1-16 探索依頼
昨日激しく降っていた土砂降りは、今日の朝には嘘のようにピタリと止んだ。
今は完全に登った太陽が青い空を優しく照らし出すお昼時。僕とアシュレイはいつものように他愛のない会話をしながら、冒険者ギルドへとやって来た。
解毒草のクエストで僕達が貰えた報酬金は800ゴールド。アシュレイの見積もりは少し外れたが、二人で山分けしても400ゴールドなので、僕達のサイフは温まっていた。
受付嬢から昨日の報酬金を貰ってほくほくしている僕達が談笑をしていたら、周りの席から大声が聞こえてきた。
「なぁ! あんたは腐ってもDランクの冒険者だろ!? 報酬は弾むから、あの洞窟の中に入ったきり帰ってこない俺の仲間達を探してきてくれないか!?」
僕達の視界の隅に、Dランク冒険者、ゴンザレスに必死で頭を下げている一人の剣士姿の冒険者の姿が映っていた。
剣士はよっぽど必死なのか、額に汗をかきながらゴンザレスに頼み込んでいる。
「へっ、悪いな! 湿地帯の近くは最近行方不明者が続出していて俺は行く気がしない! 俺の第六感が囁いている.......。あそこには行かず今日は酒を飲んでを楽しむのが吉、とな! ガハハハハ!!!」
ゴンザレスは朝っぱらから酒を飲んで酔っ払っていた。顔を赤くしながら大声で笑うゴンザレスは、だらしなさすぎて見ていられない。
こんな社会のゴミに頭を下げてまで真剣にお願いをしている剣士がとても可哀想だった。
だが、誠に遺憾ながらも僕はゴンザレスと全く同じ事を考えていた。
湿地帯の方角へは決して行くな。それを僕の胸裏がずっと叫んでいる。
「くそぅ! この街の冒険者はろくな奴がいやしないじゃないか! Dランクの二人はろくでなしと重砲火薬馬鹿だし、ダンジョン探索で有利な盗賊職に就いているたった一人の冒険者はあの変態ロリコンだけ! もう駄目だぁ! お終いだぁ!」
おいこら。
「ウェルト、何故かいつも私達は陰口を叩かれている気がするんだが」
「.......もう気にするな」
僕達は頭を抱えて叫んでいる剣士の目の前をスタスタと通り過ぎ、冒険者ギルドの外へ向かおうとした。
が、
「待ってくれ!」
剣士が僕達の前に立ち塞がった。
「そこの偉大なDランクの冒険者とかっこよさそうな盗賊さん!」
「さっきの台詞はどこいった!」
僕は思わず怒鳴ってしまった。
かっこよさそうな《・・・・・・・》ってなんだよ。
嘘でもいいから、せめてかっこいい盗賊さんとでも言ってくれよ。
心中でツッコミを入れる僕だったが、アシュレイは冷静な様子で剣士へと話しかける。
「話は聞いていた。会話から予想すると湿地帯の近くにある洞窟に、お前の仲間が入ったきり帰ってこないんだな?」
「そ、そうだ」
剣士はアシュレイの言葉に頷きながら、歯をギリギリと強く噛み締みしめて俯き、僕達にぽつぽつと事情を話始めた。
「昨日、湿地帯の奥にある沼で、俺達はジャイアントタートルの討伐を終えて帰ろうとしたんだ。が、二人は知ってると思うけど強い雨が降ってきた」
脅威度Eの魔物。ジャイアントタートル。
主に沼や池に生息し、頑丈な甲羅に全身を包んだ亀型の魔物だ。
ジャイアントタートルの甲羅は武器や防具の素材になるので、恐らくこの剣士とその仲間達は鍛冶屋から発行されたであろうクエストを受けたのだろう。
しかし、それにしても昨日の土砂降りがクエストの終わりに降ってきたのか。それは災難だろう。
「俺の仲間達は『この雨の中でジャイアントタートルの死体を引き摺りながら帰るのは、流石に風邪を引きそうだから』と言って近くの洞窟へ雨宿りに行ったんだ」
当然の選択。冒険者は身体が資本。風邪を引いて休んでしまったらお金を稼げなくなくなってしまい、元も子もない。
