。


 細い両眼がゆっくりと開かれ、翡翠のような瞳が見えた。


俺はその眼を見て、この男の凶暴性が垣間見えた気がした。




「あ! お兄ちゃん戻ってたんだね!」


 そんな言葉を口にしながら、シオンが廊下を全力疾走し、俺の胸に飛び込んでくる。


「お帰りお兄ちゃん」


「うん、ただいま。ゴメンな。早く戻るって言ってたのに」


「良いんだよ。お兄ちゃんも忙しいんでしょ?」


「いや、忙しいのはこれからなんだよ。シオンも知ってるだろ? カトレア教官が殺されそうになってるんだ。助けないと」


 その時、俺の胸元に顔を埋めていたシオンが顔を上げる。


「カトレアを助けたいの?」


「ああ」


「私が助けてあげようか?」


「……」


 顔を上げたシオンの表情は、本当に、あどけなく、可愛らしかった。


 そんな、愛らしいとしか形容できな相貌で、


「私が、皆殺しにすればいいのかな? カトレアを殺そうとしてるヤツを。国王とか言う偉そうなヤツを」


 なんて事を言う。


 平然と、俺が頼めば、誰でも、何人でも、殺して見せると。


「……」


 この子からすれば、俺以外の他人は、将来的に倒すべき存在である魔王と一緒なのだ。


 今のシオンは、俺が頼んだから、魔王を倒す為の練習をしている。


 だから、シオンは俺が頼みさえすれば、誰だろうが何の躊躇も無く殺す。


「いや、大丈夫。俺が自分で何とかするよ」


「私が手伝わなくても大丈夫?」


「ああ」


「私の力が必要になったら何時でも言ってね?」


「ああ。シオンの力が必要な時は、すぐに来ると思うよ」


「大丈夫だよお兄ちゃん。私がお兄ちゃんを守ってあげる。誰からも、何からも守ってあげる」


「……」


 今のシオンの精神構造が正常だとはとても思えない。


 一応、恩人である俺を慕ってくれるのは、正直嬉しい。


 こんなに可愛らしい少女に慕われて、悪い気はしない。


 勇者に信頼される事は、とても誇らしい。


 しかし、これは駄目だ。


 俺を盲目的に信頼して、他の全てがどうでも良いと思うような状態を、放置して良い訳が無い。


 あのプラタナスを家庭教師にして、それが少しでも緩和すれば良いのだが。


「なあ、シオン。君に勉強を教えてくれる人には、もう会ったかい?」


「プラタナスの事? もう勉強を教えてもらってるよ?」


「そうなんだ? 勉強はどう? 楽しいか?」


「別に? 難しくも楽しくも無いよ。お兄ちゃんがしろって言うからしてるけど」


「そうか。まあ、シオンの役に立つ事だから、頑張って続けてくれ」


「うん。大丈夫だよ。訓練も勉強も頑張るから」


 そこでふと、シオンは俺の胸元に鼻を当てて、スンスンと鼻を鳴らした。


「……?」


「……ホリー」


 シオンは、俺の傍らにいるホリーに、冷めきった視線を向けた。


「またお兄ちゃんの身体の中に入ったでしょ?」


〈ええ。ソレが何か?〉


「別に。私がいない時にお兄ちゃんを守ってくれてるなら文句は言わない」


〈っは! 偉そうに〉


「どうせ身体に入るくらいしか出来ないもんねえ。キスもハグも出来ないし」


〈……!〉


 俺は、ホリーの額から「ピキッ!」という音が鳴るのを聞いた。


「まあ、精々お兄ちゃんの役に立ってよね? クソババア」


〈何時か本気で泣かせてやるよ。クソガキが〉


