第40話


開戦宣言のんさせた、当日。

その日は見事な、快晴だった。

「さぁ、行きましょう。メルバ、ベイルさん」

私はメルバと、共に乗るベイルさんに声をかけてメルバに跨ると、メルバはファサっと翼を生やすと、一蹴りで天へと駆け上がっている。

メルバは正確に言うと、天虎というものらしい。

翼を持った虎で、空を駆けることの出来る、唯一の聖獣として、この世界アジェンダで有名な伝説の生き物だった。


そんな生き物の背に乗る人なんて、そうそう居ないだろう。

この状態で、戦場に現れるだけで一気に戦局は動くと予測していた。

そして、敵陣上空に差し掛かった時、それは間違いないと悟った。


下からは、戦く声がこだました。

「伝説の天虎が現れた! この戦は間違いだ! 撤退せよ!」


そう叫んでいたのは、南のシェーナの人々。

きっと彼らは、西の国に色々聞かされて参戦したのだろうが、天虎が現れれば、間違っていたことに気づいたんだろう。

「天は、この戦いに我らの間違いを指摘なさっておる!」


メルバの姿は、それだけこの世界では神とも取れるものなのだろう。

メルバに聞くと、聖獣という生き物はこの世にメルバを含めて四体しか居ないのだという。

他のものは、あまり人を好まないので、姿が人に知られているのは自分なのだと言っていた。

「西の国と、南の国の者達よ。今去るならば、許そう。まだ、戦うと言うならば、この聖獣と黒の乙女が相手である!」


私は、メルバの背から、高らかに伝える。

その声はサリーンの力を借りて、風を伝い、敵陣の隅々まで伝わっていく。

「な、黒の乙女がこの戦場に?!」

私の声が響くと、西の以前の戦いにいたのであろう兵士たちからはどよめきが走り、一気に陣営は形を崩していく。

「俺は、まだ死にたくない!」

「あの、イカヅチに、聖獣様。イベルダには神の加護があるんだ!手出ししてはならぬ!」

そう言うと、一般の兵は次々と持ち場を離れて、敗走して行く。

南の陣営もどちらかと言うと、神には信奉があるらしく、メルバの姿だけでかなりの陣営が崩されていた。


そんな戦況に、西と南の指揮官達は困惑を隠せないが、南の指揮官はいち早く撤退を決めたようで、指示が出された。

「これは、精霊王や神に逆らうものであった。これは国の存続に関わる。戦ってはならぬ。撤退だ!」

南の指揮官は、戦況をしっかり読める人だったようで、今状況では立て直しの厳しいことを把握して、撤退をいち早く決めた。

その様子に、なかなか次の行動が決まらなかったのが西だった。

彼らはやはり、この地がなかなか諦めきれなかったようで、行動が遅かった。

そこをメルバは逃さない。

一気に指揮官の陣営テントに風を巻き起こし、眠り粉で包囲して、指揮官を昏睡させた。

指揮系統が消失したことで、西の一般兵は戦況が把握できないが、命は惜しいので、各々で各々で撤退して行った。

「聖獣様のお姿の威力は、流石としか言い様がありませんね」


こちらの陣営が全く動かずして、敵陣の八割が撤退していく様子に、ベイルさんが呟く。

「それが狙いだもの。ねぇ、メルバ。彼らはそのまま風のベッドで運んでしまいましょう」

そんな私の提案に、メルバはひとつ頷くとサッと風の球体を浮かしてしまう。

指揮官の側に居た、伝令はその様子にとうとう腰を抜かしてしまったようだ。

「では、君が自国に伝えてください。指揮官はお預かりします。戦は、勝てぬものでしたと西の王にお伝え下さいね」


そう、言って私はメルバとベイルさんと共にこの敵陣を立ち去った。

開戦宣言時刻から、わずか一刻での戦況終結は、今後イベルダの史上に黒の乙女で癒しの姫として呼ばれたと記録される私の、最高の功績として、残ることになった。

無血の勝利と名高いこの戦は、後に聖獣と乙女の奇跡と呼ばれることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る