第25話伊織の決闘!

「伊織よ三木之助の到達した円明流に、この20年この武蔵が研きに研いた二天流の剣技を三木之助へ教えてやるのだ」


「未練のままに蘇り人の道を踏外したとはいえ三木之助の養子兄はわたしの憧れの剣士。明石の地で幼き頃に目に焼き付けた戦いの歴史は今も鮮やかに瞼に……」


 黙っていた小笠原忠真が覚悟を決めて

 重い口を開いた。


「伊織、油断は禁物ぞ。三木之助のとの決闘心してかかれ」


 伊織は主君、小笠原忠真の渇! を快く受け入れた。


「伊織よ。小笠殿への忠義の道は良いのだな?」


 対峙する三木之助が伊織に尋ねた。


 三木之助の問に伊織は静かに首肯した。


「ではこの10年の歳月の間で養子弟が以下ほどの剣士になったか腕前を見せてもらおう」


 三木之助は円明流火の構えである上段へ死出の旅立ちに託された魔封じの刀、了戒を据えた。


 対する伊織は二天流の真髄、武蔵から託された帯刀たいとう和泉守兼重2尺7寸を三木之助と同じ上段、火の構へ置いた。



 三木之助が、


「では、参るぞ!」


 伊織は額をじどっと流れる汗も忘れて静かに頷いた。


 イエァーーーー!


 三木之助が烈火の如く上段から打ち込んで来た。


 伊織は和泉守兼重を巧みに操って防戦になった。


「伊織よせっかくの三木之助あにとの稽古が防戦一方では詰まらないではないか、所詮、養父ちち、武蔵一代の天才の剣技よ。凡庸な伊織、お主には天賦の才は真似は出来まいて」


「三木之助の養子兄あにの仰有ることは誠にその通りにござる。ただ、この伊織も三木之助の養子兄が死んだ10年の積み重ねの歳月がござる。ただでは敗れやしませんよ」


 と、上段を降り下ろした。伊織の降り下ろした剣は三木之助の垂らした前髪を跳ねた。


「ほう、伊織よ。この三木之助の眠りの間に多少は剣技を上げたようだな」


「三木之助の養子兄よ。あなたもなかなか、10年の眠りなぞまるで感じさせない剣技にござるよ」


「ワタシはな。あの世でも剣術の修行に励んでおってな、日々の稽古を彼の神影流の剣聖、上泉伊勢守信綱殿と、鹿島新当流の塚原卜伝殿の元で、朝に夕に、古今東西の剣豪の剣技を研いておるのよ。今では、養父、武蔵にも勝るとも劣るまい」


「それは面白い話を聞かせていただいた。今や三木之助養子兄は、今生一の剣豪であると申されるのか? 」


「そうよ。蘇ったワタシの剣技を試せる相手はもはや徳川幕府の柳生神影流の柳生但馬守宗矩と、そこにおる剣の天才、宮本武蔵しかおるまい。すまんが伊織よ、お主には露払いとして早々にしばしの眠りについて貰わねばならん。なに、心配するな、お主もなかなかの剣の腕前、ここで養父武蔵を葬った後、武蔵共々、魔道転生にて母、カタリナお純に産み落として貰うわい」


「なんと、養子兄三木之助よ。そこまで魔道に堕ちたか、ならば、ワタシはなんとしてもここであなた魔道の野望を止めないといけない。ならば……」


 三木之助に対峙する伊織は、右腕に和泉守兼重を上段、天の位置へ置き、すっと左腕で脇差しを引抜き正眼の地の位置へ着けた。


 三木之助は難しい顔をして、


「ほう、円明流から名を二刀流と改めたはこのことであったか、武蔵が剣技には及ぶまいが二刀流の剣技とやらを見せていただこうか」


 再び、三木之助は上段、火の構に置いた。


 いざ! 三木之助はやはり烈火の如く打ち込んで来た。


「瞬足の剣は円明流の奥義にもござってなこのまま押し込むのみ」


 対する伊織は脇差しを巧みに操って防戦一方だ。


「オラオラ、どうした伊織よ! そんなものか二刀流とは、そのような軟弱なことではワシの首は取れぬぞ! 」


「三木之助養子兄よ。剣の才ではあなたにワタシは及ばないようだ。だが、伊織にも二刀流に賭けた10年の積み重ねがござるタダでは敗れませぬぞ」


「剣とは積み重ねではどうにもならぬ才と言うものがある。お主の申す積み重ねとやらがいかほどのものかこの三木之助あにがはかってやろう。そろそろ攻めてまいれ」


 三木之助は、防戦一方だった伊織への即刀の攻撃をやめ剣を一端引いて間合いをとった。


「ならば! 」伊織は、三木之助の誘いに乗り激しく打ち込んだ。


「なかなかの攻めのようだが、その攻めでは円明流の域は脱しておらんぞ、そのような雛鳥ひなどりの二刀流ではわたしには通用せぬ!」


 シャキン!


 三木之助は、二刀流を巧みに操って攻撃を仕掛ける伊織をつばぜり合いに持ち込み、簡単に弾き倒した。


 三木之助は倒れた伊織の喉元へ了戒をつけた。


「覚悟はよいな伊織よ」


 伊織は諦めて静かに頷き和泉守兼重を脇に置き剣を引いた。


 三木之助は伊織の首を弾き跳ばそうと了戒を振り上げた。


 スタタタタッ!


 シャキン!


 バサッ!


 三木之助の降り下ろした右腕は了戒を握ったまま手向山の頂きに突き立った。


「伊織よ、スグに了戒を拾うのだ! 」


 伊織はスグに立ち上がって武蔵の言う通り了戒を三木之助の右腕から奪い取った。


 一瞬の出来事であった。三木之助が、切腹の礼に習って、伊織へ介錯の剣を降り下ろそうとした時、武蔵が飛び込み、三木之助の了戒を握った腕を弾き跳ばしたのだ。


「すまんな三木之助、お主にみすみす伊織を殺らせるわけにはいかんのだ。これも武蔵の兵法と心得よ」


「さすが戦国の剣豪。油断も隙も、礼も卑怯もあったものではないわ。それがワタシの養父、宮本武蔵でござったな」


 そう言うと三木之助は武蔵に跳ばされた右腕を拾って、斬られた傷口へ押し当てた。傷口から緑の血がトロリと流れたと思うと、三木之助の右腕は元通りくっついた。


武蔵ちちよ、やはりあなたは天賦の才の持ち主だ。正々堂々、武士道の常識に囚われていたのではあなたには敵わない。あなたとの決着は次の機会といたそう」


 と、言うと三木之助は、伊織の残した和泉守兼重を拾って、カタリナお純と共に霧雨の中へ消えていった――。



 つづく




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「魔道明石城~宮本武蔵異聞~」 星川亮司 @ryoji_hoshikawa

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