05「監視者からの呼出し」
翌朝、リンゴ売りの仕事を終わらせてから、アランは街外れの古びた屋敷を訪ねる。
既にお馴染みになった執事に指示を受けて、植木の
もう何度となくこの屋敷で繰り返してきた作業で、要領はよく分かっている。
昼時は昼食がでる食事付の仕事が嬉しい。貧乏暮らしのアランにとってはこんな屋敷のまかないは御馳走だった。
「うん、なかなか良い感じだ」
夕刻も近くなり作業は終わった。今回が一番上手く出来た、と庭を見回しアランは満足げに頷く。
そして今日もこれからが本番だった。執事に仕事の終了を告げると屋敷の中へと促される。
ホールを抜け二階に上がり、一番奥の部屋の扉をノックすると返事が聞こえた。少し緊張しつつ扉を開ける。
中でアランを待っていたのは、年の頃は四十代中頃の紳士だ。この貴族はアランと同時期に王都からこの街へとやって来た。
ここは彼の出身地域でもあり、帰って来たとも言える。この場所も昔からの領地だ。
名前はエルドレッド・シー・セルウィンズ卿。
王都から来たアランの世話人、後見人などと思えなくもないが、その正式な仕事は監視者であった。
二人はソファーに座り対峙する。
「またパーティーをクビになったそうですね。これで五度目だ」
「まあ……そうですね」
なんだか責められているようで、アランは口ごもる。
「勇者が果物売りですか……」
「僕は十六歳です。そんな子供は、この街には大勢いますよ!」
「しかし状況は最悪だ……」
「ぐっ!」
アランはまたしても口ごもる。
これからの生活にメドも立たなければ、将来の展望も見えない現状。生活は厳しかった。
「新聞売りはどうですか?」
「えっ?」
アランも果物を売りながら新聞を売りたいと思っていたが――。
「やりたいけど、とても無理です……」
それは誰でも簡単に参入できる仕事ではなかった。今時、とにかく人気がある商売なのだ。
この街では、新聞は大勢の人々が支持している娯楽だった。
「高齢で引退する新聞売りがいて、空きができます」
「僕がそこに入れるんですか?!」
「はい、今より少しは稼げるようになるでしょう」
「たっ、助かります」
アランは思わず立ち上がり、頭を下げた。
「まあ、座って下さい」
新聞の利益もあるし、一緒に果物を買ってくれる場合が多い。売り上げは期待できる。
「ただし条件があります。記者の手伝いとして取材もしてもらうそうです」
「記者の手伝い? ですか……」
「もちろん、そちらの報酬もでますよ」
要は雑用係のようなものかとアランは勝手に納得する。
「ぜひ! 僕にもできることならやってみたいです」
「よろしい。手配しましょう」
セルウィンズ卿は大きく頷いた。
今までも貴族の邸宅の門番や、特別な護衛任務などを紹介されたが、アランは全て断っていた。
いかにもコネを使っているように思えたからだ。
ギルドのクエストのように自身の力と能力で稼ぎたい! アランのささやかな夢だ。
「冒険者も続けます」
「お金や仕事ならいくらでも御用意しますよ」
「それじゃあ、ダメなんです。皆が生きているのと同じように、僕もそう生きたいんです」
「やれやれ……。あくまで冒険者にこだわるのですね」
セルウィンズ卿は溜息をつく。
「昔からの憧れだったものですから……」
これはわがままと言えなくもないが、自分で選んだ道だからと、アランは改めて自分に言い聞かせた。
「王都から冒険者を一人呼びましょう。アテがありますから」
「はっ?」
アランは首を傾げる。話が見えなかった。
「彼女と組んでパーティーを結成して下さい。魔法使いです。なかなかの実力者ですから、二人でもそれなりに稼げるでしょう」
「ありがたい話ですが、僕は自分の力で……」
セルウィンズ卿は露骨に難しい顔になった。
「いいかげんにして下さい。家賃の支払いはどうするんですか? 今だって生活はギリギリでしょうに……」
「うっうっ……」
その通りでアランのサイフの中は年中お寒い限りだ。
「それに生活が立ちゆかなくなれば、王都はあなたに疑念を持ちますよ」
「疑念?」
これもまた、アランには読めなかった。自分の貧乏の何が問題なのか分からない。
「上手くいかないことを、王政に責任を転嫁するのでは? とかですかねえ……」
「まさかあ、そんなのあり得ませんよ。大変な誤解です!」
アランは両手をブルブルと振って否定する。それではまるでクーデター予備軍指定だ。
「あなたのことを詳しく知らない有力な貴族も多いのですよ。悪魔の王を退けた強力な力を持つ者が一介の冒険者をやっているなど、脅威以外の何者でもないのです!」
「はあ……」
ピンとこなかったが、貴族の世界、政治とはそんなものかと納得する。
アランは一年前の討伐報奨として貴族の称号を頂戴しいていた。大袈裟な、サンドフォード・リース・アランドルフ辺境伯なる名前をもらっている。
しかし、領地や報奨金のたぐいは断固拒否したのだ。
本人はただ今までと同じく生きたい、とのごく普通の感覚と思っていたが、それを理解できていない有力貴族も大勢いるのだろう。
「当面の金です」
卿は懐から金が入っているであろう、小さな革袋をテーブルの上に置く。
「いや、だから……僕は……」
セルウィンズ卿はやれやれといった感じで首を横に振った。
「お貸しするのですよ。稼いだらキッチリと返済してもらいますから」
「それなら――、助かります」
「まったく……」
これで家賃が払えると、アランは内心ではホッとする。セルウィンズ卿はあきれ顔だ。
この世界で力は権力でもある。
あえて貧乏苦労を選んだアランを権力者たちは持て余しているのだ。
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