3/第三章  迷宮探索者

 国王の外出許可もあっさり下りたし、シオンも以前のようにワガママを言わなくなったので、アイリスを伴ったブルードラゴンへ向けた旅立ちはあっさりしたものだった。


 なにせ、今の俺の移動手段は天馬剣スレイプニル。


 国中の至る所に、一瞬で到達できる。


 もう、旅費や食費に悩む必要も無い。


 必要最低限の荷物を馬車に詰め込み、即出発だ。


 スレイプニルが引く馬車の御者台の上に、俺は座っていた。


 そんな俺の左右には、


「……貴方、本当にどういう神経してるの? この状況でどうして怖がらないの?」


「何があ? 楽しいじゃん」


 なんて事を言うアイリスとサフランがいる。


 傍から見れば両手に花だ。


 正直に言うと、俺はこの二人の事が若干怖いので、あまり嬉しくないのだが。


 まあ、怖くない女などこの世にいないのだが。


 この二人の場合、他人に対する殺傷力、という点が常軌を逸している。


 しかも、各々理由は違うが、一度俺と戦っている。


 どちらとの戦闘も、ホリーが体内に憑依した状態での事だが、思い出すだけで震えてきそうなくらいに恐ろしい体験だった。


「ねえ、クロウ。飛行能力のある馬に馬車を引かせても、こんな風に馬車が安定する事はあり得ないわ。真上から吊るすならともかく」


「ああ、普通は馬車がひっくり返るだろうな。よっぽど高速で飛ばない限り」


「じゃあ、どうして……」


「天馬剣は重力を制御してるんだってさ。だから、この馬車は今無重力状態なんだよ」


「それだと、私達も荷物も浮遊するじゃない」


「……知らねえよ。俺達の身体だけに重力が掛ってるんじゃねえの」


「そんな都合の良い話が……」


「うるせえな! なんか不思議な天馬が馬車を引いてる……ってだけで良いだろうが! 俺に理屈を説明させるな!」


「はあ!? 貴方、原理も把握してない馬に命預けて平気なの?」


「じゃあお前って自分が使ってる氷結剣の構造とか把握してる訳? 何でも凍らせる不思議な剣としか認識してねえだろ」


「剣と馬を一緒にしないでよ」


 厳密に言うと、天馬剣もアイリスが持ってる氷結剣も、同じ神剣の姉妹剣だから、兄弟みたいなものだ。


 不思議な武具で、原理は全く理解不能。


 おまけに何処の誰がどうやって作ったのか、ホリーですら知らない。


 あまり深く考えても無意味なんだろうな。


「……」


 しかし、こうして神剣の姉妹剣を活用している俺達や、私利私欲で使用しているであろうシネラリアの事を考えてみると、人間ってヤツはつくづく恐ろしい連中だな、と思う。


 魔王から、人類を守る為にある一本の聖光剣と十二本の姉妹剣。


 そんな神がかり的な物体ですら悪用しかねないのだから。


 いや、あまり自分の身内を責めるような事はしたくないが、反乱を鎮圧する為に爆炎剣を使ったカトレア教官と、暗殺に真空剣を使っていたサフランは、客観的に見れば悪用していると言えなくもない。


 もし仮に、姉妹剣の数がもっと多かったり、量産する算段がついたりしたら、人間は確実に姉妹剣を使って戦争をするような気がする。


 もっと最悪なのは、シオンの持つ聖光剣の神剣が複数合った場合だ。


 ホリーいわく、町一つくらい一振りで消滅させるような光の刃だ。


 そんな破壊力の武器で戦争をすれば、人類は魔王に滅ぼされる前に、勝手に滅亡するだろう。


「……」


 まあ、数万年が経過しても腐食や破損が微塵も無い剣の製造法なんて、想像もつかないけど。


「……それにしても、片道一カ月近くかかる場所に、一日で行けるなんてね。距離感が狂いそうになるわ」


「俺はそもそも大陸を移動するのにかかる時間とか意識した事無いけどな。カトレア教官も天馬剣の事は便利だって言ってたよ」


「もうすぐブルードラゴンの領内に入るわ……ていうか、今まさに領内を飛んでるわ。空中から故郷見る事になるなんてね……」


 アイリスは御者台から足元を見下ろして、顔を強張らせていた。


 かなりの高度、速度で飛んでいるし、当然だろう。


 俺は天馬剣の手綱を握る事だけに集中して、自分が今どれだけ危険な行為をしているか考えないようにしている。


 特に、馬車から落ちれば確実に死ぬ、なんて事は一切考えない。


「とりあえず、何処に降りれば良い? 人里か町中で良いよな?」


「そうね……水枯れの状況を把握したいから、一番大きな町に……」


「ねえ、ちょっと待ってよ」


 この先の事を相談していた俺とアイリスに、サフランが割って入る。


 暇だからついてきて、水枯れに関しても全く興味を示さず、ただ空からの景色を満喫していただけのサフランが、怪訝そうな表情を浮かべている。


「あの、高い山脈にボッコーンって建ってる城は何?」


「ボッコーンって建ってる城?」


 意味の解らないニュアンスだったので、俺は首を傾げながらサフランの指さす方向を見つめ、


「……うえ?」


 思わず変な呻き声を上げながら、手綱を引いてスレイプニルの動きを空中で停止させた。


 そして、そのまま目を見開いて確認する。




 山の中腹を抉るような形で作られている、奇妙な形状の城……というか、宮殿のような建築物を。


「なんだアレ? すげえなアイリス。この辺りにはあんな建物あるのかよ。つうか、どうやって建てたんだアレ」


「……私……あんな建物知らないわ。初めて見るけど」


「んん? あんなデカイ建物合ったら、地元じゃ有名なんじゃねえの? ていうか、アレって何の為の城だ? 防衛には役に立たねえ位置だし、金持ちの別荘にしてはデカすぎじゃねえの?」