「……」


 運命よ。


 運命を司る神よ。


 何故この二人は仲良くならないのですか。


 そして、何故二人とも俺が好きなのですか。


 正直、重いです。怖いです。




 ひとしきり俺との雑談とホリーとの舌戦を楽しんだシオンは、剣術の訓練をする為に廊下を走り去っていった。


 ホリーと二人きりになると、


「ホリー。質問だ」


〈なんでしょう?〉


 俺は、ホリーに話しかけた。


「カトレア教官の爆炎剣以外に、城内の一角を一瞬で破壊出来るだけの力を持った姉妹剣は?」


〈鬼神剣グラムでしょう〉


「鬼神剣は使いこなすのが難しんだろ? 例えば、ヒースの雷鳴剣である可能性は?」


〈ヒース王子が所有している雷鳴剣の雷撃は、対人では有効ですが、城壁の類を破壊する程の出力はありません。雷は流れやすい方向に流れる性質がありますから、壁や床に打ちつけても、破壊せずに通り抜ける事が多いんですよ。人間を標的にした場合、体内の水分を一瞬で沸騰、蒸発させる事で感電死させますが、水分の無い岩や金属を破壊する事は難しいのです〉


「……って事は、十中八九、この件の犯人は、俺の知らない姉妹剣使いって事か」


〈貴方には言いにくい事ですが、カトレアの爆炎剣なら、城壁の破壊は容易ですよ〉


「それは無い」


〈……やれやれ。貴方はあの童顔女に対しては、盲目的に信頼しているのですね〉


「違う」


 俺は傍らにいるホリーを見つめた。


「カトレア教官が犯人じゃない、という根拠ならある」


〈なんです? 根拠って〉


「あの人なら、暗殺を失敗しない。確実に国王を殺せてる」


〈……〉


「国王が生きている段階で、カトレア教官が犯人である可能性は消えたんだ。教官が殺そうと思った相手を殺せない事はあり得ない。しかも、むざむざ捕まる事もない。国王がいる部屋にしこたま爆弾を設置して、国王がいる時間帯に爆破する程度の芸当を、教官が失敗する事はあり得ないんだよホリー」


〈……〉


 何故か、ホリーは俺を見つめながら、息を飲んでいるような表情を見せた。




 とりあえず、俺は自分の私室に戻った。


 そこには、既にアイリスとサフラン、そして、


「……誰だお前?」


「ヒースだ!」


「何でここにいんの? シオンにボッコボコになって再起不能になって二度と俺の前に現れる事もない予定だったんじゃないの?」


「予定って何だ予定って! 少し前に退院したんだ」


「あっそう。あの時死ねばよかったのに、とは言わないで置くけどさあ」


「言ってるぞ!」


 俺の部屋には、何故かヒース王子もいた。


「で? マジでお前、何でここにいんの?」


「……お前達は、これからカトレア教官を助けようとしているんだろう?」


「ああ」


「僕も手を貸そう」


「結構です。帰ってください」


「なんだその態度! 僕も一応姉妹剣所有者なんだぞ!? かなりの戦力だろうが!」


「いや、そうなんだけどさあ。お前って俺の言う事全然信じねえじゃん。強くてもあんまり意味ねえって言うか、まあ、ぶっちゃけ嫌いだから同じ空気吸いたくないってのが本音なんだけどさあ」


「ふざけるな! お前状況が解っているのか! 僕が止めていなければ、カトレア教官はとっくに処刑されていたんだぞ! お前達が戻ってくるまで、僕が処刑を止めていたんだ!」


