57「回復した華麗たち」

「アラン、少しぬるいな。もっと熱くしてくれ」

「はっ!」


 あらかじめ細く割っていた薪を、釜にくべ竹筒で吹く。火は勢いよく燃え始めた。


「今度は熱いぞ、水がない。補給だっ!」

「ははっ!」


 アランは森の中にある、パーティー『華麗なる三令嬢』の別荘へと来ていた。


 序列第六席、知略の悪魔王アスタロスの配下、デウモスと対決した場所である。そして昔と同じように風呂焚きをしているのだ。


 井戸から水を汲んで浴室へと通じるといに流す。これが中の桶にたまり、ランシリ、オービニエ・アフル・ランシリアが湯船に補給する。


 なぜここで風呂焚き夫などやっているのか我ながら疑問であるが、アランはテキパキと慣れた作業をこなしていた。本職も顔負けの仕事ぶりだと自負する。


 吸血感染の一件、ランシリにとっては悪魔つききを記事にする許可を得るために必死なのだ。なんとしてもネタとして採用され、報酬に結びつけたい。


「ランシリ様、お背中をお流しいたしますわ」

「もう体ぐらい自分で洗えるぞ」


 カロンヌス・ソーフ・ジェライスンが入って来たようだ。参謀役のジェライは以前も今も、かいがいしくリーダーの世話をしている。


「うん……、くすぐったいぞ。そんなところまで……」

「いけません。ランシリは令嬢様であるからこそ、我らが華麗なるリーダーなのですから――」


 アランはどのような状況下なのかと想像した。風呂釜の熱射に煽られ顔が火照ほてる。


「――いつも美しくなければ……」

「いや、しかし……そこは。あんっ!」


 そっ、そことはどこだっ!


「脇腹がくすぐったいなんて子供のようです」

「うっ、うるさいっ!」

「ふう~……。脇腹のことか……」


 アランは額の汗を拭った。やれやれである。下僕の仕事はなかなか大変なのだ。


   ◆


「ふむ、私の失態を『東スト』の記事にとな?」

「そっ、そう。でも失態ではないよ!」


 風呂が終り別荘のリビングでアランは肝心の話を切り出した。


「悪魔に入られるなど失態だよ。この私がだっ!」


 風呂上がりの白いザックリとしたワンピースを被ったランシリは、ソファーから立ち上がって声を荒げた。ローテーブルを挟んでアランと『華麗なる三令嬢』は対峙している。


 夕食を用意したオービニエ家の使用人たちは片付けを終わらせて屋敷に帰っていた。今この別荘にはアランたち四人だけである。


「私も吸血感染して助けてもらったしね」


 オーフィ、アルデンス・ゼーベ・オーフィンヌがテーブルに頬杖をついて反省するように言う。


「『東スト』に感染の記事は多いですわ。民衆はそれを読み吸血の輩に注意しております」

「なるほど……。ならば私がそれを拒否する理由もあるまいか。かまわないぞ」


 ジェライの言葉にランシリは納得してくれた。全員ただのお嬢様ではない。学院生のままで、上の大学院課程まで終了させてしまった秀才ぞろいなのだ。そして来年は王都の大学院に進学する。


 全ての事柄において理論と倫理を駆使して、合理的に結論を導きす才女たちだ。


「悪魔憑きは記事にはしないよ。教会の意向もあるしね」

「それでいい。悪魔はおかしなことを言っていたが、私たちは王家に忠誠を誓う貴族だ。もちろん教会の信徒でもある」

「もちろん、僕だってそうだよ」


 これで記事になると、アランは胸を撫で下ろす。


「でもアランが私たちを助けてくれたなんてね~」


 オーフィは今も頬杖をついてたまま言った。嫌味ではない。


「僕はただの付き添いさ。戦ったのはもっと強い冒険者と教会の人たちだよ」

「それは、よーく分かっておる」

「まあねえ……」


 ランシリにとって、アランは今でも役立たずの追放冒険者である。


   ◆


「はあ~……」


 アランは終い湯しまいゆに身を沈めて息を吐き出す。掃除兼とはいえ風呂に入るなど、貧乏暮らしの身としては贅沢体験なのだ。それに三令嬢の出汁入りであった。バカバカしいと思い、アランは首をブルンブルンと横に振る。


 風呂掃除を終えてリビングに戻ると、ジェライがソファーに身を沈めて物思いにふけっていた。ランシリとオーフィはもう休んだようだ。


「いやー、サッパリしたよ」

「アラン、あなたは命の恩人なのに、こんなことをさせて申し訳ありませんね」

「いやいや、お風呂を頂けるだけで感激だよ。それに僕は下僕だしね」

「誰もそんなふうには思ってないわ」

「分かってるって」


 アランは向かいのソファーに座った。ランシリは何か考え事をしている。


「どうかしたの?」

「実は王都から兄が帰って来るの」

「それはおめでたいじゃない」


 ジェライは家族全員が王都で要職に就いていて、クリヤーノに残っているのは彼女一人であった。その兄がこの地のカロンヌス家を継ぐ予定なのであろう。


「冒険者をやるって言ってるのよ」

「うーん……」


 同類として気持ちは分かるが、なかなか厳しい世界である。この街の有力貴族が役立たずとして、パーティーをたらい回しとなるのだ。格好悪すぎである。


「本人は強いって言ってるんだけどね。剣の鍛錬もしているし体格もいいわ」

「そう……」


 自称強いは大概が弱い。しかしよく考えれば、ジェライの兄ならば弱い訳もないであろう。ほとんどアランのお仲間ではない。


「だけど強いだけが冒険者じゃないしねえ……」

「まあ、大丈夫じゃないのー」


 アランは急速に興味を失った。勝手にしやがれだ。ジェライも愚痴の聞き役をお願いしてるくらいで、アランになんとかしてくれ、とは思ってはいないようだ。そんなものである。


「私たちのパーティーに入れてくれって言ったら困るわよ!」

「僕みたいに追放すればいいんだよ。それで解決さ」

「あはは、そうね。ランシリ様ならたぶん言うわよ! そうしましょう」


 もしそうなったとしもアランは同情しない。自分の仲間が誕生し、記事のネタにもなるだろう、とほくそ笑んだ。

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