59「卿の画策」

 成果物を伝票に変えたアランがギルドに入ると、アーヴはティルシー嬢のカウンターにいた。


「これで、ここのギルドで登録はちょっと……」

「出来ないとはおかしいですね?」


 何やら揉めているようなのでアランはそのカウンターに向かう。


「ん?」


 トレーの上には黄金のごとき冒険者証ゴールドライセンスが載っている。なるほど、ティルシーはやんわりとお断りしているのだ。


 これが偽物であれば当然登録は不可能であり、たとえ本物であってたとしても事前連絡もなしで、こんな登録証を持ってくる者もいないであろう。


「この人は王都から来たフェリアンの知り合いさんなんだ。さっき聞いたよ」

「えっ? ちょっ、ちょっとお待ち下さいっ!」


 ティルシーは慌てて上司の元に行く。その上司は以前と同じように、シブい顔で書類を渡す。


「申し訳ございません。つい先ほどギルドに連絡がありまして手続きしてしておりました……ようです」

「いや、登録出来るのならかまわないですよ」

「もちろん登録できます」

「お手数をおかけしますね」

「いえ……」


 何やら先ほど連絡が――、などとの話であるがいったい誰が? である。それならば取材――、情報収集だ。



「それじゃあ僕は用事があるから――」

「ええ、私はもう一度フェリアンを――。そうそう屋敷に来ていただく件は重要な話です」

「分かったよ。それから敬語禁止は命令!」

「分かった……」


 アランは一度笑ってから、アーヴと別れ郊外へと向かった。


   ◆


 令嬢感染事件の報酬と、今までコツコツと貯めた金で、借りた金は返していた。アランは堂々たる歩みで目的地へと向かう。


 屋敷に着くとセルウィンズ卿は待っていたように出迎えてくれた。


「さっそく来ましたね……」

「知っていたのですか?」


 卿の私室に入りいつものように向かい合って座る。


「律儀に、まずはここに挨拶に来ましたよ。フェリアンを呼んだのは私ですからね」

「……」

「彼の目的はあなたでもあります」

「あの二人はどんな関係なのですか?」


 取材開始である。セルウィンズ卿は少し可笑しそうな表情を作った。


「二人は結婚する予定だったのですよ」

「ええっ!!」


 それはたいそうなスキャンダルである。なんともミスマッチな二人の結婚話だ。アーヴは真面目と貴族が鎧を着込んで戦っているような騎士だ。一方フェリアンは、あのような感じである。


 いったいどのような原因で破談になったのであろうか?


「しかしフェリアンは平民ですからね。そのあたりを気にして身を引いたのでしょう」

「そうですか……」


 貴族と平民の恋路。それはよくちまたで聞く話でもある。まさに『東スト』のネタだ。更下に婚約破棄が加わっているのなら、鉄板のネタである。


「サンドフォード・リース・アランドルフ辺境伯の新領に、新居を構える予定だったとか。その話がなくなってこじれたようですね」

「ううっ……」


 それではアランが悪者になってしまう。結婚の予定を変えてしまった張本人だ。フェリアンは良い人だ。そのようなそぶりなど、おくびにも出さない。


 アランは急に情けなくなってしまう。自分の決断が誰かの運命を変えてしまうなど、これっぽっちも考えなかったからだ。ボツ決定だ。


「あなたの責任ではありませんよ。この街に戦力はいくらあっても足りません」


 セルウィンズ卿はアランの顔色に気が付いてとりなしてくれた。別な意味を考えればアーヴの加入は朗報である。アランはもう役立たずなのだ。


「何か新しい動きがあるのですか?」

「王都は今も騒がしいとアーヴか言っていました。私に入ってくる情報も同様です。この街にも仕掛けてくるでしょう」

「吸血ですか?」

「さて? 蝿、吸血、知略――またはそれ以外ですかねえ……」


 フェリアンを呼べばアーヴも来るだろうと、セルウィンズ卿なら考えてもおかしくはない。それに次の情報を持っているようだ。


「あるいは複数かもしれません。今までが静かすぎたのですよ」


 最近は動きが慌ただしい。確かにこれは兆候かもしれないとアランは思った。



 だいたいの話は終わった。アランは立ち上がり、窓に寄って外を見下ろす。


「庭の芝刈りもそろそろではないですか?」

「お抱えの庭師がいるのですからね。彼らの仕事は奪えません。ぼやいてましたよ。アランは上手くなったと」


 アランは笑った。褒め言葉である。


「アーヴは私の私兵として働いてもらいます。冒険者の稼ぎには手を出さないようにと言っておきましたから」

「それで良いと思います」


 それならばフェリアンと同じ立場である。二人一緒に仕事をすれば色々な切っ掛けにもなるであろう。


「図書室は自由に使って頂いてもかまわないのですよ? フェリアンも、いつも一人で読書では退屈でしょう」

「はい、ありがとうございます」


 記事のネタを書くのに、ここの図書室はうってつけである。好意をありがたく受け取ることにした。しかし稼ぎとの兼ね合いが問題だ。

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