「へえ、そう。その優しさを、俺が処刑される時に見せてくれたら、お前に対する好感度がマイナス100からマイナス80くらいに上がったのに」


「マイナス!? 上がってもマイナス!?」


 俺はヒース王子との不毛な会話に飽きると、自分が日頃使っているベッドにドカリと座り、室内にいる三人の顔を順番に眺める。


 王立士官学校主席のアイリス。


 元暗殺者のサフラン。


 バカ王子のヒース。


「とりあえず、この場にいるヤツは全員が教官を助けようと思ってる。これから俺のやろうとしてる事に協力してくれる。そう思って良いのかな?」


「ええ。貴方は私の命の恩人。カトレア教官も貴方なら助けられると信じているわ」


「ウチも従うよ。クロウの作戦にハズレが無いのは知ってるしね」


 アイリスとサフランからは、なんだが熱烈に信頼の念を抱かれているようだ。


 しかし、


「ちょっと待てクロウ。さっきから気になっていたんだが……」


 ヒースバカ王子様だけが不満たらたらな様子だった。


「んだよ、うるせえな。文句あるなら帰れよ」


「違う! 今回に限っては、僕は全面的にお前に従うつもりだ」


「え? マジで? 何で?」


「……前にお前の話を信じなかった所為で酷い目にあったからな……。お前が処刑される時、シオンに聖光剣を触れさせる。たったそれだけの事を検証しなかった所為で、僕は全治六カ月の大怪我をして、王都も半壊状態になった。アレは全部僕の所為だ」


