08「アランの故郷」

 アランはここ最近稼いだ金を数えて握りしめる。今日は、ギルドの仕事は休もうと決めた。


 リンゴを売ってから、市場で朝食を済まし街の通りを西へと進む。


 途中、目を付けていたお菓子屋に入りちょっと高めのクッキーを山盛り買う。


 更に進むと深い森を背景に小さな教会が見えた。そこは街の捨て子だったアランが育った場所、故郷であった。


 アランが子供のころは食うや食わずの経営だったが、最近では街の支援も充実して孤児たちの暮らしぶりも改善されている。


「こんにちはーー」


 小さな聖堂は、この時間はガランとして人気はない。


 左右の壁にはこの世界の成り立ちと、人間と悪魔の戦いを伝える絵画が飾られている。


 一番端の絵には空を舞うアランが小さく描かれ、振り下ろされた巨大な光の剣が蠢く蝿の軍団を大地ごと引き裂いている場面が描かれていた。


 アランの実体験とは少々異なる情景だ。


「久しぶりだなあ……」


 おごそかな空間は子供のころに隠れんぼ、などして遊んだ懐かしい場所だった。


 アランはステンドグラスを背景に立つ、神の彫像の前に歩み寄る。


 それは大天使ミカエルの姿だった。


「いつもお世話になってます」


 アランは跪き両手を組んで目を瞑る。


「久しぶりに悪魔に会いました……」


 ここで祈っても神の元へ願いが届くことはないが、アランはこの街の人たちがやっているように祈らずにはいられない。


「どうか教会を、街を、皆を守る力を僕にお貸し下さい」


 問題があれば担当天使に伝えているので、大事ならばそれなりの神様にも伝わっているはずだ。


「こんな時間に誰ですか?」


 久しぶりに聞く声に、アランは立ち上がり振り向く。そこにはシスターソニアがいた。


「まあ、アラン。久しぶりね」

「うん!」


 笑顔の少女にアランも笑顔で返す。



 二人は教会の聖堂を出て、裏手に併設されている孤児院区画へと向かった。


「最近はどう? 仕事は上手くいってるのかしら?」

「相変わらずさ。でも今度、新聞の仕事をするんだ」

「まあ! ここに来る信者さんは皆、読んでいるみたいね。私も時々読むわ」

「これ、クッキーを買ってきたよ」


 アランはお土産の入った袋を見せる。


「ありがとう。子供たちも喜ぶわ」


 ソニアもまたアランと同時期に、この教会に捨てられた。共に幼少期を兄弟のように育った。


 アランは街に出て冒険者を目指し、ソニアは神に仕える道を目指しながら、孤児院の仕事を手伝っている。


 この街には大きな中央教会があり大多数の信者はそこを利用する。


 そして郊外の村々にはこのような小さな教会があり、村人たちの生活に密着していた。



 玄関先ではここの責任者が来客を見送っていた。姿から見て、相手はこの地域を治める貴族の使者らしい。


「支援金を増額してくれる話よ。こちらは十分なので、他の村の教会に回して欲しい、って話し合いなの」

「マザーらしいや」


 それぞれの地域の貴族によって、教会活動への理解度は違った。


 ここの責任者は、寄付は一括して集めて、規模に応じて小さな教会に分配する提案を各所にしているのだ。ここの教会に潤沢な寄付が集まり始めてからのことだった。


 その提案者、この孤児院の院長にして教会の聖母、マザークラリスンが二人に気が付く。


 この街でアランの素性を知っている人間は、このマザーと聖使徒のシスターソニア、そして監視者の三人だけだ。

アランとマザーは互いに抱擁を交わす。


「ご無沙汰しております。マザークラリスン」

「まあまあ、元気そうねえ。冒険者のアラン」


 訪れたのは前回追放を食らって以来だから三カ月ぶりだった。


「アランがクッキーを持ってきてくれましたから、頂きましょう。お茶を入れますわ」

「それではダイニングに行きましょうか」


 アランたち三人は玄関先から移動する。子供たちは村の学校へ行き建物の中はシンとしていた。


 ソニアがお茶を用意するあいだ、アランはマザーにクエストやリンゴ売りの話などをする。


 ほどなくして皿に乗せられたらクッキーとお茶が運ばれた。


「相変わらずなかなか仕事は上手くいかないのですね」

「はい、でも運が向いてきました」


 アランは心配を掛けないためにも、努めて楽観的に新聞社の話をした。


「それは良かったわ。頑張りなさいな」

「はい」

「でも、よく新聞社の仕事なんてできたわね?」


 ソニアはアランの顔を覗き込む。


「うん、仕事は王都から来た世話人の貴族が、色々と気にかけてくれるんだ。問題は別にある」


 今日この場所を訪ねた目的、アランは三人の魔族たちを倒した話をした。


「私の知る限りこの街の周辺で魔結界が張られたのは、もう十五年以上も前の出来事です」


 確かに昔から平和な街であった。それはアランの記憶が定かでないころの話だった。


「あなたが王都に行っていた間もここでは何も起きなかったしね」

「そうかあ、やっぱり僕を狙っているんだなあ。あいつらベルゼブブの配下だったし。ただ……」

「竜族はなぜいたのかしら?」

「うん、あいつが魔結界を張ったんだ。戦いには参加しなかったけどね」

「何か他に目的があるのね……」

「うん……、分からないなあ」


 アランとソニアは難しい顔で考え込む。


「中央教会の神父様に報告しましょう。誰かが神の啓示を受けているかもしれないし……」

「頼みます」

「そんな噂を聞いたと話してみますね」


 アランが神の加護を受けていることは教会の人間にも秘密だ。


 そして神の啓示を受ける者が教会の誰なのか? アランにもそれは秘密だった。


 この街で悪魔と直接戦う人間の正体を知っている者は、互いに限られている。


「そう言えば吸血王が色々とやっているみたいだね。大丈夫?」

「ええ、このあいだ私も一人浄化したわ。アランは使い魔との戦いを頑張って」

「分かった」


 シスターが浄化できるのは吸血の使徒程度までだ。更に上位の吸血鬼が現れた場合は、アランが神の力を発動させ対決するのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る