19「新たなネタ」

 いよいよ新聞売りが始まった。予想通りに新聞はあっという間に売れ、お供買いのリンゴも売れた。そして物売りの時間も短縮できた。


 自分の為に残した一部を持って、アランは部屋に帰る。


 昨夜のうちに市場で買っていた堅いパンを食べて水を飲む。リンゴをかじりながら『東スト』を読んだ。


「なるほどなあ……」


 紙面は編集長のランドルやケイティたちが、考えに考えた記事が載っている。


 そして王都の貴族の動向などもあった。ギルドの受付嬢、ティルシーが言っていた恋愛話は社交界の噂話として記事になっている。


 ただし名前は当然だが匿名として書かれていた。


 有力貴族同士の婚姻は政治がらみでもあるので、女子だけでなく幅広く興味を持たれているのだろう。


 貴族の恋愛話などの小説も連載されていた。こちらはフィクションなのだろうが、おそらくは現実でもありえる、と思わせるように書かれているのだろう。


 婚約破棄! などとの文字が踊っていた。アランは何が面白いのだろうと首を傾げる。


 他には評判のよい食堂、作物の値段、市場動向。泥棒、スリなどの事件。


 ここは使い魔が多い、この場所はクエストが完了したなどの記事は、冒険者ギルドからの情報提供なのだろう。郊外の村や農家にとっては必要な情報である。


 二つのパーティーを取材したネタの報酬はすでにもらっていた。


 早く次のネタを探さなくてはならない。どこかのパーティーに取材を申し込まねばならないが、しかし今のところアテがない。


「さてと……」


 アランは『東スト』を置いてベッドから立ち上がる。問題は次のネタだ。


「近場の薬草採りにでも行くかな? いや……」


 昨日の出来事をネタにしようと思い立った。記事になるほどの話ではないが、メモを書く練習にもなるだろう。



 昼過ぎまでメモをまとめて、市場の屋台でパンとスープの昼食を食べてから『東スト』の社屋へと向かう。


 幸い編集部にはケイティが在席していた。


「あら、アラン君。このあいだのメモを見たわよ。なかなか良い感じね」

「ありがとうございます。ちょっと見てもらいたいメモがあって……」

「うん、いいわよ」


 ケイティにうながされて、二人はテーブル席に移動した。


「これなんですけど」

「どれどれ……」


 アランから受け取ったメモを読み始める。


「これ、このあいだのお嬢さんね」

「はい」


 すぐにアリーナと気が付いたのだ。更に先を読み進める。


「そう、冒険者一家の娘さん、エリートなのね……」


 ケイティは一通り読み終えて頷いた。


「うん、これはネタとしては十分よ。編集長にも言っておく。預からせてもらうわ」

「そうですか! ありがとうございます」


 アランは明るく答える。思いがけずただの訓練と文字書きの練習が報酬に化けたのだ。


「ただし、これで一本の記事にするのは難しいわ。他のエピソードに組み合わせれば良いと思うけど――」


 ケイティは少しばかり考える。


「編集長に相談してみるけど、吸血鬼事件のネタと合わせて――、そうだアラン君。は今日はヒマ?」

「はい、特に予定はありませんが……」

「そう、ちょっと付き合ってよ。善は急げね。昨日吸血野犬ブラッディドッグと戦った相手がいれば話が早いかもね」

「?」


 アランは話が見えず首を傾げた。


「中央教会に取材に行きましょう。あそこの公式見解は吸血感染の推移には特に変化なし、なのよ。引っ掛かるわね」


 吸血がらみの案件は教会の管轄でもある。しかしいきなり行って取材ができるのだろうか?


「それから、アラン君が持ってきてくれた記事だけど、今印刷しているのよ。明日の新聞に載るから」

「えっ、明日ですか」

「ええ、いよいよ読者の評価を受けるのよ。楽しみね」


 評判が悪ければ打ち切りだ。アランは胃がチクリとした。パーティーの度重なる追放や貧乏暮らしで成功へのイメージが全く持てないのだ。

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