「そうだな。お前が全部悪かった。お前が諸悪の根源だったと言っても過言では無かったな。何もかもお前の責任だったよ。全てお前が悪い」


「……お前……僕に対してだけ酷過ぎないか……」


「まあ、あの時の事を反省して、お前は俺の言葉を全面的に信用する事に決めたんだな?」


「ああ。その通りだ。勇者にしか見えない筈の精霊がお前にも見える。その事には、何か大きな意味があるんだろう。僕は、お前の判断を信じよう」


「そうか。じゃあ、お前が今持っている金を全部俺に渡してから、視界から消えろ」


「だからお前! 僕に対する扱いが酷過ぎないか!」


「ああ、もう良いよ。なんかお前と話すと長くなるから止めようぜ」


「無駄話してるのはお前だ!」


「で? 気になる事って何? 俺の判断に従うって言ってくれたのは、真面目な話嬉しいけどさ、俺はまだ何も言ってなかったよな?」


「あ、ああ。僕はお前達と協力して、カトレア教官を助けたいと思っているんだが、さっきから一緒にいるこのメイドは一体何者だ?」


「なんだ。サフランの事か……」


 サフランはメイド服を着て行動し、表向きはシオンの世話役だという事にしている。


 元暗殺者である事も、姉妹剣所有者である事も伏せている。


 ヒースからすれば、ただのメイドがここにいるようにしか思えないんだろう。


「……」


 しかし、どうしたものか。


 現状、サフランは貴重な戦力だ。


 しかも、彼女の真骨頂は誰にも能力を知られていない場合に発揮される。


 アイリスとカトレア教官は姉妹剣所有者である事が周囲に認知されているが、サフランは認知されていない。


 サフランは、出来れば姉妹剣所有者だと知られない方が、俺にとっては都合が良いのだ。


 特に、王族や貴族に、透明人間になる手段がある仲間が俺にはいる、という事実を知られたくない。


 ヒースが完全に俺の仲間だと認識して良いのなら、教えても構わないのだが。


「……サフランはさあ。実力はお前と比べて百倍。人気は五百倍くらいの差があるだろうな。そんなメイドだよ」


「はあ?」


「超強いよ、サフランは」


「そのメイドが? 信じられないな」


 その時、サフランの姿が消えた。


「ちょ!? お前!」


 俺が止める間もなく、サフランはヒース王子の首筋に真空剣を突きつけていた。


「……クロウ。ウチ、なんかこのバカ王子が癪に障るんだけど、殺して良い?」


「良いわけないだろ! よせ!」


「でもさあ。ウチ、舐めた態度取るヤツは腹立つんだよね」


「許してやれよ。そいつは終始、他人を舐めて生きてきたんだから仕方無いだろ」


「まあ、クロウが殺すなって言うなら別に良いけどね。でも、機会が合ったら殺しといた方が良いんじゃないの? 王族で姉妹剣持ってるヤツなんか」


 そんな捨て台詞を吐きながら、サフランはヒースから離れ、アイリスの隣に立った。


 放置された形のヒースは、額に汗を浮かべながら俺に近づいてくる。


 そして、何故か俺に顔を近づけて、耳打ちしてくる。


「おい、なんだあの女は!」


「ああいう子なんだよ」


「どういう子だ! それに、今のは明らかに姉妹剣の力だろ?」


「まあな。あの子も姉妹剣持ってるんだよ」


「王家が把握していない姉妹剣使いだと? 報告しないつもりなのかクロウ?」


「しても良いけど、誰かにチクったら殺されるんじゃないかな」


「……解った。僕は何も見なかった事にする。お前にとっても、その方が良いんだな?」


「……」


 せっかくサフランが姉妹剣使いだと知られないようにしてたのに、一瞬でバレてしまった。


 まあ、これからカトレア教官を助ける為に、一緒に行動する以上、サフランの能力をヒースが把握していないのは不味かったから、好都合だと思っておこう。


「アンタらさあ」


 そこで、無言を貫いていたアイリスが口を開く。


「何時までも仲良しなのは結構だけど、いい加減話を前に進めてくれる? 私達の教官が危ないのよ?」


「「仲良くない」」


 俺とヒース王子の声がハモり、二人揃って項垂れる羽目になった。




「さて……結局の所、カトレア教官を助ける事が出来るなら、後はどうでも良いんだよな。お前らはどんな方法があると思う?」


「面倒臭いからさ、カトレアを殺そうとしてるヤツを全員殺せば良いんじゃないの?」


 最初に意見を口にしたサフランの発言はトンデモ無いものだった。


 ところが傍らで椅子に座ったまま、腕を組んでいたアイリスが、


「……私も、最悪そうするしかないような気がする」


 サフランの無茶苦茶な提案に同意しているのだ。


「クロウが処刑されそうになった時、ダリア国王はカトレア教官の姉妹剣所有権を奪ったわ。今の王家は、カトレア教官が大人しく従う事を良い事に、何かある度に姉妹剣を取り上げようとして、いざ困ったら姉妹剣を返して戦場に放り込む所があるわ。前々から思ってたけど、いい加減にケリをつけた方が良いんじゃないの? クロウ」


「……お前らは一体何を言っちゃってんの? じゃあ何か? 国王暗殺未遂事件を解決させるんじゃなくて、実際に実行して、国家を転覆させようってか? んな事、ここにいるメンバーだけで出来るわけ無いだろ。つうか、ヒースの野郎は絶対に協力しないだろうし」


 俺がヒース王子の様子を伺っていると、案の上、顔面を痙攣させていた。


「クロウ。貴方が覚悟を決めたら、私はいくらでも協力するわ。はっきり言って、カトレア教官を良いように利用して、すぐに処刑しようとする権力者に対して、私は何の感慨も無く滅ぼすべきだと思えるわ」


「そうだね。そこのバカ王子が協力する気無いって言うなら、もう口封じに消せば良いんじゃないの? 今殺す?」


 アイリスとサフランの発言に、俺は溜息を吐いた。


「お前らさあ、少しは新犯人を探そうとか思わないの? まあ、俺のそう都合良く犯人を見つけられるとは思えないけど」


 そう。


 この件の根本的な問題はそこだ。


 カトレア教官の無実を証明する方法は、新犯人を見つけて捕まえる事。


 だが、そんな事を都合よく達成出来る訳が無い。


 俺達が当ても無く探しまわった所で、国王を暗殺しようと城の一角を爆破した犯人を見つける事は難しい。


 他の姉妹剣使いを運良く発見出来たとして、ソイツを犯人と断定する手段も無い。


 つまり、カトレア教官の無実を証明する為には、新犯人が自分から「国王を殺そうとしたのは自分だ」と名乗り出てくれないといけないのだ。


 そんな事が起きる訳が無い。


 そして、姉妹剣を持って異様な戦闘力を獲得しているが、思考回路の方が、ちょっとアレな女性陣と、何の力も持たない俺が、こうやってワイワイ会話した所で、名推理を発揮して事件を解決させる事も出来ない。


