18「アリーナのサンドイッチ」

 急いで森の中を移動しながら後方を探ると野犬の気配は消えた。追跡はしないようだ。


 帰りは道を変えて吸血蝙蝠ブラッディバットの洞窟へと向かった。


 途中の小川に差し掛かる。


「お昼にしましょうか。少し休みましょう」



 手を洗ってから適当な岩に二人で座る。アリーナは小さなディバッグからサンドイッチの包みを出す。


 アランの食事は相変わらず堅いパンにリンゴだ。


「二つあるから一つあげるわ」

「いいよ、悪いよ」

「私が作ったサンドイッチは不味まずそうだからいらないって? 遠慮しないで。その替わりリンゴを半分ちょうだい」

「ああ、うん……」


 アランはリンゴを差し出し、アリーナがそれをつかむと真っ二つに割れた。暫撃の輪リングリッパーの力だ。


「はい、じゃあこれ」

「ありがとう」


 アランはその大ぶりな、お手製サンドイッチを受け取った。


 ぶ厚いベーコンと野菜が挟まれている。アランにとっては久しぶりの肉だ。思わずゴクリとツバを飲み込む。


 かぶりつく。


 塩気が強い豚の脂肪が口中いっぱいに広がった。しかし甘味を感じる。


 芳ばしい香りをまとうパンは朝焼きだ。中はしっとりとしていた。


 アランはまだ脂肪が口に残ったまま、自分が持ってきたパサパサのパンをほおばる。いつものパンも極上へと変化した。


 リンゴをかじりって、一度舌をサッパリとさせる。


 再びベーコンの旨味を求めると。再度、肉と脂のハーモニーが舌の上で踊った。


「んーーっ、まいっ!」

「呆れた。いつも何を食べてるのよ」

「パンとかリンゴとか、リンゴとかパンだよ」

「ちゃんと食べないと戦えないわよっ!」

「今の僕にとっては、贅沢は使い魔だよ」

「なにそれ?」

「敵ってことさ」

「全然おもしろくないわ」

「美味しいね」

「ただのサンドイッチよ。本当に呆れるわ」


 アリーナはそう言って笑った。



 豪華な食事が終り二人は吸血蝙蝠ブラッディバットの洞窟へと向かう。


 しかし洞窟の中は静かなもので、獲物はいなかった。


「う~ん、他の冒険者が来てたみたいだわ」

「皆も吸血の危機を察しているんだなあ……」


 それは喜ばしいことだ。冒険者たち、皆が注意をしている。吸血王の脅威は目立たないが、人を使役する恐ろしい力なのだ。


「ごめんなさい、こっちで稼げないなら他を当たればよかったわ……」


 アリーナは貧乏なアランに気を使う。


「いいよ、いいよ。アリーナこそたいして訓練にならなかったしさ」

「いえ、今日は拘束の輪バウンティサークルを試せたわ。ヒットしたのは四つだけなんて情けないわよ。私たちのパーティーは拘束なんてしないで、そのまま倒すからあまり使わないのよね」


 アリーナはちょっと困ったような、残念そうな表情をする。


「アランの終末の槍デッドランスと組み合わせれば面白いと思わない?」

「なるほど……」


 確かに拘束さえすれば、至近距離から安全に突きを繰り出せる。今日はそれを実戦できたのだ。


 昨日アランの魔導技マジックスキルを聞いたアリーナは名前を調べただけではなく、その応用まで考えていてくれた。


「ありがとう……」

「いえ、色々に組み合わせれば、役に立たないスキルなんてないわよ」


 二人でそんな話をしながら、ギルドまでの帰り道を歩いた。



 吸血野犬ブラッディドッグ討伐は四頭で計八百ジーになった。


「報酬は半分にしよう」

「あら、全部あげるわよ。あなたが倒したんだし」

「アリーナが敵の動き止めてくれたから、こちらは攻撃に集中できた。これは正当な報酬だよ」

「……」

「……」


 少しの間の後にアリーナは笑う。


「あははっ、どこかで聞いたセリフね。良いわ、半分こしましょう」

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