46「悪魔の令嬢」

「座りましょうか……」


 ベッドを取り囲むように周辺にはソファーが五脚置かれていた。ソニアにうながされてアランたちはそこに座る。


「ランシリ……」


 アランはかつてのリーダー、令嬢の惨状を見る。手足を拘束され、上半身を起こした状態で下を向いたまま意識を失っているようだ。


 かつて輝いていた金髪はホコリにまみれ、表情は分からないが汚れた顔には傷があり、血糊がついたままだ。


「ア……ラン……なの?」

「ん?」


 ランシリは突然覚醒して力なく顔を上げた。


 フェリアンとソニアはソファーに深く身を沈めて目を閉じている。何かに集中しているようだ。


「ランシリ、助けに来たよ……」


 やつれて疲れ切った顔の傷が痛々しかった。


「陰謀よ……。父は――教会にオービニエ家の資産の――全てを差し出して……」

「えっ?」


 突然何を言い出すのかとアランは驚いた。


「アルデンス家とカロンヌス家も、それに続くと決めた……。領民たちは全て教会の信者――、信奉者で――」

「ちょっ、いったいなっ、何を……」

「いずれ教会はこの街、全てを教会領にして王都に反旗を翻そうと――、私はそれを止めたかった。そうしたら吸血の使徒と言われて……こんな状態に……。助けてアラン……」


 アランは突然に、まったく予測していなかった話を聞かされ混乱した。


「ジェライはそんなことは言ってなかった……」

「教会の者たちが使う魔法マジックよ。操られて――いるの。私はそれをはね除ける力があったのよ……」

「馬鹿な!」

「ここ……から早く助け出して……。早く王都に知らせないと――、この街は……」

「そんなのありえないよ」

「その二人も教会の手の者。私を助け出して王都へ……、王様の元へ……」


 ランシリはそう言って再びうな垂れた。力尽きたようだ。


 しかしそんな話は荒唐無稽すぎる。分かってはいるがアランは一瞬、少しだけ信じてしまった。これは悪魔の誘惑だ!


「悪魔のデウモス……。よくお喋りになりますわ」


 ソニアは目をつむったまま話す。すでに名前まで特定していた。


「何族なのかな?」

「そこまでは……」


 武闘派の蝿ではない、もちろん竜族でもないだろう。


「序列第六席、知略の悪魔王と呼ばれるアスタロスの配下ね~」


 続けてフェリアンがそこまで言い当てる。吸血感染ではなかった。ランシリは悪魔に取り憑かれていたのだ! 教会が隠そうとした意味がアランにはやっと分かった。


「くっ、くくく……。あっはっははあー」


 ランシリはロープが千切れんばかりにバタバタと体を揺り動かす。


「お痛はダメよ~」


 フェリアンが魔導具の杖をかざすと一瞬光り、ランシリは静かになった。


「くくっ……、魔女のフェリアンか? 蝿をずいぶんと殺したそうだな?」


 いきなり声色が変わる。まるで地の底から湧き上がるような男の不気味な声だった。しかしそれは大の字になって寝ているランシリの口から確かに発せられていた。


「蝿叩きの話~? パシッと叩いてずいぶん退治したわ~」

「そしてその力を疎まれて王都から放逐されたんだよなっ? ははっ!」


 ランシリ、いやデウモスは上半身を起こしフェリアンを睨み付けた。顔面はろうのように白く傷や血糊の赤が生々しい。歯をむき出しにして噛みつくように叫ぶ。


「功労者のお前を王都は――」

「えいっ!」

「が――っ、がっはっ……」


 再び杖が光ってランシリ――、悪魔デウモスは苦しみだした。


「ちょっ、体はランシリなんだし――」

「大丈夫よ~、苦しんでいるのは悪魔だけよ~」

「でも……」

「シスターさん助けてっ! 冒険者は私を悪魔だと決め付けて殺すつもりなの。報酬、お金の為に私を殺すのよ……」


 デウモスは再びランシリの声、少女の声に戻る。話を振られたソニアは目を開いた。


「アランはあなたを助けると言ったわ」

「お金よっ! この人は貧乏でお金が欲しいのっ!」


 確かにアランは金がない。毎月の家賃の支払い、食費に本当に困る時もあるのだ。


「アランには志があります。そのような人ではありません」


 ソニアはつとめて冷静に反論してくれる。この程度の作り話を信じたりはしない。凛と立ち上がり悪魔を睨み付けた。


「だがなあ――」


 ランシリは再び男の声になった。


「このガキは普通に教会で暮し、孤児院の仕事を手伝い、おまえと結婚して静かに暮せばよかったのさ。それを力もないのに冒険者になるだなんて言い出して、そして神に選ばれ加護を受けた。今じゃあ人としての暮らしもままならない、中途半端な存在よ」

「何を……」

「そしてお前さんはシスターになると決めた。もう普通の女としての幸せはないな。一生をガキの戯れ言に狂わされたのさ」


 ソニアは涙目で唇を震わせる。


「それは昔の話だよ……」


 アランはソニアのそんな姿を見ながら呟いた。


 子供の頃は確かに、教会の為にはどうすれば良いかと二人で話し、そんなことも言い合った。大好きな教会のことを第一に考えれば、そんな選択肢しか思い浮かばなかったのだ。


 しかしマザークラリスンは、好きな道を行きなさいと背中を押してくれた。


 ソニアに複雑な気持ちがあったのはアランも知っていた。それを色々と思い出してしまったのだろう。


 もしもあの時別の決断をしていたら人生は――は、過去を思えば誰でも考えることなのかもしれない。


 神の加護を受けていなければ、アランとてどこかのパーティーで普通の冒険者として活躍していたかも――、そうなのだ。こんな苦労もなく――。


「も~、またお痛ね~。えいっ!」

「ぐあああぁぁぁ――」


 フェリアンの放つ光がまたデウモスを苦しめる。アランは悪魔の話に、乗りかかってしまった。


「人間どもガーー!」


 突然窓が開け放たれ、カーテンが引きちぎられ、黒い塊が部屋の中へと侵入する。それは吸血蝙蝠ブラッディバットの群だった。


「えいっ!」


 気合いと共にフェリアンが広げた左手を挙げた。高速指弾フィンガーバレットが周囲に発生し、それは渦巻きとなり部屋の中を回転する。弾かれた蝙蝠は瞬時に魔核だけとなり、バラバラと床に落ちた。


「凄い――」


 指弾バレットを曲げる、狙うなどのレベルじゃない。フェリアンは自在に操っているのだ。それに一弾も強力なようだ。


「ちょっと失礼」


 アランは立ち上がり窓を閉める。そして床の魔核を拾い始めた。


「これで二百ジーにはなるよ。儲かった」

「この乞食冒険者野郎が~~っ」


 アランはひたすら平常心で望むと決めた。誘惑に対して動揺するのが一番いけないのだ。

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