「……もう、こうなったら、カトレア教官の無実を証明する事は諦めた方が良さそうだな」


 俺がそう言った瞬間、部屋一面が氷漬けになった。


 室内に、尋常じゃない冷気が渦巻いている。


 冷気の中心部にいるアイリスが、鬼のような形相で俺を睨んでいる。


「は? 今なんて言った?」


「……あのな、アイリス。俺の発言でいちいちキレるのは止めろ。俺はカトレア教官の無実を証明する事を諦めるって言ったんだ。教官の命を守る事を諦める訳じゃないよ」


「どういう事?」


「この件で最高のハッピーエンドは、国王がカトレア教官の無実を信じて、処刑を取りやめる事だ。でもそれは難しい。新犯人を捕まえる事も難しい。まあ、正確に言うと、面倒くさいな。新犯人を俺達だけで探し出して、捕まえて、コイツが犯人ですって報告するのは。じゃあ、もういっその事、教官の無実を証明せずに、命だけ守ろうって話だよ」


「……?」


「とりあえず、ヒース。お前、国王を説得するのを止めて、カトレア教官の処刑を執行しちまえ」


「「はあ!?」」


 アイリスとヒースが同時に絶句して声をハモらせた。


 室内が常温に戻ってきたので、俺は座っていたベッドに寝転がりながら説明を始める。


「カトレア教官が処刑場まで行った時に、サフランが透明化能力を駆使して、処刑が執行される前にカトレア教官を誘拐すれば良いんだよ」


「ウチが、カトレアを誘拐?」


「そう。サフランが触れた人間も透明になるんだから、傍からは教官の姿が突然消えたように見えるだろ。普通の人間には何でカトレア教官の姿が消えちまったかは解んねえんじゃねえの? それでとりあえず教官の命は助かる。以上」


「ちょっと待ってよクロウ」


 俺の完璧すぎる作戦に対して、アイリスが難色を示していた。


「それだと、カトレア教官はずっと逃亡生活をする羽目になるわよ。貴方、教官にずっと隠れ続けろって言うの?」


「そうだなあ。とりあえず、俺が数々の手柄を上げたお礼に領地を貰った時、そこに隠れてもらおうかなって思ってたけど、いつ領地貰えるか解んねえしなあ。じゃあ、表向きには教官は死んだ事にすれば良いんじゃねえの?」


「……どうやって?」


「教官と似たりよったりの体形したヤツの死体を用意してさ、サフランがそれを透明化しながら処刑場に運ぶんだよ。で、処刑を執行する寸前に、その死体と教官をサフランが入れ替えさせて、その死体を処刑執行人のヒースが雷鳴剣で黒コゲにしちまって、教官は黒コゲ死体になりましたって事にする。どうよ?」


「ちょっと待て。僕が教官の処刑執行人なのか?」


「そうだよ。執行人がグルじゃねえと教官を処刑場から連れ出せねえじゃん」


「それは構わんが、僕だけ貧乏くじを引かされているとしか思えんのだが……」


「ああ? お前、俺の事は喜んで首刎ねようとした癖に何言ってんだよ。あの時からお前は万人から嫌われて唾をかけられる事しか出来ねえキャラになっただろうが」


「キャ、キャラ……」


 若干、ヒース王子は傷ついているような様子を見せた。


 だが、俺は物理的にコイツが原因で死にかけたので、コイツに対して同情する感情が著しく欠如している。


 だからコイツがどうなろうがどうでも良い。


「ちょっと待ってよクロウ。その作戦が旨く行ったとしても、結局カトレア教官は人前に姿をさらせない身分になるわ。私、そんなの嫌よ」


「ていうか、それ以前にウチも死体を運ぶとか嫌だし」


「お前らは何の意見も言わねえ癖に文句だけは一人前だなあ。とりあえずカトレア教官を保護出来れば問題は全く無いんだぜ? カトレア教官が消息不明になっている最中に、もう一回、国王暗殺未遂事件が起きれば万事解決だしな」


