第17話 町娘の足跡(そくせき)

 これでおそらく六つ目の「幻想」を彼らは突破しようとしていた。


「あ、道が見えた!」


 木から垂れ下がったつるを持ったまま、カマルが嬉しそうに言う。それを聞いたルーは、ひとつうなずくと、木の枝を軋ませて跳ぶ。ひと息で木のてっぺんから地上へ下りてきた。かたわらで待っていたイゼットは、彼女と目が合うなり尋ねる。


「どうだった?」

「かなり遠くの方で、別の木に巻きついてた蔓が落ちました。間違いなく連動してます」


 よどみなく答えてから、ルーは小首をかしげる。イゼットは、ずいぶん昔に見かけた子ウサギのしぐさを思い出したが、むろん口には出さない。


「ふしぎな仕掛けですねえ。どうやって作ったんだろう」

「ルーでもわからないのか」

「ボクはなにも知りませんよ。たぶん、この森のからくりは、ご先祖様が作ったものじゃないですし」


 イゼットは、あっけらかんとしているルーをながめた。意外な事実をさらりと露呈されたせいか、彼には珍しく、気遣いとか礼儀とかいうものがつかの間吹っ飛んでいた。

 クルク族の修行場なのだから、当然クルク族の先祖が作ったものだろうと思いこんでいたのだが、違うのだろうか。

 彼の疑問を読みとったかのように、ルーが背伸びしながら付け加える。


「修行場のからくりのほとんどは、元からあったものを利用しているらしいんです。獅子の牙みたいなものは、ご先祖がわざわざ作ったともいわれてますけど……なんであんなもの付け足したんですかね」

「ご先祖の真意はともかく――元からあったって本当? こんな『からくり』が?」


 現れた道をイゼットはにらむ。自然にできたものとは思えない。――とはいえ、人の手で作れるとも思えない。修行場とはいったい、なんなのだろう。


「なあ、先に行かないのか?」


 とがった声がする。現れた道の前で、カマルが不満げな顔をして、片足を揺らしていた。


「あ、ああ……そうだね。ごめん」


 イゼットは軽く謝ってから、二人の子どもを連れて、道の先へ歩きだした。


 カマルは落ちつきなくあたりを見回している。姉の手がかりになるものを探しているのだと、さすがのイゼットも察した。

 ルーは前を向いて歩いているだけのように見えるが、油断なく周囲を探っている。この修行場の異様さを、身にしみて感じているところなのだろう。


 結果、彼らが探し物に集中しすぎないよう取り持つのが、イゼットの役回りとなった。もともとそういうことには慣れているので、なんら問題はない。カマルが横道に逸れそうになったときに軽く腕をひいたのが、計四回。ルーにものを尋ねたのが、計二回。それ以外は、大きな事件もからくりもなかった。


「ところでさあ」


 不気味な森の空気を、つかの間快活な声が払う。イゼットとルーは同時に足を止めた。


「ルーがクルク族って、ほんとなのか? いやまあ、あの運動神経は普通じゃないとは思うけど」


 頭をかきながらカマルが問う。もごもごと気まずげに言う彼の胸中を、イゼットはすぐに察した。ルーも同じことに気づいたのか、苦笑する。


「多分、あれですよね。カマルくんは、クルク族って、もうちょっと肌の色が濃い人たちを想像してたんですよね」

「あ、う、うん。そう」

「気にしなくていいんですよ。よく言われます」


 縮こまる少年に、ルーが笑いかける。それから見られたイゼットも、曖昧に笑った。彼としてもずっと気になってはいたのだ。クルク族の身体的特徴としてまず挙げられるのが、大きな目と高い鼻、そして――褐色の肌だから。


 雪のように白い肌をもつクルク族の娘が、歩みを再開する。イゼットはゆったりと、カマルは慌てて、続いた。


「生まれた時からこの色で、日焼けしたときも茶色くならずに赤くなるんですよ。一家の中で一人だけ肌が白いものだから、昔は集落のみんなに色々言われました。両親は、全然気にしてなかったですけど」

「一家の中でルーだけ? なんでだ?」


 カマルが首をかしげる。ルーは「さあ」と苦笑を広げた。


「ボクもわからないんです。ただ、父さんによると、亡くなった祖母は半分西洋人だったらしいので、その影響が出てるのかもしれないですね」

「へえー。そういうことってあるんだな」


 カマルは楽しげに、少女の話に耳を傾けている。イゼットとしても興味深いところだった。クルク族は保守的なのかと思っていたが、外の人間と結婚する人もいるのだ。


 ルーは二人に驚いたような顔を向けた後、照れ臭そうにほほ笑んだ。


 その笑顔を見てなごんでいたイゼットは、けれどすぐに右腕を押さえた。現実感のないあの痛みが、かすかにやってきている。


 なぜ、と思う間もなかった。悪い予感が頭の中を駆け巡る。彼と、そしてルーは、同時に振り向き、身構えた。


 背後にはなにもいない。あるのは木々だけ。相変わらず、静まり返っている。


 少しの間、視線でを探したが、イゼットは見つけられなかった。彼はすかさず、連れの少女を見やる。


「ルー。今、なにかいなかった?」

「は、はい。ボクも、誰かに見られてる気がしたんですけど……誰もいませんね」


 ルーはしばらく、納得いかない表情できょろきょろしていたが、やがてあきらめて歩きだす。イゼットも後に続いたが、目に見えぬしこりが残っていた。


「気のせい……なのか?」


 もう一度、背後を見やる。やはり、草木と幻想以外にはなにもなく、誰もいない――ように見えた。


 なんとなくすっきりしないまま進んでいた一行は、けれど突然に歩みを止める。ルーがなにかを見つけたらしく、遠くの木の根めがけて駆けだした。残された二人はあっけにとられたが、先に我に返ったイゼットが、カマルの手をとり後を追う。


 ルーは木の根もとにしゃがみこんで、真剣な顔をしていた。


「ルー、どうかした?」

「これ、見てください。ここに入った人の持ち物みたいです」


 そう言い、ルーが木の根元を指さす。そこにかごが転がっていることに、イゼットは気づいた。植物の茎やつたで編んだ小さな籠には、ぶら下げて持てるように取っ手までついている。転げた籠からは、持ち主が摘んでいたものだろうか、草や木の実がこぼれて散乱していた。


「これっ!」


 イゼットの耳元で大声が響く。彼がびっくりして振り返ると、カマルがもっと驚いた顔で固まっていた。イゼットとルーはある予感にかられて、厳しい表情になる。案の定、カマルが慌てて籠に近づき「姉ちゃんのだ!」と叫んだ。


「サミーラさんの持ち物、ってことは」

「こんな深いところまで迷いこんじゃったんですね……」


 イゼットは目を伏せる。気分の悪い仮説をつい口に出しかけて、すんでのところで飲みこんだ。


「修行」のために入っている二人と違い、サミーラという女性は意図せずここへ入りこんでしまった身だ。「幻想」の仕組みもわかってはいなかっただろう。そのままひと月が経ったとなると――生きている可能性は低い。


「……先に進もう。まだなにかあるかもしれないし、もしかしたら本人がいるかもしれない」


 イゼットは、つとめて穏やかに、少年に声をかける。


 ここでサミーラが死んだと決めつけたとして、カマルは納得しないだろう。それに、籠ひとつでは死亡の証明として弱い。どうせイゼットたちは奥へ行かなければいけないのだ。行くところまで行き、探したいだけ探せばいい。


 カマルは、若者の言葉に力強くうなずく。草と木の実を拾い集め、それを詰めた籠を手にすると、弾むように立ち上がった。

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