45「三令嬢の山荘」

 果物売りが終わる頃、アランの元にフェリアンがやって来た。


「おはよ~」

「はおよう、こっちの仕事は終わったよ」

「今日も一日頑張りましょ~」


 何が起こるのか分からないが、フェリアンがいれば心強いし安心だ。


 二人で街を通り抜け街道を歩く。すれ違う商人や畑で働く農夫の風景はいつもと変わらない。しかし今この時も、悪魔や吸血の脅威にさらされている人々がいるのだ。


 オービニエ家の領地、オービヤーノ村へと入った。ここの風景も平和そのものだ。


「アラン~、朝ご飯は食べた~」

「リンゴをかじっただけ」


 いつもは物売りを終わらせてから、パンとスープの屋台に行くが今日は時間がなかった。


「じゃ~どこかで食べていきましょ~。時間の調整が必用なのよ~」


 まだ早いらしい。フェリアンはそのつもりで、屋敷の朝食は食べずに来たそうだ。


 ちょうどアランが以前入ったカフェの前に差し掛かる。三令嬢もここで時々朝食をとっていた。そして通いのアランが合流する待ち合わせの場所でもあった。


 二人でテーブル席に座り、朝のセットを注文する。


「相手の予想はついてるの?」

「だいたいね~。今日は偵察で戦うのは明日かしら~。この村に宿も手配しているのよ~」

「う~ん。僕も泊まりかー」

「夜遅くまで掛かるかもしれないし~」

「そうかあ、僕は戻るかな、仕事もあるし」


 アランとしては常連客の為にも商売は休みたくない。夜間の街道は危険とされているが、この周辺なら安全だ。


「それとも早起きして市場に行くか……」

「遅くなる時もあるってこと~。すぐに終わるかもしれないしね~」

「うん……」


 そんな話をしていると朝食が運ばれて来た。バターを塗って炙ったパンに焼いた卵、数種の野菜サラダ、それにお代わり自由のお茶が付く。


 食事を片付けてゆっくりとお茶を飲む。フェリアンは何事かを考えている。アランはじゃましないように静かにカップを傾けた。


「あっ」


 ふと窓から通りを見ると、ヴィクター神父と三令嬢の一人ジェライ、カロンヌス・ソーフ・ジェライスンの二人が連れだって歩いていた。


「どうしたの~」

「知っている神父と、カロンヌス家の御令嬢が通ったよ。山荘に行くみたいだ」

「私たちも行きましょうか~」


 フェリアンはそう言って立ち上がる。仕事のメンバーがそろったようだ。



 森の手前にあるバリケードには先ほどの二人と、前回と同じく私兵が二人立っていた。年配者は前と同じ人物だが若者は別人だ。


 ヴィクター神父はアランに気が付いて少し顔をしかめる。『東スト』の記者見習がこんな場所に来たのだから当然の反応だった。ただ驚いてはいない。来ることは知っていたようだ。


 一方ジェライは微笑みながら、懐かしそうにアランを見つめている。


「詳しい説明と挨拶は現地に行ってからにいたしますか……」

「は~い……」


 緊張した場には不釣り合いな返事をして、フェリアンは懐から一枚の書類を取り出して広げた。


 受け取ったヴィクター神父は一読してから、年配者の私兵に渡す。


「オービニエ家のご依頼ですか。結構です。お通り下さい」

「では行きましょうか」


 二人の私兵はバリケードをどかし、アランたち四人は森への道へと進んだ。


「現地で、と言いましたがもう話してもらっても結構です。兵にも聞かれたくはないのでね」


 もう十分に離れたと、ヴィクター神父は少し後ろを振り返ってからアランの方を見る。


「まずは私から……。アラン君、今日の一件は内密に願いたい」

「もっ、もちろんです。今日は記者見習ではなくて、セルウィンズ卿から――エルドレッド家の私兵との立場ですから秘密は守ります。冒険者でもないですし、ギルドも関係ありませんから」

「うん」


 神父は心配事が一つ減ったとばかりに頷いた。


「アラン、お久しぶりですね。オーフィから聞きました。彼女を救って頂いて感謝いたします」

「ジェライ、久しぶり。ランシリも必ず助けるよ。こちら魔法使いのフェリアンです」

「フェリアンで~す」

「お二人共、どうぞよろしくお願いいたします」


 アランの紹介にヴィクター神父は頭を下げた。教会としてはそのような立場になるらしい。


「どうぞランシリ様をお救い下さい」


 続いて令嬢ジェライも頭を下げる。下っ端冒険者のアランとしては違和感があるが、立場はエルドレッド家の私兵なので、両家の関係としてはそんなものなのかもしれない。


 アランは貴族社会のことはサッパリ分からなかった。


『華麗なる三令嬢』の中において、ジェライはリーダーであるランシリの参謀役であった。


 戦うランシリとオーフィを、冷静にアシスト魔法で支援する魔法使いだ。性格は温厚で物腰も令嬢らしい。


「皆、顔なじみですか――、魔女と呼ばれているそうですね」


 ヴィクターはフェリアンをじっと見る。


「ただの肩書きです~」

「その力をお貸し頂きたい」

「は~い」


 真剣な語り口の神父にも、フェリアンは相変わらずマイペースだった。


「本日はシスターソニアと三人でランシリ様――、悪魔の相手をして頂きたいのですよ。要は会話をして欲しいのです」


 アランは幾多の悪魔と戦い、その最中に話もしている。ただの冒険者よりは要領を心得ていた。悪魔の誘惑にはそれなりに耐性があると自負している。


「悪魔との会話の時間が長ければ、それだけ短時間であっても本来のランシリ様に戻るのです。その間に食事をして頂いたりしているのですが――」


 ヴィクター神父は苦しそうに顔を歪めた。


「――最近はその時間も短くなってきています……」


 この神父の苦悩は己の力と所属している組織、教会の力のなさを情けなく感じているようであった。正気に戻る時間がなくなれば待っているのは死だ。


 山荘の周辺にもオービニエ家の私兵数名が警戒に立っている。こちらは農民ではない本物の兵だ。一年前に王都で戦っていた者もいるかもしれない。


「入って下さい。シスターソニアは昨日から来ていましてね」


 ヴィクター神父の先導で中に入ると、リビングには数人の神父とシスターがいた。皆、疲れ切った表情をしている。


「アラン……、それとフェリアンさんも」


 ソニアがアランに気が付いて立ち上がる。まだ元気そうだった。


「知り合いなの?」

「ええ、街に来たばかりの時に教会を訪ねてくれたのよ」


 フェリアンは王都からのクリヤーノまでの道中、教会に協力して吸血の使い魔を狩り人々の浄化を行っていた。その報告の訪問だったそうだ。


 ヴィクター神父は他の神父やシスターたちと深刻そうに話をする。そしてアランたちに向き直った。


「今は落ち着いているそうです。フェリアン、アラン、シスターソニア。来て下さい」


 四人で二階に上がり廊下を進む。突き当たりはランシリの寝室だった。


 扉を開けて中に入ると異臭が鼻をつく。カーテンは閉められ昼間だが部屋は薄暗い。大きなベッドにはランシリと思われる少女がいた。両腕をロープで縛られ、ベッドに結ばれてうな垂れている。


「では私はこれで――、シスターソニア、皆さん、後を頼みます」

「はい、神父様」


 この三人で対処するので、他の人間がいては集中力の妨げになるのだ。それにアランの真の力はこの三人の秘密だった。

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