 俺がそう呟いた時、その場にいた三人が全員無言になった。


「……ん? 何で皆して無言になるんだよ?」


「いや、貴方の言っている言葉の意味が解らないのよ」


「だから、国王を実際に暗殺したヤツは別にいるんだから、そいつは目的を果たせて無いんだぜ? 国王が生きてる限り、もう一回、暗殺を実行しようとするだろ?」


「待ってよクロウ。そんなタイミングでカトレア教官が行方不明になってたら、余計にカトレア教官が犯人っぽくなるんじゃないの?」


「爆炎剣がカトレア教官の手元に無いタイミングで事件が起きれば?」


「あ……」


「カトレア教官は行方不明です。爆炎剣は手元にあります。そんなタイミングで新犯人登場。国王は再び殺されそうになりますが、そこへ颯爽と駆けつけた爽やかクソイケメンバカ王子のヒース君が国王を死守。その時国王は九死に一生を得ると共に、カトレア教官が犯人で無いと悟ります。そこで俺がカトレア教官と一緒に登場すれば、万事解決。カトレア教官は再び爆炎剣の所有権を取り戻しました。そして俺は事件を解決させた最大の功労者として、万民の喝さいを受けながら、一生働かなくても良いだけの地位と名声を得る。どうよ?」


「いや、貴方、ちょっとふざけ過ぎでしょう……」


「それより、爽やかクソイケメンバカ王子って何だ……」


 アイリスとヒースは、何故か俺に対してドン引きしていた。


「もう、文句が多いなあ。とりあえずヒース。お前は国王の説得を止めて、カトレア教官の処刑を執行しろ。処刑の当日、サフランはカトレア教官を誘拐して助ける。アイリスはいざという時の為に待機。それで良いだろ。とりあえず、今からカトレア教官が潜伏する場所を用意しないとな。それは金があるヒースに任せるけど、良いよな?」


「あ、ああ。今は使われていない貴族の別荘が王都から離れた位置にある。そこまでカトレア教官を連れ出す事が出来れば、潜伏するくらいは可能だ」


「潜伏中のカトレア教官に食糧とか生活必需品の類を送り続けるのはサフランの仕事だ。誰にも気付かれず、見られもせずに教官の逃亡生活を援助出来るヤツは君しかいない」


「まあ、別に良いけど……」


「アイリスは、この作戦を実行している間、出来るだけ俺から離れない方が良いだろうな」


「……何で?」


「国王を暗殺しようとしたヤツが、俺に襲いかかってきたら即死しちゃうじゃん。お前は俺を死守してくれ」


「……」


 アイリスは、その時、盛大に溜息を吐いた。


「う~む……」


 方針が固まりつつある。


 しかし、俺には気になる事が合った。


 そもそも、犯人の目的は、本当に国王を殺害する事だったのか?


 ひょっとして、カトレア教官を陥れる事が目的だったんじゃないのか?


 もしそうなら、カトレア教官を一人で潜伏させるのは危険だ。


「サフラン」


「何さ?」


「君は、カトレア教官の手元に爆炎剣が戻るまで、教官の傍から離れないでくれ」


「……」


「姉妹剣を持っていないカトレア教官は、戦闘力は大幅に落ちる。君が守ってやってくれ」


「良いよ。食料を運ぶついでに、ウチが護衛してあげる」


 これは賭けだ。


 サフランは、未だに完全に味方だと言いきる事が出来ない。


 彼女の行動は怪しい。


 だが、カトレア教官の命を守る事に関してのみ、俺はサフランを全面的に信用できる。


 何を考えているのか解らないが、サフランはカトレア教官が危機に陥っている事を、俺に知らせようとしていた。


 遠く離れたブルードラゴンから、王都ペンドラゴンに戻るように促したのはサフランだ。


 つまり、カトレア教官が死ぬ事を、サフランは望んではいない。


「ヒース。お前はカトレア教官の処刑を執行する時、雷鳴剣を出来るだけ発光させろ。国王とか、野次馬の眼を誤魔化せ。その間に、透明化したサフランがカトレア教官を連れ出す」


