32「アリーナとの和解」

 今朝は鳩はやって来ない。天使がそうそう地上に降りることはできないのだ。


 アランは部屋を出て新聞社を訪ねる。今日の『東スト』は昨日の再販版だ。ついもの部数を受取り外に出ると――。


「アラン……」

「あっ!」


 呼び止められ振り向くと、そこにはアリーナがいた。


「あっ、あの……」


 突然で驚き、なかなか次の言葉が出てこない。


「……きっ、昨日は休んだって、き、聞いて……」


 声もうわずってしまう。はたしてアリーナはこのあと何と言うのだろうか? 裸を見たから責任を取りなさい、とは言わないのは分かっていた。


「ちょっと体調が悪くて――ね。でも、もう大丈夫よ」

「そう……。そっ、それは良かった――よ。ごめん。あんなことに巻き込んでしまって」

「ううん……。また一緒にクエストに行きましょう……」


 アリーナは笑顔で言った。ちょっと無理をしているようには感じる。


「嫌だわあ。私、裸だったし……。じゃあコーディーたちが待っているから。またね!」


 そう言い残しアリーナは駆けて行く。


「はあ……」


 肩の荷が降りた感じだ。お互いに少しは解り合えたのだと思う。


 そして足取りも軽く、アランは新聞とリンゴ売りへ向かった。


   ◆


 無事平穏な日々が戻った。取材の件についてもギルドはすぐに動いてくれた。クエストの掲示板には『東ストの取材希望パーティー募集』の紙が張り出される。


「助かったよ~、ティルシー」

「ううん、企画を持ち込んだのはギルドの方なのよ。『東スト』の動きが速くてね。ギルドマスターも反省していたわ」

「そう、ところで応募は……」

「まだないわね」

「そう……」


 アランはガクリと肩を落とす。パーティーにしてもまだよく意味が分かっていないのだろう。周知されるには時間が必要だ。


「私の方からも声を掛けてみるわね」

「頼むよ。要は僕が同行して、見学させてもらうだけなんだ。パーティーにはいつも通りに仕事をしてもらえばいいんだよ」

「分かったわ」


 アランはギルドを出る。そして今日は何をしようかと考えた。そういえば先日、セルウィンズ卿との話の中で彼女たちを思い出していた。ネタとしては面白いだろう。


「三令嬢を訪ねてみるか……」


 パーティー『華麗なる三令嬢』は街の北東に領地を持つ三貴族の令嬢が、三人で作ったパーティーだ。



「アラン、風呂の用意をしてくれ」

「はっ!」


 アランは井戸から水を汲み風呂桶に水を張る。そして火をおこして風呂を沸かした。


「アラン、少しぬるいな。もっと熱くしてくれ」

「ははっ!」


 薪をくべて竹筒で吹く。それはまさに下僕の毎日だった。背中を流してくれはなかったが――。



 アランは東の街道を進み、北東への道に曲がる。そこには村と呼ぶには大きな集落があった。


 昔は小さな村であったが、ランシリのオービニエ家の領地にあり、盟友のアルデンス家とカロンヌス家も協力して大きく街へと発展させた。


 名はアランたちが住む街、クリヤーノにあやかりオービヤーノ村と名付けられていた。


 パーティーのリーダーはランシリ、『オービニエ・アフル・ランシリア』で十八歳だ。


 メンバーはオーフィこと『アルデンス・ゼーベ・オーフィンヌ』。


 それと、ジェライ、『カロンヌス・ソーフ・ジェライスン』の計三人だ。


 共に幼少から同じ学校で学んだ同級生で、王都の学院への進学を控えているこの一年ほど、街で冒険者活動をしていた。


 三人共に魔力を行使し、当然アランよりも実力があった。



 村の中心部を通り過ぎて森への道を進む。この先の森の中に三令嬢が根城としている、オービニエ家の別荘がある。


「ん?」


 森の手前にバリケードが作られ、私兵らしき年配者と若者がいる。ケープのデザインからしてオービニエ家が傭っているようだ。


「森へは立ち入り禁止だよ」

「この先にある別荘に行きたいんですが……」

「そこはオービニエ家の別荘だぞ」


 年配の方の私兵は面倒くさそうに言う。


「ランシリに会いに行くんです。前に彼女のパーティーにいたもので……」

「ほう、あんた冒険者なのかい?」

「ええ、まあ……」

「まだ子供だろう?」

「魔力があればガキでも冒険者さ。俺たちただの人間は畑を耕すか、こんな傭われ仕事しかない」


 そう言うのは若い方だ。といってもアランよりは年上ではある。兵といっても農家の若者などがほとんどであった。


 そして街の為に戦っている冒険者であったが、必ずしも良く思われてはいない。


 農民には感謝されて当然だと思うが、中には若いころの憧れからか、逆の感情を持つ者もいる。


 他には冒険者全員が大金を稼いでいるとの誤解だ。だからこそ『東スト』の記事には意義がある。


「ここにお嬢さんはいないな。森は使い魔が出るんで立ち入りが禁止だ。帰んな」


 彼らとてここの封鎖を仕事として金、報酬を得ているのだ。押し問答をしても時間の無駄だった。


「分かりました……」


 それに彼らは確実に冒険者に良い感情は持っていない。アランは踵を返す。

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