02「食うためには仕事」

 この世界は悪魔の浸食に、人間が剣と魔法で戦い生きる世界。


 神がほんの少しだけ、人間に手助けをする世界。


 この世界で神の如き力を授かり、人の宿敵である悪魔の王を退けた。


 人として生きるため強大な力を封印し、それ故に人としての成長が止まった理不尽。


 恨んだこともあったが今は違った。


 この世界では力を持たない人間が、圧倒的な多数を占めていたから。


 だからこのまま、大勢の人たちと同じような、この力のまま足掻き生きようと決めた。


   ◆



 朝、安い木造フラットの部屋からまだ薄暗い街に出る。


 そこは冒険者登録か働き口の紹介状があれば、月単位で借りられる部屋だった。


 この区画は市場や港の労働者が大勢暮らす、安く暮らせる地域だ。底辺的な地域とも言えた。


 一応、道は簡易な石の舗装がなされ、下水も完備されている。


 アランは人もまばらな通りを足早に歩き、西の市場に行き新鮮な果物を物色した。


 今は北方からリンゴが多く入荷する季節だ。


 そして港に向かう労働者が大勢歩く路上に立つ。


「いらっしゃーい。新鮮な果物はいかがですかあ? 今日は新鮮なリンゴでーす」


 足元にはリンゴが入った袋と値段を書いた紙を置き、仕事に向かう人波に向かって声を上げる。


 しかし客の反応はかんばしくない。


 これは想定内だった。この時間にこの場所で売れるリンゴはせいぜい二十個なのだ。


 街の繁華街は縄張りなどがあり、アランが割り込めるのは早朝に二時間ほど売れるここだけだった。


 これで二百ジーの利益だ。


 金貨のゴールドから取ってGが通貨の単位となっている。



 王都から離れている東方最大の都市、クリヤーノは国境貿易などで栄えていた。


 リンゴ売りが終わり、アランは薬草採取のため森の奥深くへと入る。ギルドの常設クエストだ。



 白い大きな塊の雲が空をゆっくりと移動している。


 小鳥の群れが踊るように一回転して、彼方に駆け去って行く。


 緑の風が作り出すリズムのような地面のきらめきを、少年は一歩一歩踏みしめながら力強く進んだ。



 遠くに行けば行くほど薬草は多く採れるが、森の中で宵闇を迎えるわけにはいかない。


 アランは太陽の高さを睨みながら、あまり人が行かない自生地を目指す。


 使い魔たちの気配を探りながら、記憶を頼りにお目当ての場所を探した。


 当たりを付けていた場所には多くの薬草が生い茂っている。


「良かった……」


 この場所は、まだ他の冒険者たちには見つかっていないようだ。


 いくつもの、自分だけの秘密の穴場を確保する。冒険者としての必要な能力の一つだった。


 薬草を採取しながらも、アランは周囲を警戒する。


 使い魔とは、その名の通り魔族が使役する魔の一種だ。森の動物に取り付いたり、擬態したりする悪魔の使いは人間を攻撃する。


 アランたち冒険者が狙う獲物でもあり、稼ぎの元でもあった。



 夕方、薬草の束を詰め込んだバッグを背負って冒険者ギルドに顔を出す。


 最初は裏手の採取受取窓口に行く。ここで様々な薬草の重さを量り、買い取ってくれるのだ。


 次に建物の正面に回って中に入る。


 昨日アランがクビを言い渡された待合の右には報酬の窓口があり、アランは伝票を差し出す。


 三百ジーになった。


 続いてアランは連絡用の窓口に向かう。


「アラン、来てるわよ」

「ありがとうございます」


 受付嬢のティルシーはいつもと同じ可愛らしい笑顔で言う。


 冒険者登録と同じ時期にギルドで働き始めたので、アランは何となく仲間意識を持ってしまっていた。


「いつもの人。お得意さんね」

「庭仕事なんです」


 直接の指名依頼など、冒険者宛のメールがギルドには届けられる。


「そう、頑張ってね。使い魔を退治するだけが冒険者の仕事じゃないしね」


 ティルシー嬢はアランが昨日クビを宣告される場面を見ていたのか、励ますように言った。


「はいっ!」


 アランは元気よく返事をした。戦い以外のクエストは多種多様だ。


 そのメールには「明後日いつもの時間に来られたし」と書かれていた。


 まかないの昼食付の庭仕事。一日五百Gもくれる上客だった。

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