第7話 西の砦 イベルダの現状

夜の間、ずっと馬で駆け続けてたどり着いた西の砦は、私自身が現実で直面したこともないほどの惨状だった。

騎士達は汚れ、傷つき、なんとか砦を死守しているような状態。

この付近の住人も砦に避難してきてるのか、子ども達は片隅で大人しくしているし、動ける男達は騎士に加勢し傷を負い、女の人達は煮炊きをしつつ、怪我人の傷の手当に奔走していた。

埃と、汗と、血の匂いに混じって煮炊きの匂い。

とっても複雑だが、ここの人々がとてつもなく疲弊し、弱っているのは分かった。

昔、歴史の教科書で見た戦争の写真。

それが現実として、自分の目の前に突きつけられた。

立ち尽くす私に、ジェラルドさんが言った。

「申し訳ありません。まず、一番の重傷者をあなたには、癒していただきたいのです!援護に来てくださった王国騎士団の団長が、街の子どもを庇い重症なのです……」


険しい表情から、その団長さんがかなり不味いことを理解して、私が頷いたのを見て、ジェラルドさんは私を砦の中に案内した。


砦の中にも、沢山の負傷者がいた。

どの人も結構な傷で、私は戸惑うばかり……。


そんな中でたどり着いた部屋に寝かされている、国の中の騎士のトップだろう騎士団長はかなりの火傷を負い、足には切り傷、肩には矢傷を負っていて、呼吸も浅い。

かなりの重症に、私は息を飲みつつその状態をしっかり見て、自身の魔力をその団長さんに注ぐイメージで、分からないなりに治癒を試みた。

自分の魔力で、傷が塞がり、火傷は新しい皮膚が再生するのをイメージして。


「治れ」

言葉と共に両手をかざして、魔力を降り注ぐ。

すると、淡い光に包まれて団長さんはみるみるうちに体の状態が良くなっていった。


表面上の傷が見当たらなくなったところで、私は手を下ろした。

すると、さっきまでかなり浅い息遣いだった団長さんの呼吸が落ち着いている。

かなりの傷だったので、魔法で治したとはいえ休息は必要だろう。

「傷は癒えたので、あとは休めば大丈夫かと思います」


後ろに控えていたジェラルドさんに、そう告げると、ほっとした顔をした。


「黒の乙女よ。ありがとうございます。団長は司令官でもあるので、砦の要なのです。助かりました。他の怪我人も、診て頂けますか?」


もちろんここに来て、この現状を見て何もしないなんて出来ない。

私は看護師の卵だった。

元々、人を助けることを仕事にしようとしていたのだ。

異世界で、まさかそれに近いことを求められるとは思っていなかったけれど

これも、縁というものなのだろう。


「ユウ、この団長さん以外は命に関わるような重傷者はいないから、広範囲魔法を使うといいわ」


一人づつ診るために動き出そうとしたところに、アリーンがそう声を掛けてきた。

「広範囲魔法ってどうやるの?」


そんな使い方も分からなのに、あっさり言わないで欲しい。

私の困惑顔を見ても、アリーンは気にする素振りもなく、サラッと説明してくる。

「目に見える範囲の人を治したいと思って魔力を広げれば出来るわよ?」


本当に、アリーンの説明はあっさりし過ぎだ。


「ユウがきちんと視覚に確認した範囲にいる人を、治したいと思って魔法を使えば大丈夫よ」


そう言われて、私は砦の中の見晴台に移動して、そこから砦の中の人々を治したいと強く意識して魔法を行使した。


「みんな、治って!」


キラキラとした淡い光は、砦を包み込み、ここに居た人々はしっかりと怪我が治っていた。

治癒魔法、便利だなぁ。使うと結構疲れるけれど。

私の疲れた顔を見つつ、アリーンは言った。


「ユウが使った範囲に人が多かったから疲れているだけよ?団長さん一人の時は重症だったけど、そこまで疲れなかったでしょう?」


アリーンの言葉に頷けば、サリーンが答えてくれた。


「だから、広範囲に魔法を使う方が大変だし、魔力の消費量も多いの。ユウはかなりの魔力保持者だけど、だからこそ上手く使い分けてね!」


なるほどね。今回は、いい勉強になったわ。

こうして、慌ただしく着いた先の砦で私は初めての治癒魔法を成功させたのだった。

その威力が、この世界において、とてつもないものだったことには気づかずに……。



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