1-20 星空の下で

 僕とアシュレイは食人鬼を倒した後、暗くなった湿地帯の近くで焚き火を焚いていた。


 少し開けた場所に陣取り、集めた木の枝と乾燥した草に火を付けて明かりを灯す。


 今夜は野宿。本当は街に早く帰りたかったが、僕達は体力を大幅に消耗していた。


 特にアシュレイの消耗が酷い。ヒートチャリオットを放った後、意識がぶっ飛んで倒れたのだ。更に両手が火傷して赤く腫れ上がり、軽い脱水症状と過呼吸も起こしていた。


 僕はアシュレイを担いで、木陰で休ませたが、まだ危険な状態で気が抜けない。


 それに僕も疲れていた。肩以外に目立った外傷はないが、浅い切り傷が全身に刻まれているのであまり無理はできない。


 夜の外は危険だ。いつ魔物に襲われてもおかしくないし、食人鬼を倒したのに他の魔物に襲われて殺されるなんて真っ平御免だ。


「アシュレイ、ご飯にしよう」


 アシュレイは休ませた後、意識を取り戻して僕の目の前に座っている。


 僕のお腹がぐーっと鳴って空腹を訴えだしたので、僕達は少し遅めの夕食を始めた。


 出発する前にアリアから買っていたパンを袋から取り出し、片方をアシュレイに差し出した。


「ありがとう」


 アシュレイは礼を言い、パンを受け取り、包み紙をビリッと破いた。


 まだ両手て火傷が痛むようで、手を動かす度に顔を顰めている。


 包み紙の中からは白長いパンが現れ、中身には好物のソースがかかったかぼちゃコロッケにレタスが挟んであった。


 僕も包み紙を破いてパンを齧る。時間が経っているはずなのに、パンとかぼちゃのコロッケは未だに熱を帯びてサクサクしていた。その代わりにレタスは水分を完全に失って固くなっていたが。


 ヒートチャリオットの熱気の余波だけでパンが焼かれている。ヒートチャリオットのその威力が、改めて思い知らされる。


「美味いなウェルト」


 美味しそうな顔をしながら、アシュレイはもぐもぐとパンを食べる。


「そうだな」

「ああ」


 僕達は無言でパンを齧り続けた。


 腹を満たし、しばらく焚き火の炎を見続けているとアシュレイが僕に話しかけてきた。


「.......ところでウェルト。さっきから苦しそうな顔をしているが大丈夫なのか?」

「え.......?」


 アシュレイがそんなことをいきなり言い出してきた。


 苦しそうな顔をしている、か。


 僕は片手で自分の顔に触れた。アシュレイの言葉通り、確かにそうだった。頬の筋肉とこめかみが、まだカチカチに硬ばっている。


「もしかして、剣士の仲間が皆食い殺された事にでも気を病んでいるのか?」

「それもあるけど.......」


 アシュレイは心配そうな表情で僕の顔を覗き込む。


「ウェルト、私達は最善を尽くした。いや、冒険者として最高の結果を出したと言ってもいい。敵討ちをしたし、骨の一部も持って帰れたから供養もできる。そして食人鬼による被害を食い止めたんだ」


 確かにその通りだろう。僕達は食人鬼を倒した事で、これ以上食人鬼に食べられて行方不明者になる人間を生まなくなった。それに解毒草を採れる湿地帯の平和も守った。これ以上ない成果だ。


「それに、食人鬼を倒したことで私達はLvが上がっただろう? 私は『フルオートカノン』という技能を新しく習得したしな。加えて食人鬼の討伐部位を冒険者ギルドに提出すればランクアップと幾らかの報酬金が貰えるかもしれない。街に帰れば少しだけいいことが待ってるぞ。そう悲しそうな顔をするな」


 アシュレイはどうにか僕を励まそうとしてくれている。


 ヒートチャリオットで僕以上に疲労がたたっているのにも、だ。僕はそれにしっかりと応えるべきだ。


 だが、僕の中には言いようのない不安がまだ残っていた。


 胸の奥底で、それがぐるぐると渦巻いている。食人鬼を倒した後もそれがずっと離れない。


「なぁ、アシュレイ」

「どうした? なんでも話してくれ」

「もしも、もしもだけど、食人鬼は複数匹存在しているって聞いたらどうする?」


 それはただの勘だった。僕が見た音無の洞窟の壁に刻まれた爪痕の量は尋常じゃなかった。


 本当に、たった一匹の食人鬼だけで全て刻んだのだろうか?


 それにボブゴブリンの死体の山。あの鋭い鉤爪で切断された断面がそれぞれ違う。


 この意味は、複数の食人鬼によって殺されたとも考えられる。


 そして最後に、行方不明者があまりにも多すぎる。


 はっきり言って、田舎者の僕ですら冒険者ギルド内で話題になるほど広まるのは異常だと思う。魔物討伐を生業とする冒険者が命を落とすことはそう珍しくもないことなのに。


「それはありえない話だ。食人鬼は常に単独して行動する魔物。群れで行動することはありえないし、もし群れなんて物を作っても、人の肉の取り合いですぐに解散するだろう。食人鬼は知能が高いが、大好物の人の肉を分け合おうなんて考えはしないからな」

「.......そうか」


 アシュレイは食人鬼は単独で行動すると言い切った。だが、本当にそう言い切れるのだろうか。


 これはただの悪い考えだ。


 もし、食人鬼を統率している上位個体が存在したなら――。


「ウェルト、お前は先に寝ろ」


 そんな不安に耽る僕にアシュレイが言った。


「どうしてだよ?」

「お前は精神的に疲れている。無理もない話だ。私がフレイムカノンとバラージウォールで音無の洞窟を崩すときとヒートチャリオットを放つための隙を作るため、食人鬼と対峙してずっと囮になっていた。脅威度Cの強敵との戦いは、お前の中で重圧と緊張感に挟まれ大きな疲労となってる。少し横になった方がいい」

「そんなの、そっちの方がずっと疲れてるだろ。ヒートチャリオットの消耗具合は激しすぎだ。アシュレイが先に休むべきだし、この一番暗い時に僕の暗視が役立つから先に見張りをやる。これが適材適所ってもんだろ」

「確かにそうかもしれないな」


 アシュレイはふぅと息を吐き出し、笑いながら僕に諭すように話しかける。


「だが、私達は仲間であり、たった2人だけがパーティだ。私は少し休んで余裕が出来た。それに、お前がこのまま疲労で倒れると背負うのが困る。年上には素直に甘えとけ」


 アシュレイは毛布を袋から出して僕に向かって投げつけた。


 何言ってんだよ。倒れそうなのは、そっちだろ。


 でも、僕の口からは言い返す言葉が出なかった。


 アシュレイの目を見たら、何故か言葉が喉に詰まる。


「.......分かったよ」


 僕はそれをキャッチすると、毛布にくるまって焚き火から少し離れた場所で仮眠をとる。横になったあと、思わず空を見上げれば、そこは満天の星空だった。


「.......」


 星が瞬いている。


 降るような星々が、僕の視界を余すことなく広がっている。僕は目を星空を見上げながら静かに目を閉じた。


 そして、この日は一睡もすることなく、僕はアシュレイと見張りを交代した。

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