第24話蘇った男

 この手向山からは、九州と本州下関を結ぶ水路関門海峡が見渡せ、若かりし武蔵と巌流佐々木小次郎の決闘の地巌流島がある。


 20年の月日で身を持ち崩したカタリナお純が連れの雨の中の蒼白い青年剣士は、武蔵が、伊織が、藩主の小笠原忠真が良く見知った顔だ。


「お、お、お主は、三木之助ではないか!? 」


 武蔵は、およそ11年前にその主君、本多忠刻の早世に殉じた武蔵が養子、宮本三木之助がそこに立っているのが信じられなかった。


 武蔵は、その手で土をかけ土葬し最期を葬った主君への忠義に22歳の若さで殉じた三木之助が、よもや再び目の前に現れようとは夢にも思わなかった。


 三木之助は本来ならば葬られたその身は今頃は土に帰って骨だけになっているはずであるそれがどうして理由がわからない。


 蒼白い三木之助に熟れた体のカタリナお純がしなだれかかって、


「驚きのようだね武蔵さん。どういう理由わけで死んだはずの三木之助が蘇ったか合点がいかぬ顔だね」


「カタリナお純よ、ワシにはお主が身を持ち崩した理由が、どうして死んだはずの三木之助がここにいるのかが理解できぬ」


 カタリナお純は、いきなり三木之助の首に蛇のように腕を絡めて唇を奪った。


「あたいはねこの20年、魔道の子を産む道具にされたのさ! でも最後にあたしのお腹を痛めて産んだ三木さんは違った。今じゃこうしてあたいのイイ人さ」


 養子兄を尊敬してやまない伊織が、首信じられないと言う表情で三木之助に問い返した。


「あの清廉恪勤せいれんかっきんの士の養子兄上あにうえがよもや魔道に落ち蘇るようなこの世への未練などありますまいてまさか、まさか! 」


 カタリナお純は三木之助の清廉恪勤を信じて疑わない伊織をバカにするような高笑い。


「オホホホ! あんたは全く成りだけ大人だけどバカな子だね。人ってヤツは探せば未練なんて有るものさ。三木さんの未練はね、武蔵あんたさ! 」


 武蔵難しい顔をして、


「三木之助よもや!? 」


 蒼白き亡霊のような三木之助は、静かにこくりと頷き腰に下げた魔封じの刀、了戒を引き抜いた。


 了戒を見た伊織が驚いて、


「養父上、あれは了戒ではござらぬか? 」


「そうだワシは三木之助へのたむけに徳川の天下に二度と争乱が起こらぬよう三木之助に死んであの世で天下太平の守護神として護るよう願いを託して一緒に埋めたのだ」


 蒼白き三木之助が重い口を開いた。


武蔵ちちよ。わたしは死ぬ前に一度、一人の剣客としてあなたと命を賭した決闘がしたかった。幼きころより枕語りに聞いたあなたと佐々木小次郎の決斗に子供ながらに憧れたものです。その憧れが叶うならわたしは魔道へ堕ちてもよいと願った――」


 カタリナお純が三木之助の前へ一歩出て、


「その願いをあたしが叶えたのさ。今じゃあたしの手管に三木さんは溺れて剣の腕は骨抜きかもしれないがねオホホ……」


 武蔵は眉間にシワをよせイザ決闘! と、大業物、和泉守兼重2尺7寸を抜いた。


「哀れ三木之助、ワシがその願い通り再び深い眠りの淵へ葬ってくれよう……」


「お待ち下され養父上、わたくしにも願いがあります! 」


 と、伊織が武蔵と三木之助の間に踏み込んだ。


「なんじゃ伊織このような時に、お前の願いは後で聞いてやる後にせよ」


「いいえ養父上、わたしの願いは今、この時でなければ叶いません。なんとしても今、聞いていただきます!」


「なんじゃ伊織、早よう申してみい? 」


「わたくし伊織は、三木之助養兄あにと闘ってみとう御座います」


 伊織の申し出を聞いていた藩主、小笠原忠真が慌てて、


「伊織! お主は今や我が藩の家老の身。三木之助と命を賭した決闘など許せるものか! 我が藩の柱石たるお主にもしもの事在らば我が藩は……許さぬ! 許さぬぞ伊織! 」


「殿! どうかお許し下され。三木之助あにとの決闘はわたしの剣客としての夢でござる。伊織のたった一度のわがままお聞き届け願い申す」


「ならぬ、ならぬぞ伊織! お主はもはや我が藩の柱石たる家老の身。これから長崎へ渡り島原の乱を沈めねばならぬ時にお主にもしもの事有らば小笠原の陣中は総崩れだ。武蔵よ、お主からも伊織へなんとか言ってくれ」


 武蔵は藩主、小笠原忠真の願いと、伊織の夢を秤にかけしばし瞑目した。それは、生前の三木之助の剣技と、現在を生きる伊織の剣技を瞼の裏で合闘わせ互いの技量を量った。「互角……」武蔵は長考の末、互角の結論を導き出した。三木之助と伊織が闘えば二人の勝負を分けるのは時の運だ。


「伊織、覚悟はよいな!」


 伊織は武蔵の問いかけに静かに頷いた。


 慌てて、小笠原忠真は、三木之助と伊織の決闘を止めようと武蔵にすがる。


「武蔵よ。伊織を許してはならぬぞ」


「殿、伊織も我が宮本を名乗る限り剣の修羅場は潜らねばなりませぬ。万が一、ここで三木之助に敗れるようなことがあれば所詮それまでの男。とても小笠原家への忠義と奉公など叶いますまい。伊織の試金石になる三木之助との決闘を武士道の誇りに賭けて許していただきたい」


 あの誇り高い武蔵が、小笠原忠真へ頭を下げた。こうなると忠真もなにがなんでも決闘を遮ることは出来なくなった。あとはヤケクソに後は野となれ山となれの気持ちで、三木之助と伊織の決闘の成り行きを見守る他なかった。


 三木之助への決闘へ向かう伊織へ武蔵は自分の腰のもの和泉守兼重2尺7寸を引き抜いて渡した。


「伊織、お主が我が宮本円明流ならぬ二天流の伝承者ぞこころしてかかれ!」

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