第29話


だから、婚約を知るのは身内のみだったのだ。

しかし、学園生活に私が困るレベルに陥ったことで、公表を早めることにしたようだ。

これで、少しは落ち着くと良いんだけど……。

思考が落ち着くと、今度は腰を支えられて密着したこのベイルさんとの距離感に落ち着かない。

だが、ここは婚約者が困った私を守りに来てくれた、いい場面である。

ここをしっかり活用しないと、後が大変になってしまう。

平和な学園ライフを送るためにも今、ここが正念場なのだ。

私は、心の中で唱えて気持ちを切り替えた。(私は女優! 私は女優!)


そうして、私はキュッとベイルさんの胸元を掴むとそこに身を寄せて、困っていたことを訴えるように瞳を潤ませて言った。


「ベイル様。心配をお掛けしてしまい、申し訳ありません。まだ、周囲への発表もしておらず、婚約者がいることを言っていいのか分からずで……」

グスっとちょっと涙をこらえる仕草と、音を立てて、ギュッとベイルさんに甘えるように身を寄せた。


「あぁ、ユウ様。気遣わせてしまっていたのですね。言ったでしょう? なにかあったら、すぐにでも仰って下さいと。私はあなたの婚約者なのですから」


言葉と共に、私の頬に手を添えてくれるベイルさんの、愛おしいものを慈しむ表情はかなりの美しさで、私の心臓がオーバーヒートしそう。

仮の婚約者で、困っているから助けに来てくれただけに違いないのに、こんな面倒に巻き込んだのに。

そう思っても、ベイルさんの表情がすごく新鮮で、私のドキドキが止まらないのだ。

見つめ合う姿が、どうか本当に愛し合う婚約者同士に見えますように。

そう思いつつ、私は言った。

「えぇ、ベイル様はそう言ってくださったけれど、お忙しいベイル様を煩わせてはと思って……」

ベイルさんはキュッと眉間にシワを寄せて、申し訳なさそうな、そんな顔をして言った。

「ユウ様。私は確かに忙しい身ではありますが、愛しい貴女が困っていて助けに来ないような、薄情な婚約者ではありませんよ」


労る手つきに、頬を撫でる手に私は甘えてしまう。

この手に私は、頼ってしまう。

温かく、優しいこの手に、あなたに……。


「えぇ、今は困ったと思ってすぐご相談しなかったことを反省いたしました。来てくださって、とても嬉しく思います」


私は、ありったけ気持ちがこもったように見えろと、柔らかく微笑んだ。

そんな私を見て、ベイルさんはちょっと息を飲んだあと、表情を引き締めて四人の令息たちに言った。


「来週正式発表がありますが、ユウ様は間違いなく私の婚約者ですので、どうかお引取りをお願いしますね?」


ベイルさんの言葉に、四人は頷くとトボトボと魔法科の教室から立ち去って行った。

「ユウ様、これで大丈夫でしょう。騎士科に顔を出してきます。その後、今日はうちの馬車で送りますので、一緒に帰りましょうね?」


ベイルさんの柔らかな笑みに、私の心臓はまたドキッと高鳴った。


「はい。お待ちしております」

私の返事に、嬉しそうに微笑むと、また私の手の甲に口付けを落として、別れを惜しむように数度振り返ったあとで、騎士科の方に歩いて行った。


その後、午後の授業を一時間程受けて、帰り支度をすると教室に迎えに来たベイルさんにエスコートされて、公爵家の馬車でミレイド家へと帰るのだった。

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