「んん……? ていうかクロウ。マジであんな山の中腹あたりにデカイ城とか宮殿作るのは無理だと思うよ~? アレって人間が作った物じゃなくない~?」


 サフランがそう言った時、俺は他人がいる間は極力無言を貫いているホリーの様子を伺った。


「なあホリー。あの建物って……」


〈……〉


 その時のホリーは、今までにない程に愕然としていた。


 俺達が見ていた謎の建築物を、食い入るように見て、明らかに動揺している。


「おい……どうしたんだよホリー……」


〈……そんな……バカな……〉


「え?」


〈アレは……ダンジョンです……〉


「……ダンジョン?」




 とりあえず、俺はスレイプニルを地面に着陸させた。


「クロウはここに残ってホリーさんから話を聞いておいて。私は近くの町で情報収集してくる」


「ウチも行ってくるよ。初めて来た場所は見て回りたいしね」


 そう言い残して、アイリスとサフランはスレイプニルが引いていた馬車から下りて、さっさと走り去ってしまった。


「……」


 今さらだが、異様な走力だ。


 一度の跳躍で数メートルは飛び上がり、走り始めればあっという間に見えなくなる。


 二人で並走し、遥か彼方まで走り去っている所を見ると、どうもあの二人は俺と一緒にいる間、かなり意識してゆっくりと移動していたようだ。


 アレが、姉妹剣使いの身体能力なのか。


 多分、軽く神剣の持つ機能の一つである憑依を使用しているのだろうが、とても付いていけるような走力じゃない。


 若干、劣等感に苛まれつつも、ホリーと二人きりになったのは好都合だと思った。


 やはり、ホリーと話している所はシオン以外に見られたくない。


 独り言を言っているようにしか見えないからだ。


「……ホリー。君はあの建物が何なのか知ってるのか?」


〈アレはダンジョンですよ〉


「ダンジョンって何?」


〈は? そんな事も知らないんですか? 迷宮ですけど〉


 ホリーは割と久しぶりに、俺の事を虫けらのように見下している感じの目を向けてきた。


「いや、だから迷宮って何なのさ?」


〈……はあ。貴方の無能ぶりはよく理解したつもりでしたが、そんな事も知らないとは。迷宮とは、侵入者を迷わせる作りをした建物で……〉


「言葉の意味を教えろって言ってないよ! ダンジョンが迷宮って事も知ってるし! 君があの建物を見て驚いてた理由を聞いてんの!」


〈……ダンジョンは……魔王が人類を滅亡させる為、世界各地に建設させる物です〉


「え!?」


〈ダンジョンの内部には、無数の魔物が生息しています。そして、増殖を繰り返します〉


「……」


〈ダンジョン内の魔物が一定数を超えた時、ダンジョンから無数の魔物が出現し、人のいる町や村に向けて進行を開始する〉


「おいおいおい! 魔王が復活するのは、まだ四年先だろ? まさか、もう魔王が復活してる?」


〈いえ……そんな筈はありませんが……〉


 ホリーは怪訝そうな表情で顎に手をあて、何やら考え込んでいる。


 そりゃそうだ。


 ダンジョンの建設が魔王復活の予兆みたいなものだとすれば、容易ならざる事態だろう。


「ダンジョンを、魔王以外が建設する可能性は?」


〈あり得ません。ダンジョンを作り、魔物を産み出せるのは魔王のみ〉


「既に魔王が復活している可能性は?」


〈それもあり得ません。魔王が復活した段階で、ダンジョンは世界中に、無数に建設されています。それも、世界同時に、一瞬で〉


「魔王が復活する前に、段階的にダンジョンが増えてきた、なんて事は?」


〈これまで魔王が復活する前にダンジョンが建った事はありません〉


「あの建物が、ダンジョンではない、なんて事は……」


〈アレは間違いなくダンジョンです〉


「……」


 そこまで聞いた時、俺は無言になった。


 魔王が復活した時に、世界中に現れる無数の迷宮。


 そこから大量の魔物が出現し、人のいる場所を襲う。


 そして人類は、勇者による魔王打倒の瞬間まで、魔物という人間では打倒する事が困難な怪物に襲われ続ける、という宿命を負う。


 という事は、


「あのダンジョンから、魔物が出てくる事を防ぐには?」


〈魔王を倒せば良い。魔王が死ねば、ダンジョンは全て消えます〉


 なんて結論に達するのだろう。


 しかし、未だに復活していない魔王を倒さなければ消えない迷宮?


 何だそれは。


「……シオンをここに連れてきて、聖光剣の力であのダンジョンを消し炭にするってのはどうだ?」


〈シオンなら可能かもしれませんが、今からペンドラゴンに戻ってここまで戻るのでは時間がかかりすぎます。内部の魔物があふれ出て、近隣住民に死傷者が出るかも〉


「……あのダンジョンで増殖している魔物が、外に飛び出すまでどれだけかかる?」


〈……あの禍々しい魔力の流れから見ても、今日中という可能性が有ります……断言は出来ませんが〉


「……!」


 信じられない。


 信じられないような巡り合わせだ。


 アイリスの故郷から来た手紙よって、俺はこのブルードラゴンを訪れる事を決めた。


 そして、いきなり差し迫った事態に直面している。


 異様だ。


 これは異様と言える程、俺の人生が狂い始めている。


 行く先々で、俺のいる場所で、必ずトラブルが起きている。


 あと、たった一日、もしくは数日、ここに来る事を躊躇していれば、この辺りには魔物がごった返していて、状況は手遅れになっていただろう。


 そうなれば、いよいよ勇者であるシオンが、姉妹剣使い達を引き連れて対処するような大問題に発展していた事だろう。


 しかし、俺が気まぐれでここにやってきた事で、可能性が産まれてしまった。


 大問題になる前に、何とか解決するという可能性が。


「……!」


 いや待て待て。


 これはどう考えても今すぐシオンをここに連れてくるという流れだろう。


 今すぐ魔物が迷宮から飛び出てくるとも限らないし。


 俺にこの事態を解決する手段は無い筈だし。


 だって、復活してもいない魔王を倒せる筈ないし。


「……なあ、ホリー。一応、確認だけしときたいんだけどさ……ダンジョンを消す手段って、魔王を倒す事だけだよな? 他に方法は一切無いんだよな?」


 もしそうなら、シオンを派遣してダンジョンから飛び出す魔物を駆逐する以外に、人的被害を減らす方法は無いのだ。


 俺は今すぐ、ここにシオンを連れてくる。


 それしか手は無い筈だ。


〈いえ。後一つだけ、ダンジョンを消す方法が有ります〉


「……それは……どんな……?」


 聞きながら、俺は全身から大量の冷や汗を流していた。


 ものすごく、嫌な予感がする。


 経験則から来る、これから自分が面倒事に巻き込まれる可能性が大だ、という予感が。


〈ダンジョンの最深部にいる魔物の主を、倒せば良いんです〉


「……」


 まあ、ね。


そんな気はしてたんだよ。


 迷宮が、侵入者がいる事を想定しているという事は、侵入して奥にまで行けば、何かメリットあるって事じゃん?


 迷宮を建てた側が、内部に侵入されると困るって事じゃん?


 だから、迷宮の奥深くに行けば、何とかなるんじゃないの? 


 という予感は合ったよ。


 だって、勇者一行が迷宮を……ダンジョンを攻略して、奥にいる強い魔物を倒すのなんて、超お約束じゃん?


「……今から急いで天馬剣を飛ばしてシオンをここに連れてきて、間に合うと思う?」


〈……微妙ですね……往復する必要があるので〉


「……シオン抜きでダンジョンの奥にいる魔物を倒せると思う?」


〈姉妹剣使いが数人いれば可能です〉


「……君はダンジョンの構造を……」


〈入った瞬間に把握出来ます。迷わないように道案内出来ます〉


「……」


〈まあ、貴方以外に私の道案内は見えませんが〉


「……」


 だから、ね。


 こうなるような気はしてたんだ。


 要するに、俺がアイリスとサフランを連れて、ホリーに道案内させれば、あのダンジョンは消えて、誰も死なずに済むってわけだ。


 じゃあ、自分が危ない目に合うのをビビって、シオンを連れてくるという決断をした時、その所為で人が何人か、それこそ何十、何百とか死ぬような事になると目覚めが悪い。


 だから今すぐダンジョンに入ろうか。


 そういう事になるよね?