「そして肝心の俺は重いジャイアントタートルを運んでくれる業者を街から呼んで今日の朝に運び出したんだ。だけど.......昼近くの今日になっても仲間達がまだ帰ってこない」
剣士は拳を握りながら僕達に
「お願いだ! 俺の仲間達を見つけてきてくれないか!? 仲間の安否を確認してきてくれるだけで報酬金300ゴールドを払おう!」
「どうするウェルト? 悪くない条件だし、こいつの頼みを聞いてやるか?」
「それは.......」
僕は言葉に詰まる。
剣士の示した依頼の条件も理由も真っ当だし、本来の僕ならば嬉々して受けただろう。
けれど僕は迷っている。僕の脳裏には、あの爪痕を刻まれたフォレストウルフの姿が焼き付いて離れない。
「お願いだ! もうあんた達しか受けてくれるやつがいないんだ! 頼む、仲間達を失ったらもう俺はどうすればいい分からなくなってしまう.......」
剣士は目からは一筋の涙が零れ、頬を伝わっていた。
僕は涙を流す剣士を見ると歯をギリッと噛み締めて、思わずベルトを強く握りしめた。
何をやっているんだ、僕は。大事な仲間を心配する人を、あっさりと切り捨てるというのか。
確かにこの残酷な世界では危険を犯してまでこの剣士の頼みを受ける義理はない。
だけど、義理が廃ればこの世は終わりじゃないか。
「分かった。僕達が引き受けよう」
僕は剣士の手を掴み、依頼を承諾する。
「その様子だと本当に仲間達を心の底から心配しているんだろ? ならば受けない理由はない。付き合ってくれるかアシュレイ?」
「ふっ、当然だ」
アシュレイも鼻息を鳴らして腕を組む。
僕がもし、アシュレイを失ってしまったら悲しむだろう。まだ出会ってたったの数日しか過ごしていなのに、こんなに仲良くなったんだ。
そしてこの剣士は、大切な仲間の安否を心配している。どうにかして、剣士の仲間達を見つけたあげたい。
「ありがとう.......! 俺達の仲間は『音無の洞窟』と呼ばれる小さいダンジョンで雨宿りをしたんだ。小さい、と言っても五階層ぐらいはあるから決して油断はしないでくれ」
この剣士が一人で仲間達を探しに行けない理由がダンジョンだった。
ダンジョンには凶悪罠や仕掛けがあり、たった一人で挑むことは自殺行為に等しい。自分の他に仲間を探してくれる冒険者を見つけて頼むのが、賢明な判断なのは間違いないだろう。
「あと、仲間達のギルドカードのコピーを渡すよ。顔や装備で分かるはずだ」
剣士は顔に笑顔を咲かせると、懐から四枚のギルドカードを僕達に渡す。
なるほど、コピーだけだからステータスと所持スキルは書いていないが、他の情報は全て載っている。 それにしても、これは便利だ。
「俺はここで、仲間達とすれ違いになるかもしれないから待っている。盗賊が居ればダンジョン探索は上手くいくはずだ。音無の洞窟は浅い所だけど、気を付けてくれ」
「分かった」
僕は剣士の言葉に頷いた。
「私達に任せておけ。ダンジョン探索なんて久々だな。思わず腕が鳴るぞ」
アシュレイは腕をポキポキと小刻み鳴らしながら言った。
「僕はダンジョンは初めてだけど、盗賊の職業に就いたんだ。きっと活躍できるな」
盗賊職に就いても使ったことのある技能は窃盗、暗視、気配感知、罠感知の四つ。残りの地図作成、解錠の二つは存在すら僕は忘れていた。
「盗賊はダンジョンに仕掛けられている罠を発見して解除したり、閉じられた宝箱や扉を開けることができる。今回のウェルトは頼りになるな」
「そこは任せておけ。じゃあ僕達は少し準備をしてから出発する。もし何かあったら僕の泊まっている『アリアの宿』に連絡してくれ」
「頼んだよ!」
僕達は剣士に背中を向け、冒険者ギルドを後にした。
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