第12話十日夜の月

 雲が垂れ込めた夜空に妖しく十日夜の月が浮かんでいる。


 養子の三木之助が、姫路で魔封じの刀を調達をしている間の武蔵はというと、同じく下の養子、伊織に女の着物を着せておとりとし、第二、第三の魔道の者の生娘の人拐ひとさらいに備えつつ、拐われた明石藩の姫、お千代の探索に明け暮れていた。


 武蔵が魔道の者を五体バラバラに斬り伏せて、防火桶ぼうかおけに封じてからというもの暗躍はおとなしくなったようだ。


 この日も武蔵は、明石の魚の棚西町へ繰り出し探索しているのだが、お千代を取り戻す手掛かりも、魔道の者の足取りも掴めないでいた。


 武蔵が、築城中の明石城の内堀へさしかかると、魚の棚の探索中から後をつけている気配を柳の下に感じた。


「さっきから拙者をつけ回して居るようじゃがそろそろ姿を見せられたら如何かな?」


 と武蔵は柳の下の人影へ呼び掛けた。


 すると柳の影から小柄な黒いフードコートが姿を現した。


(……敵意はなさそうだ)


「見たところお主、バテレンか?」


 白い手がさっと黒いフードにかかり、女が顔を出す。


「さようでございます。私はキリシタンのカタリナお純と申します。宮本武蔵様とお見うけ致します。今夜は、お千代様のことでお話が……」


「なに?! お主お千代様を知っていると申すか!」


 カタリナお純は声に出さずにこくりと頷いた。武蔵は探索はここまでと伊織を先に道場へ返して、カタリナお純の誘いにのった。



 ――やぐら灯台の灯りが、明石湊の浜へ着けられた漁船を照らす。


「明石湊まで来たが、そろそろお千代様の子細しさいをお伺いたそう」


 カタリナお純は、沖合いに停泊する一隻の弁才船を指差した。


「お千代様は、あそこに囚われて居ります。今日から五日後の満月の夜、キリシタン、いや魔道の儀式が執り行われます。それまでにお千代様を救い出さないと魔道の大男の依り代とされてしまいます」


「お千代様を魔道の依り代と成すとな? 」


「父、明石ジョアン全澄が、徳川のキリシタン弾圧に絶望して魔道へ落ち反旗を翻すべく、バテレンの魔術をもちいて不死身の男を生み出しました」


「昨日、不死身の男と相まみえたが、とにかくしぶとい。どう封じればよいな? 」


「彼らは主デウスの代わりに処女の操を生け贄にサタンと契約して生まれます。懲らしめた後、裏切りの逆十字のロザリオを、正位置のロザリオを架け封じれば朝の光りと共に灰になります」


「封印はわかった。だが、お主はお千代様を救ったあとでどうする? いくら血肉を分けた父娘とはいえ明石氏も捨てては置けまい」


「わたしの運命は主デウスへ委ねます。それよりも何の罪もない娘たちの命を生け贄にする父の悪行が許せません。武蔵様、どうか父をこれ以上ユダの道へ踏み込ませぬように御成敗を!」


 武蔵はカタリナお純の身の哀れを嘆くようにゆっくり瞑目した。


「して、お千代様救出はいかがいたさばよいな?」


「満月の夜、兄、内記の一党が築城中の明石城へ夜討ちを駆けます。その間、船内は儀式を行う父、明石ジュスト全澄と魔道の大男。そして豊臣秀頼公の遺児、国松君だけで守備が手薄になります。わたしがこの明石湊へ小舟で渡って、沖合いの弁才船へ案内いたします。その時まで」


「なに!? 豊臣秀頼公の遺児、国松君が生きて居るとな! これは、明石藩の存亡ならず天下を再び動乱の世へと揺るがしかねない大事じゃ、なんとしても食い止めねばならぬ。必要なら国松君のお命も……」


 俯いて潤んだ瞳で武蔵へ親兄妹裏切りの子細を話したカタリナお純がすがるように、


「武蔵様、どうか国松君のお命だけはお救い下さい。国松君は、父や兄に利用されているだけです。国松君には一欠片ひとかけらも罪がございません。どうかお救い下さるとお約束下さい!」


「お主、国松君をいておるのか?」


 カタリナお純は、こくりと小さく頷いた。


「幼き頃より夫婦めおとになる誓いを主デウスへ共に誓っております。お千代様救出をお助けするわたしの条件はそれだけにございます。武蔵様どうか願いお聞き入れ下さりませ」


 さすがの武蔵も一介の剣客には手に余るであろう事態に対する兵法を思案せねばならなくなるカタリナお純の告白に腕を組み頭を捻った。


「カタリナお純よお主の願いはわかった。不肖、この宮本武蔵、徳川の天下をもあざむく一世一代の大戦おおいくさの采配任せてもらおう」

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