 そして、そんな結論に達したタイミングで、


「クロウ! あの変な建物は一カ月くらい前に突然出現したらしいわ! 普通じゃない!」


「あの迷宮が出てきてから、水枯れが起きたんだってさあ。何で湖の水嵩が減ったのかは解んないけど」


 なんて事を言いながら、アイリスとサフランが情報収集から戻ってくる。


「ふ、ふふふ……ふはははははは!」


〈ク、クロウ?〉


 俺は、あまりにも自分の巡り合わせが悪いので、思わず物語のラスボスがしそうな哄笑を上げてしまった。




 そして、俺はアイリスとサフランにホリーから聞いたダンジョンに関する話をかいつまんで説明した。


 要するに、あのダンジョンと呼ばれる建物の中には魔物がごった返している。


 一定期間が過ぎると、ダンジョン内の魔物が増殖して外に飛び出す。


 神剣の聖光剣や姉妹剣を所有している者くらいにしか魔物は倒せない。


 だからこの付近の住民は今かなり危険な状況にある。


 しかしダンジョンの最奥にいる魔物の主を倒せば、ダンジョンは消滅する。


 そんな説明をした。


 普通の女子は、そんな説明を受けた時、


「今すぐ逃げましょう」


「怖いわ。これからどうなるの?」


 なんて言葉が口に出る筈なのだが、


「今すぐダンジョンに入るわよ!」


「コレコレコレ! ウチはこういう展開を待ってたわけ!」


 という、俺の想像を微塵も超えないような言葉が返ってくる。


 アイリスは故郷の危機を救う使命感故に。


 サフランは最高の暇潰しを発見した好奇心故に。


 ダンジョンに入る事にノリ気だった。


「……じゃ……俺が中を案内するから、行こうか……」


 俺はそんな頼もしい女子を二人連れて、俯き加減になりながら先頭に立ってダンジョンに向かう。




「……無理だ! 俺じゃあ無理だよ!」


 天馬剣を使用して、ダンジョンの中に侵入した瞬間、俺は半泣きで外に飛び出そうとして、


「情けない事言ってるんじゃないわよ! 貴方がいないとホリーさんの道案内が解らなくなるでしょうが!」


 アイリスに襟首を掴まれて阻止された。


 ダンジョンの内部は、外から見た以上におどろおどろしい雰囲気の迷宮だった。


 石造りの床と壁。


 天井は床から三メートル程の位置にある。


 ダンジョン全体を見渡せるような場所も無い。


 全容を把握する方法はホリー頼みなのだが、俺はダンジョンに入った瞬間に、全身が縮みあがった。


 戦闘のド素人である俺にも解る程、濃密な殺気がダンジョン内を満たしている。


 殺気なんか、他人から出されても感じない、なんて話をサフランとしていたが、目の前に狼や熊のような肉食獣がヨダレを垂らしている、なんて状況と似たような感覚に陥っている。


