閑話 毒物注意
「いってぇぇぇぇぇぇぇ!!! 死んじゃう! もう俺もう死んじゃうよ! ままー! 痛い! 痛いよぉぉぉ!!!」
冒険者ギルドの医療室の片隅で、氷の入った袋で足を抑えながら無様に泣き叫ぶ一人の冒険者の男がいた。
男は必死に赤く腫れ上がった足を抑えながら、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった表情で苦しんでいる。
「うるさいわね! 男の子なんだから少しは我慢しなさい!」
男の隣には、男と同じパーティメンバーの若い女性の冒険者が看病をしている。
いや、これは看病と言っていいのだろうか。
男が叫びをあげる度、スリッパで男の頭ひっぱたく。しかし、男はスリッパで頭を強く叩かれても、既に全身に激痛が走っているようで何も感じないようだ。
「流石にそれは可哀想なの。気を失う程の激痛を起こすサンドスコーピオンの毒針に、足を刺されたら仕方のないことなの」
若い女性の冒険者の膝の上に、一人の幼女がちょこんと乗っかっていた。
水色のつやつやした髪の毛に整った顔立ち、そしてトレードマークの白い清潔なエプロンを着こなしている。
「リフィアちゃん、それより鎮痛剤とかは持ってない? こいつったらうるさくてうるさくて仕方ないのよ」
「鎮痛剤なんて高価な薬品はうちでは取り扱っていないの。大人しく解毒草がここに届くまで待機するの」
「高価な薬品売ってないって、なんかこの前ローション売ってたよね? ローションって結構高いんじゃないの?」
「それはそれ、これはこれなの。ドケチな娼館が20本しか買い取ってくれなかったから、余っていただけなの」
男が泣き叫ぶ中、二人はやけに落ち着いて話していた。
それもそのはずである。
サンドスコーピオンの毒には致死性が無いのだから。
サンドスコーピオンに刺されたからといって、すぐに死ぬわけではない。
ただ、その代わりにと言っていいのかは分からないが、言葉にできないほどの激痛が刺された箇所から全身に広がるだけだ。
「お待たせしましたー!」
三人が医療室の中でわいわいと騒いでるそんな中、扉を勢いよく開けて冒険者ギルドの受付嬢が中に入ってきた。
「解毒草です! リフィアちゃん、早くこの人に打ち込まれたサンドスコーピオンの毒の解毒をお願いします!」
受付嬢は手に持った解毒草を活き活きとした表情でリフィアに手渡した。
「合点承知なの」
幼女.......もといリフィアは、腕まくりをすると、エプロンのポケットの中から小ぶりの瓶を取り出した。
瓶の中に入っているのは白い薬品。リフィアは解毒草を手に取ると、口に中に放り込み、もぐもぐと咀嚼を始める。
「うぅ.......苦いの。リフィアは甘い物好きで苦いものが大嫌いなの。思わず吐き出してしまいそうなの.......」
「あとでプリン奢ってあげるから、頑張ってリフィアちゃん!」
「プリン!? リフィアは頑張るの!」
リフィアは目を輝かせながら、解毒草に唾液を絡ませて柔らかくしていく。
何度も何度も噛み砕き、ドロドロになった解毒草をぺっと瓶の中に入れた。
「この活性剤の中に入れた後よく振って.......はい、解毒薬の完成なの!」
リフィアの手には毒々しい青緑色の解毒薬が握られていた。
「痛いよおおおお! ままー!」
「ほら、口を開ける! 今から解毒するから少しだけ待っていなさい!」
女性の冒険者は泣き叫ぶ男の口を力ずくで無理矢理こじ開ける。
「ふがふがふが.......」
「半分だけ飲むの。そしたら体に回った毒は解毒されて痛みがなくなるの」
リフィアは男の口に瓶を当てて解毒薬を流し込んだ。解毒薬はかなり苦いようで、男は大粒の涙を零しながら顔を顰めた。
「あと、刺された箇所をリフィアに見せるの。ちょっと.......すっごーく痛いけど我慢するの」
「嫌だぁ! 痛いの嫌だよぉぉぉ!!!」
「全くうるさいわね! さっきも言ったけど男の子なんだから我慢しなさい! リフィアちゃんが困ってるでしょ!」
