第36話 新たな二つ名とともに、戦いの最中へ


王太子様の暗殺未遂事件は、瞬く間に王宮や世間に広まり、それを救ったのは話題の黒の乙女だったことも広まった。

また、毒物にも迅速に対応して治癒したことから、「癒し姫」という新たな二つ名がついた。

癒しの術が上手くいっていることも大きく、学園や騎士団の鍛錬場で度々ケガ人に治癒をしていたために、黒の乙女より段々と癒し姫の二つ名の方が定着してきた。

そんな頃、とうとう南と西から戦を仕掛ける宣誓書が送られてきて、戦争が避けられない事態になってきてしまった。

イベルダにも四季があり、私が来た春から数ヶ月が経ち、季節は夏の終わりになっていた。

「戦は西の国との国境でか……」

西の国境は私が転移してきた時に、初めていた村の近く。

私にとって記憶に残る土地だ。

西の国境砦も、辺境騎士団の面々も元気だろうか。

この前の戦からまだ回復し切っていないだろうに、またそこで争うことになるとは。

私はあの砦にいた人々を思い出して、どうしたものかと思っていた頃、再び王宮への召集令状が私の元にやってきたのだった。

私は、シャロンさんを連れて王宮へとやってきた。

宣誓書が届き戦の準備が進んでるからか、前回の王太子様暗殺未遂の時以上に、王宮はピリピリとした空気になっていて、気分が重くなる。


今回の召集令状の意味合いは、なんとなく察しているけれど。

私を見かけると、皆ハッとした顔をするから、謁見の間に着く頃には予測は確信に変わってしまった。

謁見の間に入ると、元気になった王太子様、国王陛下と王妃様に王女様、その後ろに警備でクリストフさんにベイルさん。

宰相のベイルさんのお兄さんも居た。


ここに入ったのは私一人。

謁見の間で前回と同じ位置に止まり、淑女の礼を取る。

すると、直ぐに陛下から声がかかった。


「顔を上げよ。此度は礼が遅くなり、申し訳ない。先日は王太子をよくぞ救ってくださった。どうも、ありがとう」

言葉と共に頭を下げられて、私がギョッとしてしまう。

「頭をお上げください、陛下。私は、私に出来る最善のことをしたまでです」

私の言葉に深く頷くと、陛下は腰を落ち着け、指示を出すと私の背後にも椅子が用意された。

どうやら話は長くなるようで、陛下にも告げられた。

「此度は、話すことが多い。黒の乙女、いや癒し姫の方が今は通りが良いな。癒し姫、ユウ様もお座り下さい」


促され、私は準備された椅子に腰掛けた。

座ると、少しの間をもって、陛下が話し始めた。

「此度、西のアビエダと南のシェーナの二カ国が同時に戦を仕掛ける宣誓書が送られてきた。西の砦にて、一週間後に開戦だ。そこで、癒しの姫たるユウ様には、この戦の砦へと行っていただきたいのだ」


そうだろうなと思っていた、その提案がなされたことに複雑ながらも、納得して私は頷いた。

「はい、もちろん。此度の戦はこの前よりも厳しいものになることは、予測がつきますので。ですから私は、元から西の砦に赴く所存でありました」


西の砦には、私を始まりの村に迎えに来てくれた辺境騎士団の騎士が居て、その周辺に住む住人達は、私を暖かく迎えてくれて、子どもたちとは同じ毛布にくるまって寝たのだ。

そんな過ごし方をした人々のいる地に、再び他国の手が伸びようとしている。

それを知っていて、私には戦う力も、傷を癒す力もあるのに戦の前線に行かないなんて選択肢は、私にはなかったのだ。

自ら赴く気でいることを、お願いされるのも、おかしなことだなと思いつつも、私は元から行く気であったので、すんなり了承したのだった。

あまりにも、あっさりと承諾したので、王族の面々と宰相のガルムさんは驚いた顔をするが、警備で居たベイルさんとクリストフさんは、予測できていたらしく驚いてはいなかったが、顔はしかめられていた。

「良いのか? 戦の最前線とは命の保証がないのだぞ?」

国王陛下は、あまりにもすぐの承諾に私に危機感がないと思ったらしい。

「そうです。最前線はそういう場所です。だから私はその近くに暮らす人々を守り、癒すために行くのです」

キッパリと言い切る私に、王族と宰相閣下は私を見つめて動けない。

そこに、私は自分の素直な気持ちを、素直に言葉にした。

「西の砦の人々は、わけも分からず、見ず知らずの私が現れて、助けられたとはいえ他人にも関わらず、暖かな毛布と、そこにあるもので一番いい食事を私に与えてくれたのです」






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