10「記者見習とは」

 その女性、ケイティはアランの正面の席に座る。


「あの~~、記者の手伝いって何をやればいいんですか?」

「そうねえ、アラン君は冒険者なのよね」

「はい。でも僕は弱い冒険者で、たいして稼げていませんが……」

「かまわないわ。実は今度、冒険者たちの特集記事を連載で組むことになったのよ」

「クエストを記事にするんですか?」

「そう。戦いだけでなく歴史やその意義とか、もっと広範囲で考えるの」


 アランにとってはクエストの意義などは報酬だけだった。


「はあ……」


 当然に間の抜けた返事しかできない。ケイティはその表情を察する。


「まあ、難しいことは考えないで。アラン君には色々な冒険者たち、パーティーなんかを取材して欲しいのよ」

「それなら僕にもできます」

「クエストに同行して見たことを、なるべく詳しくメモに取って欲しいの。編集長も言っていたけど客観的にね。色々な感想なんかの話も聞いて欲しいわ」

「分かりました」

「記事は私が書くから、そのメモを――それがネタなんだけど、見せてもらって話も聞かせてもらうわ」

「ネタと記事の違いは……」

「うん、実際に私がそのネタの記事を書いて、編集長がオーケーを出して新聞の紙面に載った場合が記事ね」


 アランは情報を反芻はんすうする。つまり色々な冒険者から話を聞いてメモを作り、それをケイティに渡せば五百Gになる。そして見事新聞に載れば更に千Gをもらえるのだ。


「今、編集長が私の取材メモを読んでいるわ。許可がでれば私が記事にする。ダメならボツネタね」


 つまり記事になるかどうかの最終判断はあの・・編集長が下すのだ。


「どんな話がウケるんですかね?」

「あはは、それは私にも分からないわ。記事にした後、読者の反応を見るのよ」

「反応ですか……」


 アランはウケるを編集長に――、と思っていたがケイティは読者と考えていた。どうやら編集長も、あくまで読者がどう考えるかで判断しているようだ。


「アラン君は普通の人は、冒険者のどんなところに興味があると思う?」

「うーん……、やっぱり稼ぎですかねえ?」

「ふふっ、そうねえ。そんな人もいるわね。お金のことをいつも考えている人ならそうかも。商売をしている人なんかね。そうでない人はどうかしら?」

「強い冒険者は凄いですよ。稼ぎも良いですし」


 アランはどうしても稼ぎのことを考えてしまう。


「普通の人よりも冒険者は絶対に強いわ。使い魔なんかをどうやって倒すのか、興味があるわねえ。もしかしたら稼ぎよりも、その源になる力の方に興味があるかもね」

「なるほど……」


 なんとなくだがアランにも意味は分かる。


「ただし今の読者層も偏っているのよ。お金の話なんかは、やっぱり読者の興味を引いているのよねえ。私は今『東スト』を買っていない読者にも訴えたいのよ」

「はあ……」

「それは編集長も了解してくれているわ。ただし、いざやってみて冒険者の話自体が全く受け入れられない場合もあるわ」

「えっ、その時はどうなるんですか?」

「打ち切りね」


 そしてそれはアランのクビを意味していた。なんとしても成功してほしい。グビはパーティーだけで勘弁してほしい。アランはせつに願う。


 部屋の中を見回せば、先ほど新聞を読んで暇つぶしをしていたように見えた編集長は、真剣にケイティのメモを読み何やら書き込んでいる。


 他の人も唸ったり、頭を抱えたりして記事を書いているようだ。


 人がいない机はたぶん外に出て取材をしているのだろう。


「ちよっと待っててね」


 ケイティは立ち上がり他の机に行って書類を持ってくる。小さなカードと共に差し出した。


「これはアラン君の身分証よ。そしてこれは名刺ね。取材先で求められた場合は身分証か名刺を出すと良いわ。相手の見る目も変わるしね」


 アランは厚い封筒から名刺を出す。そこには「冒険者・記者助手」アラン、と書かれていた。


 なんだか自分が一人前になったような、急に偉くなったようなで少し照れくさい。


 身分証にはすでにアランの名前が書いてあり、名刺も用意されていた。セルウィンズ卿が予め伝えていたのだろう。


「この○が付いている日の朝早くに、ここの一階に来れば新聞を卸してもらえるわ。次はこの日ね」


 とケイティは書類に書かれているカレンダーを指差す。アランの担当地区はいつも果物を売っている場所の近くだった。


「実は発売が間に合わない日も時々あるのよ。記事が間に合わなくて。それは私たちが悪いのだけど滅多にないわ。そんな時は翌日の発売ね」

「分かりました」


 皆、忙しく週に二回発行、四回の発売をこなしているようだ。アランが文句を言える筋合いの話ではない。


 続けてアランはケイティから色々と細かな説明を受けた。


   ◆


 夕方の市場に行き、いつものように箱の底にあった残り物のリンゴを捨て値で買う。果物類の入荷は順調のようだ。


 朝から売られていた固くなったパンを安く買い、スープの屋台に入り一番安いメニューを注文する。


 パンを食べ、スープをすすり、リンゴをかじりながら、アランは明日の予定を巡らせた。


 リンゴ=五G

 パン=五G

 スープ=二十G


 しめて三十Gの食事だった。ぬるい水を飲んでパンをかじってスープを飲む。


 今日は薬草採りを休んでしまった。今はお金があるが節約しなくてはならない。サンドフォード卿への返済もなるべく早くやらねば、とアランは考えた。


 お金の心配が頭から消えることはない。


 新聞売りは収入が計算できる。問題は取材だ。効率的に読者が面白いと思う話を聞きメモにする。


 アランは翌日回るアテを考えた。


 やはり最初はかつて在籍し追放されたパーティーへの密着取材だ、と思った。


 まだ時間は早い。クエストを終わらせたパーティーがミーティングと称する飲み会――反省会をしているしているはずだ。


 即行動だとばかりに、食事を終わらせたアランは立ち上がる。

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