31「色々な事後処理」

 アランは急いで新聞社へと向かう。一階の配送所はいつものようにごった返していた。身分証を提示して、割り当てられている部数を受け取る。


 すぐさま取って返し市場へ行く。ここでもいつもと同じおろしでリンゴを購入する。そして、いつもと同じ場所に立つ。


「リンゴはいかがですかあ? 本日発売の東ストもありますよー!」


 と、いつものように声を上げる。新聞は一日二十部で、リンゴの二十個を増やすつもりはない。売り子としての時間が増えるからだ。


 新聞がこの部数ならば、共に売るリンゴはこの数が丁度よい。今朝も最後の一個が新聞と共にハケた。この商売のコツは時間の最短化だと分かってきた。


 そして今度は冒険者ギルドに急ぐ。


 待合にはまだクエストに向かうパーティーが見られたが、アリーナたちの姿はない。アランは受付嬢のティルシーを訪ねる。


「おはよう……。いつも悪いんだけどコーディーたちは――」


 ティルシーはいつもの要件を察していてくれていて、彼らの動向に気を配っていてくれている。


 コーディーたちも貴族の指名クエストを終わらせて、今日からこちらに顔を出しているはずだ。


「うん、もうクエストに向かったわ。だけど今日はコーディーとパトリスだけだったわね……」

「え?」


 どうやらアリーナは休んでいるらしい。アランは狼狽した。


「どこに行ったか調べる?」

「いっ、いや。それはいいです。明日にします……。すいません……」

「それから、いつものお屋敷からレターが来ているわ」


 監視者、エルドレッド・シー・セルウィンズ卿からの呼出しだった。昨日の今日なので要件に察しはつく。アランは街外れへと向かった。



 お馴染みの屋敷を訪ねる。今日の執事の指示は庭の芝刈りであった。アランはこちらの要領も分かっている。裏手の道具小屋に行き芝刈り機を出した。


 二つの車輪と筒状の刃が付いていて、押せば自動的に狩った芝が籠に入る優れものだった。


 先日新聞社で見た自動印刷機械よりは単純な構造だが、こんな機械を考える人は凄いとアランは思う。このような芝刈り機もいずれは魔導核マジックコアを使って自動化されるのかもしれない。


 剣はじゃまなので外して小屋に置く。芝刈り機を押しつつ、まず先に広い面積を一気に刈り取る。


 昼の休憩になり食事の時間となった。食堂に行き、この屋敷の使用人たちと交代で食事をとる。


 午後は機械が入らない細かな場所を、鎌を使い手作業で刈り取った。


 アランはいつものように執事に仕事の終りを告げて、二階の部屋を訪ねる。テーブルを挟んで座り、この屋敷の主と向かい合った。


「執事も使用人たちも君を褒めていますよ。丁寧な仕事をするとね。そして早いと」

「ありがとうございます」


 どんな仕事でも褒められれば嬉しい。ここの人たちはアランのような子供にも丁寧に接してくれている。


 賄いの盛りも良い。我ながら、なんて単純だと思うが、何事も単純が一番だ。


「昨日はずいぶんとハデに立ち回りましたねえ……」

「やっぱり、分かりますか……」


 一瞬どうしようかとアランは考える。しかし隠し事はまずいと思った。王都にいる一部の貴族にも更に何かを疑われてしまう。


 目の前の人物は監視者ではあるが味方だ。セルウィンズ卿ならば何をどう伝えるか、上手く采配してくれると思った。


「実は……」


 アランは全てを詳しく話した。名前は出さなかったがアリーナのこともだ。


「なるほどね……。被害がでなかったのは何よりでしたね。あなたの無事もです」

「はい……」

「かつて若い頃、私も少し冒険者をやってましてね」

「あなたが?」


 貴族の冒険者などピンとこないが、力があれば戦うだろうし、何より自分の領地を守ったりもするのだろう。三令嬢の例もある。


「まだそれなりの力もありますから。それで昨日の戦いも気配を感じました。なので冒険者を続けたいとの、あなたの気持ちは分かります」

「ありがとうございます」

「それで王都からの冒険者ですが、ちょっと遅れているのですよ」


 アランは色々とあったので忘れかけていた。アランを稼がせてくれる為に――、単にそれだけではないのだろうが――、卿が呼んだ冒険者のことだ。魔法使いと言っていたが……。


「途中の村や街で吸血の使い魔狩りを手伝っているのです。浄化はシスターがやっているのですがね」


 ここでも吸血の話が出た。アランは中央教会でのやり取りなども話す。


「最近はやはり多いのですか?」

「今年は当たり年のようですね。だがたいした問題ではありませんよ」


 卿は特に気にしていないようだ。それならばヴィクター神父の隠し事とはいったい何なのだろうか?


「あなたを新聞社に紹介したのは正解でしたね。色々な意味で――、記者の仕事はどうですか?」


 ちょっと話をそらされたとアランは感じた。しかし顔にも口にも出さないでおく。


「取材の相手がなかなかいなくて困っています」

「ふむ、なるほど。そちらの手も打っておきましょう。それとなくギルドの知り合いに話しておきますよ」

「すいません。助かります」

「広く民衆に冒険者の仕事を紹介したい、とはギルドの希望でもあります。それぐらいのアドバイスは街の領主の一人としては当然です。気にしないで下さい」


 セルウィンズ卿に頼りきりのような気もするが、アランとしてはギルドが冒険者パーティーとの間をとりもってくれれば取材もしやすい。


 それに何より取材は楽しく、勉強にもなった。


 ヴィクター神父の話に卿は何も言わなかった。ケイティの勘が俄然、真実味を帯びてくる。


 アランは自分も記者なのだから、ここは知らないふりをして調べてみようかと思った。



 それからアランは新聞社へ顔を出す。ケイティは在席、編集長のランドルは不在だ。


「二本目の取材と、このあいだの中央協会の件も記事になるわ。おめでとう」

「助かります」

「経理にも言ってあるから、もらっていって」


 これで二件分のギャラが入る。


「知り合いに聞きました。やっぱり今年は吸血感染する人が多いみたいです」

「ええ、街の外の話ではあるけど、私の取材でもそうね。教会も否定していないしねえ……。だけど何かが街で起きているのよね」


 アランとしても記者助手として、なんとかケイティの力になりたい。


「ギルドが取材希望のパーティーを紹介してくれそうなんです。彼らのクエストから何かヒントが見つかれば……」

「頼りにしてるわ。アラン、記者の目になってきたわね!」

「助手ですから……」


 アランは照れ笑いを浮かべた。



 記事が二本で二千Gだ。新聞で三百G、リンゴで二百G、庭仕事で五百Gだから、今日の稼ぎはしめて三千Gとなる。以前はリンゴと薬草で、一日五百Gの毎日が続くだけだった。


 朝からあっちこっちと忙しかったが、肝心の問題が解決していない。アランはアリーナの顔を思い出す。

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