 解る。


 このダンジョン内で徘徊している魔物とやらは、人間を簡単に殺せるくらい恐ろしい生物だ。


 まだ見てないけど、なんかそんな感じがする。


「今回の無理は精神論じゃなくて物理的に無理だって! こんな化物の巣窟で俺が生き残れるわけねえじゃん!」


「貴方は私が必ず守りきって見せるから!」


 俺が超ダサいセリフを言いながら泣くと、アイリスは超カッコ良いセリフを言ってくる。


 全く嬉しくないけど。




 ダンジョンの出入口付近で一悶着した後、俺は半泣きなりながら先頭を歩く。


 正確には、ダンジョンの内部構造が入った瞬間に解るというホリーの道案内に従い、無言で歩き続けた。


 ダンジョン内は、天上にも壁にも太陽光を取り入れる為の窓が無いにも関わらず、移動するのに支障が無い程度には明りが合った。


 松明もランプも無いのに、ダンジョン全体が適度に照明が有るかのように明るい。


 ホリーのおかげで最短ルートを進めているとはいえ、道中、魔物と鉢合わせする事は絶対に避けられない。


 俺はその瞬間が訪れる事を戦々恐々としながら警戒していた。


 背後を歩く女子二人は、


「早く襲ってこないかなあ、魔物。ウチ魔物と戦うの初めてだよ~」


「私は二回目よ。もっとも、シネラリアが使役していたゾンビだけど」


「魔物ってどんな姿してるのかなあ」


「前に見たのは、毛むくじゃらの狼男みたいなヤツだったわね。体長は二メートル前後だと思うわ」


「ゾンビっていえば、ドラゴンもいたよね?」


「そうね……このダンジョンにいる主とやらは、そのドラゴンくらいに強いのかしら」


「ああ……武者振いが止まらないよ~」


「なんにしても、カトレア教官の不在は痛いわね。あの人は実戦経験が豊富だし」


「閉鎖空間内なら爆炎剣も効果抜群だろうし、いたら助かっただろうね~」


「とりあえず、私は接近戦を避けて、クロウの護衛と遠距離戦に専念するわ」


「ウチは飛び道具が無いから、姿を消して奇襲しまくるね」


「駄目よ。貴方の魔力を感じ取る事は出来るけど、私にも姿が見えないと、目算が狂って貴方ごと魔物を攻撃してしまうわ」


「あ、そうか。じゃあ、あんまり透明化は使わないようにするよ」


「そのあたりケースバイケースね。私の攻撃魔術の射程内にいない時なら、いくらでも使ってくれて構わないわ」


「オッケイ。気をつけるよ」


「……」


 君達楽しそうだね。


 俺はこんなガールズトークを聞きたくはなかったよ。


 なんて事を考えながら歩いている時、ついにその時が来た。


「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」


 先頭を歩いている時、数体の魔物とばったり鉢合わせした。


 その姿は、黒い体毛に覆われた二メートル前後の獣だった。


 犬や狼のような顔をしているが、四足では無く二足で歩行し、鋭い爪を持つ両手を自由に動かせそうなその姿は、まさしくお伽噺で良く聞く狼男のようだった。


「……!」


 しかし、それにしても黒い。


 姿形や、鋭い爪や牙よりも、その濃密な黒い体毛に目を奪われた。


 黒馬や、黒猫のような黒い動物とは比べものにならない。


 本当に、シルエットから真っ黒。


 闇や影が形を成して現れているかのような黒さだ。


 とても生物には見えない。


「いくわよサフラン!」


「いひひ!」


 俺が魔物に対してビビりまくり、悲鳴を上げている最中、女子二人は迅速に動いた。


 アイリスは氷結剣を構え、自身の周辺に巨大な氷柱を数本産み出し、それを矢のように放つ。


 否、それは矢なんて生易しいものではなかった。


 俺の目では負えないような速度で飛び、しかも矢継早に連発される。


 魔物の身体に、氷柱が命中し、当たった部位が無残にはじけ飛び、消し飛んでいく。


 屈強な戦士が投擲した投げ槍や、騎馬兵による馬上槍が直撃したかのような威力を見せる。


 頭部に当たれば即死。


 肉体の何処に当たっても、その部位が穿たれる。


 恐ろしい攻撃魔術だった。


「いひひひひ!」


 サフランは、飛び道具を持たないので、近接戦を挑むしかない。


 しかし、それをハンデに思わせないような俊敏性を見せ、二刀一対の真空剣を逆手に持ち、次々と魔物を切り刻んでいく。


 目にも止まらない速度で魔物の周囲を走りまわり……いや、壁や天井を蹴りながら跳躍し、すれ違いざまに魔物の身体を銅切りにして、首や手足を刎ね飛ばしていく。


 透明化を使用していないにも関わらず、まるで魔物が勝手に切り刻まれているかのようだ。


「……」


 恐ろしい光景だった。


 人間を簡単に殺せる魔物を、秒殺出来る人間。


 客観的に見て、化物じみた強さだ。


 俺は思わず、生唾を飲む。


 まさか、こんなに恐ろしい光景とは思わなかったのだ。


 世界を滅ぼそうとする集団を、世界を守ろうとする集団が駆逐する様が。


 恐ろしい怪物を、立派な勇者が倒す様が。


 その様が、この世の何よりも恐ろしい光景に、俺には見えた。




 それから、俺は何も考えずにホリーの案内に従ってダンジョンを歩いた。


 というより、何も考えられなくなった。


 鉢合わせする魔物は、アイリスとサフランが悉く殲滅する。


 しかも、回数を重ねる毎に、二人の錬度が上がって行くのが解る。


 アイリスは産み出せる氷の分量や、飛ばす時の速度が増していっている。


 サフランは、残像が見える程の移動速度に磨きがかかっている。


 要するに、二人は出会いがしらに魔物を皆殺しにしている、という行為を繰り返している間に、刻々と強くなっているのだ。


 考えてみれば、当然かもしれない。


 カトレア教官は、十五年以上も神剣の姉妹剣を使いこんでいるから、その使用法は慣れたものだった。


 把握していなかった爆弾の設置、起爆もすんなりと使いこなしたし、一度に設置出来る爆弾の数や、爆発の威力だって、よくよく考えてみれば異様に優れていた。


 しかし、アイリスは氷結剣を実戦に使った事が殆どない。


 先日、シネラリアを相手に敗北し、拉致された時が初陣と言って良い。


 サフランも、暗殺者として百戦錬磨だとしても、未だに十四歳だし、姉妹剣を手に入れてから日が浅い。


 二人とも、姉妹剣の扱いに慣れている訳が無かったのだ。


 それが、慣れ始めている。


 使用している武器の特性を理解し始めている。


 そして、それに身体が順応していっている。


 結果、刻一刻と戦闘力が増していっている。


「……」


 俺は、そんな二人を引き連れて歩いていながら、今の二人を直視出来ない。


 魔物は、何故か絶命した瞬間に雲散霧消し、塵も残らない。


 だから、二人の身体には一滴の返り血もついていない。


 目をそむけたくなるような状態にはなっていないのだが、とてもそうは思えない。


 これは正しい行いだ。


 少なくとも、姉妹剣を所有する者達にとっては、正しい行いの筈だ。


 ダンジョンに侵入し、内部の魔物を殺して周り、進み続ける。


 姉妹剣を使って戦争をするよりも、遥かに正しい行いだ。


 だって、人的被害を未然に防ごうとしているのだから。


 でも、それでも、


「……」


 俺は、恐る恐る、背後を歩くアイリスとサフランの様子を伺う。


「……!」


 笑ってる。


 サフランだけでなく、あのアイリスまで、口元に笑みを浮かべている。


 楽しそうだ。


 いや、楽しいのだ。


 絶対に自分に勝てない相手を殺しまくり、それを繰り返す事で強くなる、という行為が。


 罪悪感を抱く必要の無い、魔物という存在を殺し、その結果自分が更に強くなっていく、という事実が、もの凄く楽しいのだ。


「……」


 これは、世界の為にも、人間の為にもなる尊い行為だ。


 魔物が外に飛び出せば、普通の人間は一方的に蹂躙させる。


 今の俺達の行動には、正当性しかない、と言っても過言ではない。


 しかし、俺は、何故か解らないが、これで良いのだろうかという思いが拭えない。


 これではまるで、魔物は神剣を所有する者達に、神剣の扱い方を効率的に覚え込ませる為に存在しているかのようだ。


 普通の人間をあっさりと殺し、数も無尽蔵にいる、という事実は、その点から目を背けけさせる為にあるとしか思えない。


「……」


 まあ、だからと言って、俺に言える事は何も無いのだが。


 だって、魔物に手心を加えでもしたら、真っ先に死ぬのは俺なのだから。


 今だって、二人がいなければ、すぐに殺される。


 二人は、何も悪い事はしていない。


 それは絶対の心理なのだから。




「……そう言えば、おかしくないかホリー……」


〈何がですか?〉


 俺は、もう独り言を言っているようにしか見えない事を無視して、ホリーに話しかけた。


 どうせ俺が話している様子はアイリスとサフランしか見てないし。


「さっきから二人が殺してる魔物、塵も残らずに消えてるけど、前に会ったシネラリアが連れてた魔物とか、ドラゴンのゾンビ……アレは一体何なんだ?」


〈冥府剣アダマスで殺した魔物の死体は消えません。他の神剣は魔王の卷族を葬る事を前提に作られていますので、使用すれば魔物は消滅しますが、冥府剣は倒した魔物を使役する為に作られたので、例外的な作用が働いています〉


「……って事は、あのドラゴンとか、魔物の群れを、あのシネラリアは自分で殺してるのか?」


〈多分そうでしょうね。その為に、冥府剣は他の姉妹剣よりも、身体能力を大幅に強化出来るのです。その代わり、使用者に要求する素養も増していますので、使い手が少ない姉妹剣でしたね。鬼神剣や羅刹剣程ではありませんが、実戦の使用に耐えうる姉妹剣の中ではトップの性能でしょう〉


「よりにもよって手強い姉妹剣使いが敵に回ったって事か……」


〈そうですね。数的にこちらが圧倒的に優位に立っていますが、あの姉妹剣を相手にする場合、使役している魔物の質、数によっては、油断出来ない程の脅威ではないかと〉


 という、極めて真面目に今後の事を話し合っていても、


「……ねえ、アイリス……クロウがさっきから独り言呟いてるけど、放置して良いの? 恐怖に駆られて発狂してるんじゃないの?」


 傍から見れば、サフランのような反応をされる羽目になる。


「アレはホリーさんと話してるのよ」


「誰ソレ? クロウの妄想彼女?」


「妄想彼女って何よ……」


「あまりにもモテない自分を慰める為に、クロウが妄想の中で作った彼女」


「違うわよ……いくらなんでも言いすぎでしょ」


「じゃあ、何? アレは何の病気?」


「だから病気とか妄想とかじゃなくて、ホリーさんって名前の精霊と話してるのよ。貴方だってシオンが独り言を言ってるのを聞いた事あるでしょ?」


「……ああ、アレってまさか……」


「そう。シオンもホリーさんと話してるのよ。ホリーさんは聖光剣に宿る精霊なんだって」


「……マジな話? それ」


「私も最初は信じられなかったけどね。クロウはそのホリーさんと話せるから、勇者であるシオンの居場所が解ったんだって」


「……カトレアも気付いてなかった姉妹剣の使い方を知ってたのも、そのホリーさんとやらが教えたからか……」


 その時、サフランは唐突にアイリスの傍から離れ、俺に異常接近してくる。


「ふ~ん。へ~」


 なんて言いながら、サフランは俺の腕に絡みついてくる。


「な、なんだよ……」


「何でホリーさんの姿はウチらに見えないわけ? ていうか、見えないのはウチだけで、アイリスもカトレアも見えたりするの?」


「いいや? 俺とシオン以外には見えないらしい……今の所は」


「何で?」


「ホリーは勇者にしか見えないんだよ」


「へえ……で、何でクロウに見えるの? クロウって勇者なわけ?」


「違うよ……」


 段々と、傍らにいるホリーの視線と、背後を歩くアイリスの視線が怖くなってきたので、俺はサフランを振りほどこうとするが、何分力は相手の方が強いので、抵抗できなかった。