女性は男から氷の袋を奪い取り、両手を掴んで拘束し、リフィアに面と面向かわせる。
「今よリフィアちゃん。やってあげて」 「分かっているの。リフィアに任せるの」
リフィアはエプロンの中をまさぐると、ある物を取り出した。
それは鈍く銀色に輝くナイフ。
リフィアは男の腫れ上がった箇所に物を言わさずナイフを突き立てる。
「あぎゃあぁぁあぁぁあああっっ!?」
男は絶叫をあげた。しかし、ナイフを突き立てた当の本人は全く動じずに、ぐりぐりと腫れ上がっている箇所を切除していく。
ナイフが踊るように肉を滑り、腐食が始まっている箇所だけを綺麗に、かつ丁寧に素早く取り除いていく。
ぶちっ、と何かが破ける音が響き、リフィアの手にはサンドスコーピオンの針が刺さった肉片が握られていた。
「後は解毒薬を傷口の中に塗って包帯をぐるぐる巻いたら治療完了なの」
リフィアは解毒薬を傷口に散布した。解毒薬はかなり染みるようで、男の顔は見るも悲惨な顔になっていく。
「これでもう大丈夫なの。お疲れ様なの」
「リフィアちゃん凄いですねえ。まだ子どもなのに、薬草店の店長をしているのが納得できます。本当に何十年も薬草師の仕事をしている達人の手付きでしたよ」
治療を見守っていた受付嬢が、リフィアの凄腕に感心して頭を撫でる。
「リフィアはもう九歳なの! 子どもじゃなくて麗しい立派な大人なの!」
しかし子ども心とは難しいものだ。子どもと言われて褒められる事が気に入らなかったようだ。
「はいはい、リフィアちゃんはもう立派な大人ですよ」
「ありがとうリフィアちゃん。こいつを治療してくれて本当にありがとうね」
頬を膨らませて可愛く怒るリフィアだったが、二人に褒められた事で簡単に機嫌を直した。
二人は心の中でこう思った。
この子ちょろい、と。
「ふん、分かればいいの。さっ、約束のプリンを奢ってもらうの!」
機嫌を直したリフィアはぴょんぴょん飛び跳ねて、女性の冒険者の腕を掴み、ギルドに備え付けられた酒場へと催促する。
「あー、もう可愛いなあリフィアちゃんは。えーい、抱きしめてやるぞ! この! この! この!」
「ひゃあっ!? 苦しくて息ができないの!」
数分間抱きしめられた後、女性冒険者から解放されたリフィアは頭をぶんぶん横に振りながら受付嬢に話しかけた。
「そういえば、この解毒草を持ってきてくれた冒険者は誰なの? 荒くれ者の多い冒険者にしては綺麗に採取されているの」
リフィアは好奇心から受付嬢に尋ねた。
実は、解毒草の根っこと茎の部分を的確に見極めて採取するのは意外と難しい。しかし、受付嬢から渡された解毒草はしっかりと茎と根っこの部分で別けられていた。
この採取の仕方を街の冒険者がやってくれるとは思えなかった。
「ロリ.......ウェルトさんとアシュレイさんですよ」
「え.......?」
リフィアはまたもや困惑する。
あの少年が、この解毒草を採取した人物だとは信じられなかった。そもそも解毒草のクエストは冒険者からの人気がない。
大量に採取すれば大儲けが期待できるが、解毒草を見つけることは難しい。なぜならば、解毒草の群生地にはヒュージスライムが生息しており、そいつらによって解毒草が食べられてしまうからだ。
「リフィアちゃーん! 酒場のマスターがプリンの用意が出来たってー!」
「今すぐ行くのー!」
リフィアは一瞬で少年の事は頭から抜け落ちた。リフィアはあまり深く考えない子どもだったのだ。少年の事をものの三秒で忘れると、プリンを食べに行くことだけを考えて酒場へ走っていった。
酒場はいつも通り冒険者達の喧騒や笑い声でやかましかったが、この日だけはプリンを口いっぱいに頬張る水色髪の幼女がいた。
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今話で出てきた女性の冒険者はローションをリフィアにぶっかけていたウェルトを衛兵に通報した人です。
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