20「教会の広報」

 中央教会の建物はその名の通り街の中心部にある。貴族たちの邸宅がある行政区と、庶民が暮らす商業区を隔てる塀をまたいで建設されていた。


 双方にそれぞれの出入り口があるが、聖堂は身分の分け隔てなく利用されている。


 主要な出入り口は広く大きく、ひっきりなしに人が出入りしている。真夜中も含め一日中解放されているのだ。


 アランはマザークラリスン、シスターソニアと共に、何度か訪れたことがあった。


「私たちはこっちよ」


 ケイティに言われてアランたちは少し離れた、職員と出入り業者用の門に移動する。


「私たち新聞社は広報を通して取材する決まりになっているのよ。行きましょうか」


 そう言って門を潜る。いかつい門番がじろりとこちらを睨むが、特に誰何すいかなどはされない。


 アランは身を縮めて後に続いた。


 受付で名前を記入し狭い応接室に通され、しばし待つと一人の若い男性が現われる。


 少し長めの金髪で神父の服を着ていた。


「これは、これは……。ケイティさん、ご無沙汰しております」

「お久しぶりです、ヴィクター神父。紹介させて頂きます。彼は我が社の新しい記者見習のアランです」


 神父は懐から名刺を出す。アランも慌て名刺を取り出した。


「ヴィクターでございます」

「アランです」


 二人はそれぞれの名刺を交わす。


「ふむ――、記者助手ですか……」


 ヴィクターは名刺を見てから、アランの姿を観察するように再度見る。その姿は冒険者の姿そのもので、剣も下げたままだった。


「彼は現役の冒険者でもあります」

「なるほど――」

「昨日、彼は吸血野犬ブラッディドッグを四頭討伐しました」

「ほう、今日はそちらの話でしたか……。いや、冒険者ギルドにはそのようなお願いをしております。早速に効果がでて教会としても嬉しい限りですよ」


 三人はローテーブルを挟んでソファーに座った。


「最近この街、クリヤーノでは吸血に感染した人が多いらしいですね?」

「以前から同じ数で推移しております。教会はいつもと同じように対応しておりますよ」

「しかしこのたびギルドに対して、吸血の使い魔掃討を特別にお願いしたのですよね?」


 ケイティはたたみ掛けるように身を乗り出す。


 吸血王が活発に動いているとは三級天使のアレスも言っていた。その使徒となった人間が増えているのは間違いなのだろう。


「アラン君、吸血の使い魔は街に迫っていますか?」

「いえ……、数は増えていますがまだ街からは遠い森です」

「冒険者ギルドは――使い魔を掃討できますかね?」


 アランはしばし考えた。吸血野犬ブラッディドッグの数は多いが、マークスのパーティーあたりが挑めばあの・・火力であっという間に駆逐するだろう。


「それは――できると思いますが……」

「はい、街の防備は万全ですよ。ただし郊外の村や宿場街で感染する人は増えているのです。教会としては浄化の能力を持つ者を派遣して対処しております」

「それは記事にしても構いませんか?」

「もちろんです。街は安全ですが郊外に出向く場合は、注意するように啓蒙いただければ助かりますね」

「はい……」


 ケイティは唇を噛む。街の危険度を記事にしたかったようだが。教会としては街の安全を強調し、かつ民衆に注意を促したいようだ。


 取材の流れは広報側だった。しかし、街に脅威が迫っているのは間違いない。ケイティの勘の方が正解なのだ。


 アランは何も言えないもどかしさを感じた。


 しかし同時に教会の広報、ヴィクター神父の対応も理解できる。


「これからの教会の対処方法を教えて下さい」

「今まで通りですよ。教会の広報誌をご覧下さい」

「それは読んでおります」

「それはけっこうですね」

「……」

「……」


 沈黙の後、ケイティは席を立つ。アランも慌てて続いた。


「お忙しいのに取材に応じていただき感謝いたします」

「こちらこそ、いつでもいらして下さい」


 ヴィクター神父も立ち上がる。そして部屋を出たアランたちを見送る為、一緒に廊下を歩いた。


「信徒の皆様の多くが『東スト』を楽しみにしております。私も拝見しますが――、どうですかね? ちょっとあおる・・・ような記事は頂けませんなあ。面白く読んでいますがね。はははっ……」


 ――などと批評し笑ってみせた。


 ケイティはというと、涼しい顔をして聞いている。


「それでは失礼いたします」

「はい、こちらこそ……」


 などと挨拶し玄関を出た。ヴィクター神父はまだ二人を見送っている。


「すいませんでした」

「いいのよ、嘘は言えないしね。あれで正解よ」

「はい……」


 アランは使い魔掃討で意見を求められた時のことを言った。


 門を出ると教会の帰りなのかソニアと鉢合わせをする。


「あら、こんな所で会うなんて奇遇ね。アラン」

「うん、新聞の関係でね」

「そう……」


 ソニアは会釈をする。ケイティはしけしげとその姿を眺めた。


「お知り合い?」

「はい」


 アランは互いの関係や施設出身のことなどを簡単に説明した。


「それでしたらちょっと話を聞かせていただけないかしら?」


 ケイティの目がキラリと光る。記者魂だった。

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