「勇者にしか見えない精霊が見えてるのに勇者じゃないって、じゃあクロウは何なの?」


「知らないよ……」


「クロウにホリーさんとやらが見えてる理由は何?」


「だから知らないって」


「ふ~ん。本当に知らないんだねえ……」


 言いながら、サフランは俺から離れ、再びアイリスの隣を歩き始める。


 しかし、


「理由が無い、なんて事はあり得ないからねえ……。勇者以外に見えないモノが見えてる理由」


「……」


 何か、意味深な言葉をサフランは呟いていた。




「……むむ」


 しばらくダンジョン内を進み続けると、俺は大きな困難に直面してしまった。


 さっきから歩いている間に、何やら水音が聞こえていたのだが、ダンジョンの内部に巨大な川が流れている区画が有る。


 川というより、地下水道に近いのだが。


 その水道が、俺達の行き先を阻んでいる。


〈この水を超えた先が最深部なんですがねえ。歩ける場所を探しまわると、遠回りになりそうですよ。泳いで渡ればどうです〉


「……」


 ちなみに、俺は金槌ではない。


 一応、泳げる。


 泳げないから水に入りたくないとは思っていない。


 しかし、濡れたくない。


 絶対に濡れたくない。


 だって、靴とかズボンが濡れた状態で歩くって、超不快だし。


 そんな、全身ずぶ濡れ状態でダンジョン進むのなんか絶対に嫌だ。


「なあ、アイリス」


「何よ?」


「ちょっと船作ってくんない?」


 瞬間、アイリスのこめかみ辺りの血管がドクンと脈打ち、彼女の足元を中心に、周囲が凍りついた。


「うお!? どうした!? 何でキレてんの!?」


 いくら俺が人並み外れて鈍感な無能野郎でも、今のアイリスがブチ切れているのは解った。


「貴方が船を作れとか訳の解らない事言うからでしょ? 何なの? 私に今からイカダとかボート作れって言ったわけ? こんな何も無居場所で? 木も竹も無居場所で? それとも、今から私一人だけダンジョンから出て行って、外に生えてる木を切り倒して、一から船を作れって言いたいわけ?」


