58「もつれる痴情」

 別荘の下僕部屋で一泊したアランは、まだ薄暗い中をクリヤーノの街へと戻った。いつものようにリンゴと新聞売りを終わらせ『東スト』に顔を出す。


 まだ早い時間の編集部は閑散としていた。記者たちは外で取材中である。事件は現場で起きているのだ。


 『狙われた令嬢』との仰々しいタイトル。『華麗なる冒険者ですが何か? 吸血感染しましたけれど、見事浄化しましたわ!』と長ったらしいサブタイトルを付けた用紙をケイティの机の上に置く。


 掲載許可とれました、と最後に書き添えた。ちなみにタイトルのセンスはケイティのアドバイスよる。これが新聞の見出しになるのだ。読者の興味を引いてこそのタイトルであった。



 アランはそのまま近場の薬草採取へと向かう。とにかく空いている時間は全て稼ぎに当てねばならない。


 今回もそれなりの収穫で意気揚々と街に凱旋を果たす。アランは貧乏なのだ。さて、これからどうしようか? などと考えながらギルドへと街中を歩いた。



「ん?」


 アランは知り合いの姿に気が付いた。前方でなんとフェリアンが、誰かは分からないが屈強な男に絡まれているようだ。


 黄金のごとき冒険者証ゴールドライセンスに手出しするなどふてえ野郎だと、アランは見物を決め込む。建物の影に身を潜め、まずは取材だと記者の矜持を見せた。フェリアンならば軽―く暴漢野郎を懲らしめてくれるはずだ。ネタになる。


「おかしいな……」


 しかし意外にもフェリアンは身をよじるなど、女性らしい仕草を見せていた。本当に意外である。男は低姿勢であり、フェリアンはなぜか分からないが、それに合わせているようだ。


 アランは、ここは男らしさを見せるべきだと思い直す。これが冒険者の矜持だ。大股で歩きながら急いで接近する。


「おいおい、おいっ! その人は怖い人だから止めといた方が良いですよ」


 なんとも強気と弱気が入り交じった、啖呵タンカとも呼べない声かけになってしまう。なにせ相手は屈強な大人なのだ。仕方ない。


「いや、それはその通りなんだが……」


 アランは振り返ったその顔に見覚えがあると首を傾げた。


「アーヴ……」

「アラン様ではないですか!!」


 男はアランの盟友であり仲間、かつて王都で共に戦った戦友であった。以前は騎士らしい威風堂々とした鎧に身を包んでいたが、今はごく普通の冒険者としての出で立ちである。


「どっ、どうしてこんな所に?」

「まさにこれは神の導きだ……」

「ちょっ、ちょっと! こんな所で神なんて言わないで……」


 神の力を持つと知っている者がまたこの街に増えてしまった。三級天使アレスの言う、理解者だ。しかし力を隠して暮らしたいアランにとって、そんな人が周囲に増えるのは複雑な心境である。


「これは失礼いたしました。神とは偶然の出会いについてです」

「いいからっ!」


 アランは慌ててアーヴの腕をつかみ路地に引き込む。フェリアンはけだるそうについてきた。


「いったいどうしたの……」

「ここは私の故郷なのですよ。帰郷したのです」

「そうなんだ……」


 王都での戦いは互いに愛称を名乗るだけとされ、たとえ戦友であっても互いの事情を話すことは禁止されていた。アランはこの偶然を素直に驚く。いや、当時あえて・・・勇者に近しい者を選んだとも考えられる。


 それにしてもこの人間関係はいまひとつ飲み込めない。フェリアンは退屈そうにしていた。


「積もる話はありますが……アラン様、今度ぜひ私の屋敷にいらして下さい」

「屋敷?」

「お話が――、お見せしたい物があります」

「うーん……いや、まあ、それはいいとして、子供に対して敬語は――」


 大人が子供に敬語を使っては、ただならぬ関係だとバレでしまう。


「神の使いにそれは出来ませぬ」

「じゃあ命令だ。敬語禁止、それから僕のことはアランって呼んで!」

「……命令とあらば」


 アーヴは昔と同じでアランの命令には逆らわない。もっとも無茶は言わないアランであり、命令と言うより、いつも頼み事ばかりであった。


「今の僕はただの貧乏平民少年なんだ」

「貧乏なのですか?」

「まあ、普通に……」


 まったく自慢できない話である。そこはあまりこだわって欲しくない部分だ。


「私は仕事があるから行くわね~。雑用はアランに聞いて~」

「ちっ、ちょっと待ってくれ!」


 フェリアンは制止するアーヴにそっぽをむいて、一人でスタスタと行ってしまった。


「参ったなあ、取り付く島もない……」

「追いかけたらどうかなあ? 僕ならそうするけど」

「いえ、少し時間をおいた方が良いでしょう。アラン様――、アランはこれからどこへ?」

「薬草採取の帰りさ。ギルドに行くよ」

「では私も同行いたします――行きます」

「まあ、いいけど……」


 二人は並んでクリヤーノの街並みを歩いた。聞きたいことはてんこ盛りなのだが、まずは当たり障りのないところから始めるのが取材の極意である。


「アーヴがこの街の出身とはなー。驚いたよ」

「私もアラン様――、いえ。アランと同じとは驚いたな」

「そうそう、言葉遣いはそれでいいね。ところでなんでギルドへ?」

「冒険者登録――の為だ」

「そうかあ……」


 王都の聖騎士であるアーヴが、この街で冒険者をやるなど少々滑稽ではないか? などと、アランは思った。神の使いを守る為に集められた七聖士セブンスの一人、聖なる騎士のアーヴ。


 もっとも元勇者が貧乏冒険者をやっているくらいなので、世間で場違いに暮らしている者は多いのかもしれない。最強無双の冒険者もそうであった。


「アランはフェリアンと一緒に仕事を?」

「そう、知り合いが呼んだんだ。二人で悪魔とも戦ったよ」


 アランは小声で言い、アーヴは納得したように頷く。


「なるほど……」

「僕は薬草を出してくる」

「私も子供の頃にやりました。ここも昔のままだ……」


 アーヴは懐かしそうに重厚なギルドの建物を見上げた。


 しかしアーヴとフェリアンの関係は? 男と女である。少年少女ではないのだ。

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