第13話明石の桜
翌日――。
「
武蔵と別れた数日で、見違えるほど精悍な若武者になった三木之助が、魔封じの刀、
「三木之助、姫路では一歩、剣の境地へ踏み込めたようだの? 」
「この三木之助、命のやり取りを潜って、剣禅一如の目が開きもうした」
ウムと眉間へシワをよせ思案顔で頷く武蔵が、
「帰った所を早速だが……」
武蔵は三木之助へ傍へ手招きして密談でもするように額をつき合わせた。
「実はな昨夜、キリシタンのカタリナお純と申す者から訴えがあっての
「魔道の者たちはやはりキリシタンでございましたか」
「突然だが、これから4日後の満月の夜、ワシは明石湊沖合いの明石ジョアン
麗らかな青年剣士であった三木之助が、姫路へ参って半月で精悍な男になって帰って来たのだ。武蔵は、宮本家の跡継ぎ、果ては姫路藩15万石の
「三木之助、
武蔵は愛刀、和泉守藤原兼重2尺7寸を
「今宵は桜も綺麗だ
――明石城。
武蔵一党は、言葉へ出さずに、まるで城攻めでもするように侵入経路に成りうる、桜並木の内掘り、表門を潜り城郭を辿って行く。武蔵は三木之助にも伊織にも別段物を言わず静かに辿って行く。
城郭を廻って後背に面した剛の池を埋め尽くす千本桜――。
「武蔵、やって居るか、わたしも宴へ混ぜてくれまいか? 」
と、二人の供連れの網笠の侍が武蔵の宴へ声を掛けた。
武蔵が振り返ると、さっと網笠のつばをあげ顔を見せる。
「これは!? 小笠原の殿では御座らぬか」
「お忍びじゃ、無礼講で席へ混ぜてくれ」
徳川の天下太平の世になって降って湧いたような4日後の戦を前に男たちは気持ちが高ぶっている。
三木之助、伊織、この間の道場破りの傷も癒えた円明流3
青木粂衛門が隣の石川左京へ盃を交わす。
諸肌脱いだ竹村与右衛門は、酔っぱらい、大盃と槍を振るって黒田節だ。
「酒は呑め飲め 呑むならば
竹村与右衛門の黒田節を明石節へ当て変えた心意気に、青年城主の小笠原忠真も酒も呑めないのに呑み干し顔を赤らめて武蔵へ訊ねた。
「武蔵よ、ワシは命のやり取りは真っ平じゃ。たとえ御禁制のキリシタンの反乱だとて、言って聞かせて刀を納めるならば、命は救ってやりたいと思っておる……甘いか? 」
「たとえ心の主が違ったとて人は人、同じ飯も食えば、同じ言葉を話、同じ赤い血を流します。救える命ならば救いましょう」
武蔵の言葉に曇った表情を快晴する小笠原忠真。
「ならば! ……」
小笠原忠真がキリシタン救済の手立てを紡ごうと顔をほころばせた時、武蔵は眉間へシワをよせ首を振る。
「だが、キリシタンの救済はなりませぬ。心の主が違えば、それだけで彼らは、
「ではワシはどうすればよいのだ? 」
「徳川の太平の世の不安の種、逆らうキリシタンは皆殺ししか御座りますまい」
「それしかないのか? 」
「恐らく団結したキリシタンの多くの者は、信仰を捨て去り、神君徳川家康を拝みますまい。命を掛けて歯向かうのみ」
小笠原忠真は瞑目して、来る日のキリシタンの哀れをしばし祈ってやる。活眼した忠真は、意を決して、
「天下太平のため、我らは鬼になろうぞ! 皆、力を貸してくれるな?」
と、並々と注がれた大盃の酒をグッグと飲み干す。フラッと倒れそうになる忠真の脇を抱え支えたのは、武蔵でも三木之助でもなく、すべてを飲み込んで傍らで見ていた、まだ幼さを残す伊織であった。
後年の話だが、この宮本伊織は、小笠原忠真へ近習として仕官し、弱冠20歳にして藩政を取り仕切る執政となる。だが、それはまた別の話。
つづく
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