「はあ? そんな無茶ブリする訳ねえだろ? 何言ってんだお前?」


「じゃあどういうつもりよ!」


 とうとう、アイリスは本気でキレた。


 全く、わけの解らない女だ。


「いや、だから氷結剣から氷出して、それを船の形にしてくれよ。氷は水に浮くし」


「へ?」


「氷の形は好き勝手に出来るんだろ? じゃあボートの形にして出せば良いじゃん。無理なら氷の塊を出して、ソレの内側をくりぬけば、船っぽいのは作れるだろ?」


「……」


「え? 何? そんなに難しいの? 氷を船の形にするのって?」


「い、いえ……やった事は無いけど……多分出来るわ……」


 アイリスは自分の額に手を当てながら、ノロノロと腰の氷結剣を抜く。


 そして、剣先から氷の塊を産み出し、その氷の形をボートのような物に変化させていく。


「おお! 良いね! 思ってたよりクオリティ高いじゃん。ねえクロウ?」


「そうだな……とりあえず氷で櫓も作ってくれ。お前以外冷たくて触れないだろうけど」


 見ているだけの俺とサフランは、好き放題に感想を呟いた。


 アイリスは無言で、氷の船と氷の櫓を作って見せる。


 俺達はそのままアイリスが氷で作った船を水に浮かべてから、一人ずつ船の上に乗ってみた。


 三人が乗っても、氷の船は問題無く浮いている。


 さすがに冷たいから座る訳にはいかないが、これで水上を移動できる。


 船の進む方向を変える為の櫓を使用する為に、アイリスを最後尾に立たせて、俺達は船の上で直立していた。


 船の後方で氷の櫓を使って漕いでいるアイリスは大変そうだが、俺とサフランは突っ立っているだけでダンジョン内を進める事になった。


〈ふむ……良いですねクロウ。悪くない思いつきです。水路も進めるのでしたら、このダンジョンを最短ルートで突破するのは容易い〉


「そりゃ良かった」


 俺は船の先頭に立ち、ホリーの道案内をアイリスに指示し続けていた。


 その間、


「アイリス大変だねえ? 代わってあげようか?」


「良いわ……櫓の扱いには慣れてるから……」


「でも、なんか顔色悪いよ?」


「いえ……これは、ちょっと……自分より他人の方が力の使い道を知ってる、という事にショックを受けているだけよ……」


「ああ……解る解る……ウチとカトレアもさあ、クロウに良いように利用されて使い倒されている時によくそう思ったよ」


 失礼なヤツだな。


 利用なんかしてないし、使い倒してもいないだろうが。


「何で私よりクロウの方が氷結剣の扱いが旨いのよ……」


「はあ? 別に扱えてねえだろ? 使ってるのお前じゃん」


「このアイデアって、ホリーさんの受け売り?」


「いいや? 単なる思い付き」


「……」


「今思うとさあ。船なんか作らないで水路そのものを全部凍らせた方がてっとり早かったよな? でも、それだとお前が疲れすぎるか」


「……」


 アイリスは、何故か返事もせずに、無言で櫓を漕いでいた。




 そして、アイリスが自作した氷の船を使用し、水路を進み続けた俺達は、ついにダンジョンの最深部に辿りついた。


「……」


 なんだか、明らかにヤバいヤツが待ってますよ、という雰囲気が満載な扉が、俺達の眼前にある。


 この扉の向こうに、このダンジョンの主がいるというわけだ。


 そいつを始末すれば、このダンジョンは消える。


 増殖を続ける魔物も一網打尽だ。


「……サフラン……」


 その時、俺は背後で今にも勝手に扉を開けて、内部の主と戦いを始めようとしていたサフランに声をかけた。


「何? 早く中に入ろうよ」


「その前に、クルタナの使い方について話しが有る」


「は?」


 この話は、俺にとってかなりリスキーだ。


 俺はホリーから十二本の姉妹剣に関して、かなり詳しい情報を持っている。


 それは、十五年以上も爆炎剣を使用していたカトレア教官が把握していなかった機能を知るほどに。


 アイリスやカトレア教官が自分の持っている姉妹剣の性能を熟知する事は、俺にとってメリットしかない。


 しかし、サフランは別だ。


 彼女は元々俺の命を奪う為に現れた暗殺者。


 しかも、未だに何者かの指示を受けて、俺の事を監視している素振りがある。


 味方だと、完全に信じる事は出来ない。


「……」


 それでも、今二人しかいない姉妹剣使いのどちらかが、強敵との戦いで死亡するような事態を招く事は出来ない。


「クルタナの使い方って? クルタナの能力は姿を消す事と、足音を消す事。後は、その効果を接触してる相手にも及ぼす事……だよね?」


「ああ。それ以外にクルタナの能力は無い。でも、俺はてっきり君がとっくに気付いていると思っていたから、伝えていない機能があるんだ」


 本当は、信用していないから教えていなかったんだが、そこは恍けておいた。


「神剣は、身体能力を強化する憑依と、特殊能力を発動する放出、後は手元を離れた神剣を手繰り寄せる展開って機能があるだろ?」


「知ってるよ? ウチ三つとも使った事あるし」


「クルタナは、攻撃魔術を使えない事をカバーする為に、展開の性能が氷結剣とか爆炎剣より高いんだ」


「……展開の性能高いのって、戦いにあんまり関係無くない?」


 確かに、展開はあくまで、離れた位置にある神剣を手元に戻す為だけの機能だ。


 つまり、紛失したり盗難にあった場合に備えた機能だ。


 しかし、離れた位置にある神剣を手元に戻す、という機能には、応用が効く。


「クルタナは飛び道具を持ってないし、リーチが短い。強い魔物とか、デカイ魔物を相手にする時は危険だ」


「そこは使い手の技術と度胸でしょ? ウチ、相手の懐に飛び込む事は得意中の得意だよ?」


「違う。それは君が天才だから出来てる戦法だ。本当のクルタナは、投擲用の武器なんだ」


「投擲?」


「相手に対して、思い切り投げつけて、命中した後に展開を使って手元に戻すんだ。ブーメランみたいに」


「……それ、あんまり威力無くない?」


「姉妹剣の切断力と貫通力を持ったブーメランだよ? 殆どの相手は一撃必殺だ」


「……え? ちょっと待ってよ。回収する時のウチが危なくない?」


「展開は、使用者に倒して柄が向かってくるから安全だよ。試してみれば良い」


「ふ~ん……」


 サフランは、さして興味を引かれなかったようだ。


「アイリス。お前は俺の傍から絶対に離れるな」


「え!?」


 アイリスに声をかけると、何故か彼女は挙動不審になった。


「な、なんで? どういう意味?」


「俺、魔物に襲われたら即死するから、お前は俺の傍から絶対に離れずに、俺を守りきれ」


「……」


 そこで、アイリスは半眼になり、がくりと肩を落としていた。


「どうしてそんなダサいセリフを堂々と言えるの……」


「はあ? ここまで案内しただけでもありがたいと思えよな。どんだけビビってると思ってんだよ」


「もう良い。もう良いからこれ以上何も言わないで。サクッとダンジョンの主を倒しましょう……」




 そして、俺達は意を決してダンジョン最深部の扉を開けた。


「……!」


 扉の向こうは、ここまで移動していたダンジョン内と同じような石造りの部屋だったが、異様に広く、天井も高い。


 奥行きも、床から天井までの高さも、百メートル前後はあるんじゃないか。


「どういう事だよ……コレ」


 この部屋の構造。


 これはまるで、ここで思い切り戦え、と侵入者に教えているようではないか。


 面くらいながら、三人で部屋の奥に移動すると、


「う……あ……」


 いた。


 ダンジョンの主とやらがいた。


 これまで出会った魔物のように、全身を黒い体毛で覆われた魔物が。


 だが、デカイ。


 体長十メートル近くあり、頭部には二本の巨大な角がはえている。


 その顔は、狼男というより、牛男に見える。


 そう。


 巨大な牛が、人型になって直立し、二足歩行しているかのようだ。


 それに、ただデカイだけじゃなく、全身の筋肉が目に見えて隆起している。


 素人目にも、強そうだ。


 俺が恐怖で震えあがり、何も言えなくなっていると、


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 ものすごくありきたりで、解りやすい咆哮を目の前の魔物が上げた。


「……!」


 その時、魔物の主が見せた動きは、俺の想定を超えていた。


 一瞬で天井付近にまで跳躍し、俺達三人の立っている場所に頭から落ちてきた。


 サフランが透明化しながら移動し、アイリスは俺を抱きかかえて後方に跳躍した。


 全員、無事に魔物の初撃を回避した訳だが、俺は部屋に入って三十秒も経過しない内から失禁寸前にまでビビり、半泣きになった。


 魔物の主は、さっきまで俺達が立っていた場所を、ものの見事に爪で抉りとり、周囲に轟音を撒きちらしていた。


 見た目に違わぬパワー。


 そして、その巨体に見合わぬスピード。


 あえて言おう。


 超怖え!


 何これ?


 勇者とかって、こんな化物と戦う事が日常茶飯事なの?


 俺、何でこんな怪物と日常的に出会って戦うような存在に憧れてたの?


