06「神と人間の敵」
薬草の穴場へと向かっていたアランは空を見上げた。
異様に黒い、少し紫がかった雲のような塊が広がり、辺りは薄暗い闇に包まれ始める。
「魔結界か――、こんな所で?」
それは魔族出現の兆候だった。
一年以上前、ベルゼブブとの決戦を前にして、アランはこの異空間で何度も戦い魔族の戦士を打ち倒してきたのだ。
周囲の木々がまだらに消え始め、アランは人間界とは隔絶された荒野に立つ。神とも悪魔の世界とも言えない狭間のような場所だ、とアランは理解していた。
正面に小人のような魔族が現われ、それはこちらに迫るように拡大した。更に両脇に二体。相手は悪魔族の三体組だった。それも一見してベルゼブブの配下だと分かる。
「このガキが
「人違いじゃないのか?」
右の一体が言い左の一体も続いた。
オヤジとはベルセルブブのことだろう。トップの愛称みたいなもので血縁関係があるわけではない。
悪魔には妙に人間くさい一面がある。
「間違いない。この子供だ」
そう言うのは中央に立つ、顔が人間に近く胸に蝿の頭部が張り付いている上位種だ。
「ここで倒しちまおうぜ」
「楽勝だろ」
両脇の二体は頭部がまだ蝿のままだ。力が弱いのだろう。悪魔進化の途中のようだ。
この三体は魔兵と呼ばれる程度の存在だ。
「魔結界の中で他の人間の力は借りれんが――」
アランがベルゼブブと蝿の軍団を撃退できたのは、彼らが地上に進行してきたからだ。
人間の世界では大勢の人の意思を神の力として行使できる。
この空間ではあの時のように戦えないのは事実だった。
しかしアランが神の加護を受けて、強力な力を持つことに変わりはない。
「囲んでやっちまおうぜ」
「おうっ!」
人大の蝿の頭部を持つ、気味悪い下位種の二体はそう言って左右に移動する。
アランは胸のペンダントに手を当てた。
魔族と対峙した時、自らの意思とその脅威の度合いにより一時封印は解かれ、アランは神のごとき力を発揮できるのだ。
ペンダントの様子を確認する。結論は行使だ。アランがこの力を使って戦うのは久しぶりだった。
「さて……と」
蝿たちが剣を抜き、アランもそれにならう。囲まれたアランに三方から紫の稲妻が襲いかかった。
そして剣を構えたアランの周囲に
続けてその稲妻は湾曲し上からの落雷と化すが、
「くそっ! 小僧めがっ!!」
人間の姿に近い蝿の魔兵は悪態をつき攻撃の力を上げるが、アランの顔色は特に変わらない。
「よしっ!」
そう言って剣を高く掲げると
それは一瞬で巨大化し
蝿の頭部の二体は消滅し、人間に近い姿の一体は断ち切られた首から下が消え、頭部だけが空中に浮かんだ。
「ちょっと条件が有利になったからって、下っ端が神の力に勝てる訳ないのに――な」
静寂の異空間に浮かぶ悪魔の首に、アランは剣を携えたまま歩み寄る。
「何が目的で僕を襲った?」
「貴様は我らが蝿の仇敵。それ以外の目的などあろうか?」
「そうだね……。勝てると思ったの?」
「我らで神の力にか? そこまで思い上がってはいない」
「じゃあ何で……」
「……」
無言のまま蝿の魔兵の首は消え去った。
空間の上が裂け青い空が見え始める。魔族がいなくなった魔結界は自然に解消されるのだ。
「この三人が魔結界を作った? いや……」
ありえない、とアランは思う。これはもっと上位の悪魔でなくては作れない。この三人の力は下位クラスだった。
正常な景色に戻り、アランは周囲を見回す。まだ魔の脅威を感じていたからだ。
それがこの一件の本命だと思った。
「あれか……」
森の先に威厳のある、二本の角が生えた魔族が立っていた。
「竜族が蝿の軍団と一緒に?」
立派な角は竜の証だ。どうやらこの竜族の魔が結界を張っていたようだ。そしてあの三体を焚き付けた。
そして一体は勝てぬと分かったまま、アラン襲撃に参加した。
切れ込みの入ったフードに隠れて表情は読み取れない。ただ見える口元の両端があざ笑う嘲笑うかのようにように歪んでいる。
そして竜族は小人のように小さくなって消えた。
「ふう……」
魔族の気配も完全に消えて息をついた。アランにしても先の見えない、むやみな戦いは望まない。
「僕の戦いぶりを見たかったのかな?」
今日の薬草採取の報酬は余計な時間を使ってしまったおかげで、いつもより少なく二百
「あいつら~っ、とんだ営業妨害だったな……」
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