「……さっきから気になっていたんだが、透明化とは、そのメイドが持っている姉妹剣の能力か?」


「ああ。サフランは自分の姿を透明に出来る。それに……」


 俺はサフランの肩に手を置いた。


 その時、サフランは俺ごと透明人間になる。


「触れている相手も透明に出来る」


「なるほど。その能力でカトレア教官を連れ出すんだな? 僕はそれまで、雷鳴剣を発光させて待っていれば良いと?」


「そうだ。後は、教官が消えた理由が解らない振りをすれば……」


「いや、そこから先は任せておけ。周囲の人間には、確かに教官が死んだように見せよう」


「どうする気だ?」


「代わりの死体を用意する必要は無い。教官と同じ囚人服を着せた藁人形を一体用意する。それを、処刑台ごと雷鳴剣で消し炭にする。国王暗殺を企てた大罪人故に、骨も残さずに処刑して見せる、と父上には伝えておこう」


「雷鳴剣の発光が、落雷くらいに眩しければ、そんな誤魔化しでも通用するかもな」


「当然だ。確実に成功させて見せる」


「……っは」


「ふふ」


 その時、俺とヒースは初めて相手の顔を見ながら、笑みを浮かべていた。




 それから数日後。


 俺達の計画は実行に移される事になる。


 ヒースが説得を断念すると、ダリア国王は本当にカトレア教官を処刑する事を決定した。


 処刑の執行人は、俺達の計画通りにヒースになった。


 元王立士官学校の生徒達を始めとして、多くの民衆が反対している刑の為、処刑は迅速に行われる事になった。


 俺が以前、殺されそうになった処刑場に向かう為、カトレア教官が地下牢から出される。


 俺は、王城から処刑場に連れて行かれるカトレア教官を観察する。


 城下町を引きずりまわされた後、ヒースが待っている処刑場にまで連れてこられたカトレア教官は、無抵抗だった。


 俺達の作戦が万が一にもバレないように、カトレア教官本人にも救出方法は教えていないが、あの人の事だ。


 自分が救出される事を疑っていないのだろう。


 少なくとも、俺はそう思っていた。


 俺は天馬剣スレイプニルに跨ったまま、処刑場の様子を食い入るように見た。


 想定外の自体が起きた時は、俺がカトレア教官を助ける。


 その場合、俺まで逃亡生活をする羽目になるが、そうなった時のデメリットよりも、カトレア教官が死亡した時の損害の方が圧倒的に多い。


「……」


 俺は誰にも見られないように、スレイプニルを浮遊させ、処刑場全体の様子が見えるように、高い建物の上に、スレイプニルを着地させた。


 それから事の成り行きを見守っていたが、


「……!」


 今まさに、カトレア教官の処刑が執行されそうになった時、ヒースの雷鳴剣が眩く発光したので、俺は思わず眼を背けた。


 瞬間、落雷のような轟音が処刑場付近で鳴り響く。


 俺が眼を向けた時には、カトレア教官が跪き、ヒースが立っていた処刑台が消しズミになっていた。


「……よし!」


 カトレア教官は無事だ。


 透明化したサフランが、カトレア教官を抱きかかえたまま、城下町にある家々の屋根の上を走り、飛び回っている。


 後はこのまま、サフランがカトレア教官を王都の外にまで連れ出して、潜伏先にする予定だった貴族の別荘にまで辿りつけば良い。


 俺はスレイプニルを操って、そそくさと処刑場の近くにいたアイリスの傍に降り立つ。


「……成功した……」


「そうみたいね……」


 誰にも聞こえないよう、俺達は小声で話し、頷きあった。

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