 客観的に見て、人間が百人で大挙しても、数分で皆殺しにされる事請け合いの化物だ。


「クロウ! 下がってて!」


 俺を抱えていたアイリスは、氷結剣を構えながら叫ぶ。


 言われなくても逃げたいが、こんな怪物相手に背中を見せて逃げる度胸は俺には無い。


 というか、逃げても確実に追いつかれてブチ殺される。


「いひひひ! こういう展開を待ってたのよ!」


 サフランは目の前にいる化物を相手に、形状的にはナイフに過ぎないクルタナを持って肉薄し、何の躊躇も無く戦いを挑む。


 透明化しているとはいえ、正気の沙汰ではない。


「……!」


 魔物の主は、透明化しているにも関わらず、サフランの位置を正確に把握しているかのような軌道で、両腕を振っていた。


「サフラン! 透明化を過信するな! 鼻が効く魔物に透明化は通用しないんだ!」


「いひひひひひひ!」


 しかし、サフランは魔物の主が振う恐ろしく巨大な腕から繰り出される猛攻をあっさりと回避し、相手の腕や足を切り刻んでいく。


 サフランを殴りつけようとした腕が、逆に細切れになっていく。


 尋常な戦いぶりじゃなかった。


 そこで、傍観していたアイリスは、唐突に氷結剣を床に刺した。


「サフラン下がって!」


「……!」


 アイリスの意図を察したのか、サフランは素直に応じる。


 すると、アイリスがつき刺した氷結剣から凄まじい冷気が放出され、それが床を這うように、魔物の主に向かって真っすぐに向かって行く。


 魔物の主は、一瞬で両足を氷漬けにされて、床に張り付けられてしまった。


「サフラン頭よ! 頭を狙いなさい!」


「オーケイ! 投擲いってみようか!」


 サフランは、真空剣の片方を大きく振りかぶり、魔物の主の頭部に向けて投擲した。


 真空剣は紫色に発光しながら、高速で回転し、一瞬で魔物の主の頭部を貫通してしまった。


「……すご……」


 その光景には、投げた当の本人も驚いていた。


 投げられた方の真空剣は、魔物の主の頭部を貫通してからも飛びつつけ、かなり離れた壁に深深と突き刺さってしまう。


 しかしサフランが手をかざすと、真空剣は投擲時と遜色の無い速度で、彼女の手元に戻る。


 それをあっさりとキャッチしたサフランは、しばらく両手の真空剣をしげしげと眺めていた。


 片方投げただけであの威力だ。


 サフランの実力なら二本同時に投げたり、片方を展開で回収しながらもう片方を投げたりと、応用はいくらでも出来そうだ。


「……使えるね……コレ……」


「サフラン。まだダンジョンは消えてないわ。トドメを刺すわよ」


 言いながら、アイリスは既に動かなくなっている魔物の主に近づいて行く。


 サフランも、警戒を解く事無く、魔物の主にトドメを刺すべく近づいて行く。


「……」


 そんな二人を見て、俺は今度こそ、本気で理解した。




 住む世界が違う。




 この前、カトレア教官とサフランを連れて、三人でアイリスを救出した時、若干勘違いしそうになった。


 だが、違う。


 俺と、彼女達は住む世界が、いや、次元が違う。


 こうやって、切羽詰まった状況に追い込まれた時によく解る。


 彼女達は、勇者であるシオンの仲間、という役割を、十二分に果たせる。


 主人公ではないが、主要人物にたり得る実力を持っている。


 この二人に加えて、カトレア教官も含めれば、勇者の仲間、という重要な役割は、簡単に果たせる筈だ。


 だが、俺は違う。


「……」


 俺は、主要人物どころか、登場人物にもなれやしない。


 単なるその他大勢だ。


 何時死ぬか解らないその他大勢。


 いてもいなくても一緒の、その他大勢。


「……解ってたろ……そんな事……」


 俺は、小さな声で呟く。


 それでも、俺は何時にも増して落ち込みそうになった。


 あの二人と対等のような感覚で話して、一緒に行動したが、いざとなればビビってるだけ。


 見ているだけ。


 それを自覚したくないから、ここに来たくなかったのかしれない。


 本物の天才に囲まれたりすると、疎外感で頭がおかしくなりそうだ。


 まあ、俺は元々友達のいないボッチ野郎だけど。


 とりあえず、俺はアイリスとサフランがダンジョンの主にサクッとトドメを刺す所を見届けた後は、やる事は何も無い筈だ。


 この辺りで水枯れが発生した原因がこのダンジョンにあるとしたら、アイリスの懸念も解決するだろう。


 まあ、しばらくこの地方に留まって、無事に水源が回復したかどうかを確認……


「おかしいねえ。アンタ等本当におかしいよ」


「……!」


 俺の首筋に、鎌のような物が背後から添えられている。


 今まさに、ダンジョンの主にトドメを刺そうとしていたアイリスとカトレアが、俺の方に振り返りながら驚愕している。


「私は、このダンジョンに出入りして早十日。最深部に辿りつく事も出来ずに徒労に終わってたんだけどねえ。何でアンタ等、明らかに最短ルートを把握しているんだい?」


「……」


 俺は、背後から鎌のような物を俺の首筋に添えているヤツの顔を見た。


 撫でつけられた長い桃色の髪と、目の下にクマが浮いた顔。


 まるでゾンビのように血色の悪い肌。


 三角帽子にマントという魔女のような服装。


そして、長大な鎌槍のような形状をした神剣の姉妹剣。


「シネラリア……」


「へえ……一回した面識の無いヤツの顔と名前を覚えてくれてるのかい?」


「普通は忘れますけど……アンタはね」


「そうかい。でも私はアンタに顔を覚えてもらっても嬉しくないねえ」


「……」


「アタシは弱い癖に偉そうにしてるヤツが嫌いなんだよ。バカの癖に偉そうにしてるヤツが嫌い。無能な癖に偉そうにしてるヤツが嫌い。それでアンタがものすごく嫌い」


「俺、そんなに偉そうにしてますかね……」


 俺は何故か、敬語で背後にいるシネラリアに話しかけ続けた。


 こんな、今すぎにでも喉を掻き切られそうになっている状況で、相手に気を使っても意味は無いかもしれないが。


「してるね。アンタがそうやって生きている、という段階で既に偉そうなんだよ」


「……?」


 シネラリアは、姉妹剣の一つである冥府剣を手に持ったまま、俺に近づき、背後から身体を密着させてくる。


「根拠が無いんだよ根拠が。解る? 実力を伴わない支配階層はね、生きてるだけで罪なんだよ。貴族だの王族が強くて賢くて有能ならね、この世界に不幸なんか何も起きないんだ。この世界で起きる不幸は全部支配者が根拠も無く他人を支配しているからだよ。必要なのは根拠なの。支配者たり得る根拠が無いヤツが、何もかもを決めているから、何もかも目茶苦茶になるんだよ」


「……」


 何言ってんのこの人は。


 支配者とか、貴族とか王族みたいな特権階級に嫌悪感を抱いているのは解ったけど、何でよりにもよって俺に敵意をむき出しにするんだ?


「何でアンタみたいな無能野郎が、あんな優秀なお嬢さん方を支配しているんだい? アンタ、一体どういう根拠が合って姉妹剣を持ってる女を言いなりにしてるの?」


「してません……」


「してるよ。だって、あの二人、アンタが人質になったら動かないじゃないか」


「……いや、それはあの二人の倫理観が、俺を助けようと……」


「アンタって、実はアッチの方が凄腕だったりするのかい?」


「アッチ?」


 シネラリアは、背後から俺の股間に触れてきた。


「ちょっと!? 何してんすかアンタ!?」


「別にサイズ的には普通だねえ。一体アンタみたいなボンクラの何が良いんだか。まあ、アイツみたいに竿師やるのもどうかと思うけどねえ」


「……アイツ……?」


「まあ、今日の私の目的は、そこにいるダンジョンのボスにトドメを刺す事でさ」


「ボス?」


「そう、ボスだよボス。ダンジョンの最深部にいる魔物の力は、ザコとは比較にならない。ザコを大量に卷族化するより、ボスを少数精鋭で卷族化した方が良いんじゃないかな、と方針変換したんだよアタシは。この間アンタ等に苦労して集めた魔物を殆ど一瞬で爆殺された時にね」


「あの、牛みたいな魔物を、アンタの姉妹剣で殺してゾンビにするつもりですか……」


「へえ。私の冥府剣の機能も知ってるんだね。まあ、そうだよ。だから、あのお嬢さん方を引かせてもらえるかねえ。あのボスを卷族に出来たら、黙ってこの場から消えてやるよ」


「……」


 どうする?


 要求を飲んでしまうべきか。


 しかし、俺にそんな決定権があるのだろうか。


 明らかに、俺達に対して敵対的なこのシネラリアの戦力を補強する事に、結果的に強力して良いのだろうか。


 まあ、良いも悪いも俺の生殺与奪権は既にシネラリアに握られているのだが。


「……」


「駄目よ」


 その時、サフランは透明化しながらこちらに向かってこようとしたが、アイリスがそれを止める。


「クロウの命を最優先にしましょう。あのシネラリアって女は、人質を殺すような人じゃないわ」


「……アイリスが殺されなかったのは姉妹剣使いだったからでしょ? クロウの場合、用済みになったら消されるんじゃないの?」


「でも……」


「このダンジョンの主をあの女に卷族化されると、状況はもっと悪くなるよ」


「それでも、駄目よ……あの人は……強い」


「……まあ、クロウが殺された時は、速攻で殺してやるけどね」


 言いながら、サフランとアイリスは、じりじりと後退し、ダンジョンの主……シネラリアの言うところのボスから離れて行く。


「良い子だねえ」


 シネラリアは、俺を背後から抱き締めたまま、少しずつ、ボスに近づいて行く。


 そして、


「頂こうか」


 何の躊躇も無く、ボスの首筋に冥府剣を突き刺す。


 すると、唐突に周囲の景色が歪む。


「う……あ?」


 ダンジョンが、ボスの絶命と同時に消えていく。


 石造りの床も、壁も、天井も消滅していく。


 気が付けば、ものの数秒で俺達は外に出ていた。


 いや、出たのではなく、さっきまでいたダンジョンが消えてしまったのだ。


 しかし、冥府剣にトドメを刺されたボスは消滅する事無く、まるでシネラリアに付き従うかのように跪いている。


 おまけに、先ほどの戦闘で付いた傷が消えている。


 コレが、魔物のゾンビ化。いや、卷族化のようだ。


「目的は果たしたでしょうシネラリア! クロウを解放して!」


 アイリスの懇願に対して、


「まだ駄目だねえ……」


 シネラリアは、俺の肩に顎を乗せながら舌を出し、にべも無く拒絶した。


「アンタ等がダンジョン内を最短ルートで移動出来た理由を言いな。その方法が解ればアタシも随分助かるからねえ」


「助かる……? 他にもダンジョンがあるんですか?」


「アンタには何も聞いてないよボンクラ野郎」


「ええ……」


 俺は思わず絶句した。


 ダンジョンを最短ルートで攻略出来た原因は俺なんですけど。


 まあ、正確には、ホリーだけど。


「……あれ?」


 そう言えば、ホリーは何処に行った?


