03「アリーナという少女」

 今日も朝からアランは路上に立ち声を上げていた。


「あっ……」

「リンゴを下さい」


 ウエーブの掛かった長い銀髪を馬の尻尾のように後で結んだ姿。同じく銀のまつげに大きなエメラルド色の瞳。性格はキツいが可愛らしい顔つき。


 その客はアリーナだった。アランはリンゴを一つ手渡し、料金を受け取る。


「ありがとうございます……」


 客相手ではあるが、アランはつい仏頂面で対応してしまう。


「ありがとう。ちょっと話があるのよ」

「まだ仕事中だよ」

「終わるまで待つわ……」


 アリーナは少し離れてから、建物にもたれかかって石畳の上にしゃがみ込んだ。リンゴをかじり始める。



「ふう……」


 最後のリンゴが無事に売れて、アランは息をついた。いつまでも商品がハケない無様な姿を見られないでホッとする。


 空の袋を畳んでポケットに突っ込みアリーナに歩み寄った。


「一人でどうしたの?」

「今日はパーティーでの活動はお休み、休日よ。暇なら付き合ってくれないかしら?」

「何?」

「常設クエストで魔法の訓練よ。手伝って欲しいの」


 アリーナはこの歳でかなりの戦闘力がある。それは日々の努力のたまものなのだ。


「洞窟で小物の使い魔が増えているようなのよ」

「僕で良いの?」

「もちろんよ。だから声を掛けたんだから」


 冒険者として働けるのなら、アランとしても断る理由はない。



 二人で森の小道を歩く。アランは服の上に出ていたペンダントに気が付いて、それを中に入れた。


「ふ~ん、似合わないペンダントなんて付けているのね。男の子のくせに」

「これは僕が教会に捨てられていた時に、一緒に置かれていた物なんだ」


 チラリとこちらを見たアリーナが言い、アランは説明した。別段、隠していることではない。


「……ごめんなさい……」


 それは教会の権威を示す十字架に、一匹の竜が絡んでいる意匠いしょうだった。


「いいよ。事情を知らなかったんだし」


 これは本当のことだった。それは、昔はただのお守りだったが今はアランの力を制御している。


 アランが一番大切にするものが、封印の神器とされたのだ。


 素直に反省するアリーナには好感が持てる。


「それと……、パーティーでの一件はごめんなさい」

「別にもういいよ。今更……」


 アランは今でも釈然としないが、ここで何か言うのは我慢した。


「人には言っていないけど私の透視鑑定ビジョンチェックはかなりの力なの」

「そう……」


 それは人の潜在能力を探る魔導技マジックスキルだった。


 自分の前衛を務める相手を鑑定チェックするのは不自然ではない。命を預けるのだから当然とも言えた。


「だからあなたに才能がないと、よく分かってしまったのよ」


 そんなことはアラン自身が一番よく分かっている。


 神の封印は完璧だ。アリーナはさぞやアランのことを役立たずのお荷物、と思っていたに違いない。


「もういいよ……」



 アランは改めてアリーナの姿をよく見た。彼女の使う魔導具マジックギアは独特だ。


 右肩が露出され、上腕の金属装甲は湾曲したドラゴンの鱗のように重なっている。


 腕には同じくドラゴンの口が開き、まるでその中から彼女の腕が生えているようだ。


「何?」

「いや……」


 アランの視線に気がついたアリーナが問う。目が合ってアランの視線は中をさ迷った。


「クエストの時もよく見てたわね」

「僕も冒険者・・・だし――、興味はあるよ」


 アランは無意識に冒険者の部分を強調してしまう。


 アリーナの力を存分に引き出すこの魔導具マジックギアは、かなりの一品だとアランは思っていた。


「代々私の一族に伝わる導具なのよ。母も祖母もこれを使って使い魔たちと戦った。幼いころから使い方を叩き込まれたわ」


 それならば納得がいくと、アランは頷いた。



「あなたはどうして弱いのに前へ前へと行くの?」


 少し間を置いてからアリーナは話題を変える。弱いとはっきりと言うのは彼女の性格だ。


「そりゃー、僕は剣士だし前衛だし……」


 アリーナはため息をつく。


「パーティーが求めているのは、力に見合った勤めをする前衛なのよ」


 アランの力は封印されているが、それは命に危機が及べば自動的に解除される。かつ、意志とは無関係にその身を守る。


 肉体自体が加護を受けているので、アラン自身が神物の扱いになっているのだ。


 命の危険はない。だから無意識のうちに前に前にと出てしまう。


 働いている場を見せなければ、アピールしなければまたクビになる――、と体が動いてしまっていたのだ。


 そしてアリーナは無謀な前進をするアランを怒鳴り散らしていた。


「私、最初に入ったパーティーで、そんな戦いをしていた仲間を亡くしたのよ」

「死んだの?」

「そう、冒険者の死は珍しくはないけどね……」


 アリーナはそう言ってうつむいた。


 自分の担当している前衛が目の前で死ぬ。そんな戦いを、アリーナは最初のパーティーで体験していたのだ。


「結局パーティーは解散したわ。引退した人もいた」


 自分は死ぬことはないが、それ故の戦いぶりが彼女に心配をかけていた。アランはそれを今更に知った。


「悪かった……」

「いいのよ。初心者なんだし」


 それが、アリーナが自分に厳しくあたった理由だ。


 アランは今やっとそれ・・が何かと分かった。

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