33「消えた令嬢」

 ここで会えないとなると、クリヤーノの街にある邸宅を訪ねるかだが、行政区の中に入るのには紹介状が必要だ。


 もっと東にあるオービニエ家の屋敷を訪ねて、その紹介状をもらうのだ。


 以前の三人はギルドに通う必要があったので、クリヤーノにも滞在していた。


「無駄足になっちゃったか……」


 どちらにしろ、ここにいても意味はない。しょうがないとアランは来た道を引き返す。


 しかし森が広範囲に危険ならば、そのまま放置しているのもおかしな話だった。ギルドにそのようなクエストは出されていない。


 村の人間も薪拾いや山菜、薬草採りなどで森には入る必要があるのだ。


「う~ん……」


 これが記者の目かとアランは苦笑する。


 お茶でも飲んで行くかと、知っている小さなカフェに入る。ここはランシリたちの行き付けの店でもあり、アランも何度か下僕として同行していた。


 店内は賑わっていたが、カウンターに空席があった。アランは座ってお茶とドーナッツのセットを注文する。


 庶民的な店だがランシリたちは気にせず利用していた。冒険者たちの彼女は衣装も含めて貴族然としていなく、村人たちとも気さくに話していた。


 とはいえアランは下僕扱いだった。身分とはそのようなものだと説教もされた。


 お茶を運んできた村娘のウエイトレスは、アランの顔を覚えている表情だ。


「あら、久しぶりですね」

「うん……」


 あの三人と一緒に来ていたのだから目立っていたし、当然と言えば当然だった。


「ランシリたちを訪ねて来たんだけど会えなくて……、どこにいるのかなあ?」


 直線的に聞くよりもこんな感じがいい。まだネタの段階だし名刺も出さない方が良いだろう。


「この店にも顔を出していないわ。街の屋敷だと思うけど……」


 ウエイトレスはそう言って首を傾げた。具体的に知らないのはある意味当然だった。


「ふーん……。森に入れなくなったのは、いつ頃からなの?」

「二週間ぐらい前からね。吸血の使い魔が増えたしいの」


 アランとて連日吸血野犬ブラッディドッグを狩っているのだ。この辺りの事情も同じなのだろう。


「それは危ないね。僕もクエストで倒しているよ」

「ランシリ様の姿はしばらく見ていないけど、ジェライ様は時々教会の人たちと見掛けるわ」

「そう……」


 教会の登場だ。やはりただ事ではないようだ。ネタになれば金になる。


 ウエイトレスは続いてドーナッツを運ぶ。素朴な品だったがランシリはこれを好んでいた。


「森に入れなくて皆、困っているのよ。早く退治してくれないかしら……」


 と少し不満げに言う。本来そのあたりは領主であるオービニエ家が、迅速に対応するはずなのだがそれもないようだ。


 何かが起こっているが、それが何かが見えてこない。


 ジェライだけ目撃されていて、他の二人がいないのはいかにもおかしい。あの三人はいつも一緒にいるのが習慣だった。


「ごちそうさまでした。ギルドにクエストが出たら志願するよ」

「よろしくね。アラン」


 アランはドーナッツを平らげ店を出る。街と違って物価も安い。三十Gであった。この店は夜で儲けているのだ。ウエイトレスはアランの名前を覚えてくれていた。



 続いて『東スト』の編集部へ行く。ケイティと編集長のランドルが話をしていた。


「おう、アラン君。何かネタでもあったかい?」

「ネタかどうかは分かりませんが……」


 アランは三令嬢とオービヤーノで見聞きしたことの説明をする。


「う~ん。アラン君の見立てはどうなの?」


 ケイティが少し考えてから話を振った。帰り道で歩きながら考えていた内容を話す。


「ランシリが森で吸血感染して、別荘で浄化を受けているのかと……」

「郊外での話なら中央教会の見解といっしょね。つまり貴族だからヴィクターは過敏に反応したのかしら? 確かにそれもあるわね……。ただねえ……」


 ケイティはあまり納得できないようだった。とは言え他の説はアランにも思いつかない。


「貴族が感染したからといって、特に記事にはしないよ。教会が普通に奉仕をして終りだな」

「そうですか……」


 編集長の判断は、ネタとしては面白みがないらしい。街で暮らす人にとって、郊外の脅威は普通の情報でもある。


「浄化が終わって本人が了解すれば匿名で話を紹介したいね。引き続き注意してくれたまえ」

「はいっ」

「アラン君はよく気が付く。なかなか記者向きじゃないか。これからも頼むよ」


 やはり褒められると嬉しい。アランは単純な少年だ。


 ランシリの件は心配ではあるが、教会に任せておけば安心だろう。吸血感染は気が付かない場合が問題なのだ。

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