 周囲に人がいる間には話しかけるなとか言っていたが、常に傍らにいる筈のホリーがいない。


 さっきから妙だと思っていたが。


〈……ますます……貴方の身体の調子が良くなってますねえ〉


「ホリー?」


 ホリーの声が、俺の体内から聞えてくる。


〈出力を、少々上げておきました。普通は最小限で即死するんですけど、今の貴方なら耐えられるでしょ〉


「は?」


 ドクン、と俺の心臓が脈打った。


「……!」


 全身から、力が漲ってくる。


 心臓が、一度脈打つたびに、異様な活力が俺の全身を駆け巡る。


「……調子に乗りすぎたようですね、年増女が」


「!」


 俺の身体の支配権を奪ったホリーが、俺の口を動かして話始める。


 瞬間、俺はシネラリアの持っていた冥府剣を掴み上げる。


「っつ! ぬう!」


 当然、シネラリアは俺から冥府剣を取り戻そうとするが、その膂力は俺より弱い。


 身体能力の強化に関しては、氷結剣や爆炎剣を凌駕している筈の冥府剣の所有者が、俺に力負けをしている。


「自惚れが過ぎんだよゴミ女があああああああ!」


 ホリーは俺の口を使って悪態を吐きながら、シネラリアを投げ飛ばして見せる。


「がはあ!」


 シネラリアは、冥府剣を手放しながら、派手に吹き飛んで行く。


 俺の手には、鎌槍のような形状の冥府剣が残った。


「バカが。自分の姉妹剣の性質も理解出来ないで」


 ホリーは冥府剣をクルクルと振り回して見せる。


「冥府剣はねえ。強力な分扱いが難しいんですよ。強い魔物を卷族化する度に、膨大な魔力を消耗する。ダンジョンの主なんか卷族化すれば、消耗して弱体化するのは当然です」


「……くそ!」


 シネラリアは手をかざし、展開を使用して冥府剣を取り戻そうとするが、


「いひひひひ!」


 笑い声を上げながら飛び蹴りを放ったサフランの攻撃をまともに受けて、再び吹き飛んでしまう。


「姉妹剣使いが姉妹剣手放したらただの人間だしねえ? 超弱いじゃん?」


 サフランは真空剣を逆手に持ち、蹴り飛ばされたシネラリアに近づいて行く。


 ヤバい。


 明らかに殺す気だ。


 何時もの俺なら止めようとするだろうが、今の俺は、ホリーに身体の支配権を奪われている。


「サフラン。年季の入った姉妹剣使いは、憑依を日常的に使っている所為で、平常時でも身体能力が高い場合があります。油断しないように」


「……じゃあ、殺して良いって事?」


「ええ。殺しなさい」


「……クロウ……どうしたの? らしくないねえ?」


 その時、サフランは先ほどまで浮かべていた笑みを止めて、無表情になる。


「ウチに人殺しさせたくないって言ったクロウは何処に行ったの? ていうか……」


 サフランは俺に近づき、顔を寄せる。


「アンタ……誰?」


 なんて事を言ってくる。


 どうやらサフランには、今の俺が別人であると解るようだ。


 まあ、ここまで言動が違うと当たり前のような気もするが。


「そういう事を話している暇も無いんですけどねえ」


 ホリーは俺の身体の支配権を握ったまま、シネラリアのいる方向を指さす。


「ダンジョン内にいる時には気付きませんでしたが、その女以外にもう一人の姉妹剣使いが近くにいますよ?」


「え?」


 サフラン、そしてアイリスも驚き、周囲を見回す。


「当然でしょうね。いくら姉妹剣使いと言っても、単独でダンジョンに侵入するのは無謀ですから。おそらく、主がいた部屋の出入口付近に隠れていたんでしょうけど、ダンジョンが消えて気配がはっきりと感じます」


 ホリーがそう言った瞬間、シネラリアの傍らに、女が現れた。


「……!」


 その女は、本当に突然、何処からともなく現れた。


「空間転移……! 転移剣ドラウプニルですか……」


 ホリーが、俺の口で舌打ちしながら呟く。


 アイリスやシネラリアと同程度の長身痩躯。


 そして、亜麻色の髪をポニーテールにしたその容貌は、大人っぽい。


 シネラリアと大差無い程の年齢だ。


「……?」


 問題はその服装だ。


 武道家が着ていそうな、武道着を着ているのだが、その背中に、十字架に見える斧を背負っている。


 武道家が、武器を背負っているのが不自然だった。


 まあ、鎌を持ってる魔女も不自然だろうけど。


「シネラリア。引きますわよ」


「……ちょっと待ちなよ! 冥府剣をヤツらの手に渡す訳には……」


「では、早く回収しなさいな。援護くらいはしてあげますわ」


 瞬間、俺の眼前に斧を構えた武道家が現れた。


 武道家の女は、冥府剣を持っている俺に、思い切り転移剣を叩きつけてくる。


「……っち! コイツも相当にやりますね!」


 ホリーが冥府剣で転移剣を防ぎながら舌打ちする。


 まあ、舌打ちしたのも攻撃を防いだのも俺の身体だけど。


 気がつくと、持っていた筈の冥府剣を手放してしまった。


 原因は、息を整えたシネラリアが、展開を使ってあっさりと冥府剣を取り戻したからだ。


 唐突に第三者が乱入し、奪い取った筈の冥府剣まで取り返される、という段階で、状況についていけず、茫然としていたサフランとアイリスが、それぞれの神剣を構えて迎撃しようとする。


瞬間、武道家はシネラリアの傍らに再び転移する。


「形成逆転かねえ……」


「空間転移した私は疲れてますわ」


「はあ? アンタ程のヤツが二、三回転移したくらいでバテるわけないだろ?」


「いい加減にしてくださいな。ダンジョンのボスを卷族化出来ただけで満足してはどうですの?」


「っち! 私より強い癖にやる気無いねえ」


 二人の会話を聞いて、俺は絶句した。


 あの武道家、シネラリアより強いのか?


 バカでかい鎌と斧を背負った魔女と武道家は二人同時に跳躍し、ダンジョンのボスだった牛男の両肩にそれぞれ着地する。


「まあ、おかげで目的は果たせたよ。礼を言っておくよ」


「それでは、縁があればいずれまた」 


 なんて捨て台詞を残して、二人の姉妹剣使いを乗せた牛男は、ダンジョンの最深部で見せた跳躍力を発揮し、その場から離脱する。


 アイリスもサフランも、あえて追いかけようとはしなかった。


 二対二という状況だけど、一人の実力は向こうの方が上のように感じた。


 単純に、場数の差だろうか。


「空間転移出来る転移剣の使い手と、魔物を使役出来る冥府剣の使い手が協力関係にあったのでしょうね。まあ、目的は全く理解出来ませんが、油断出来ない連中です」


「だから……アンタ誰? クロウじゃないよね?」


 サフランが怪訝な表情で俺を見つめていると、アイリスが、


「ひょっとして……貴方はホリーさんですか?」


 なんて事を言ってくる。


「ええ。そうです。こうして話すのは二度目ですか、アイリス。以前は貴方にクロウをフルボッコにされる事をむざむざ許してしまいましたが」


「やっぱり……あの時クロウの話し方が妙になったのは貴方が原因だったのね」


「ふふ。まあ、なんにせよ、当初の目的だった水枯れの原因究明と、それに対する対応は終わりましたね。全て私のおかげです。感謝しなさい人間の小娘」


「「……」」


 ホリーの発言に、アイリスとサフランは、あからさまに嫌悪感を抱いていた。


 本当に、何でホリーは誰とも仲良くなれないんだろ。


 後、どうでも良いけど、俺の身体は何時返してもらえるんだろ。

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