閑話 不協和音の鐘が鳴る
月は既に灰色の雲の中に顔を隠したようで今晩は普段より一際暗かった。空からは激しい水滴が地面に打ち付けられ、土砂降りとなっていた。
そんな土砂降りの雨の中、洞窟で火をたいて身を寄せる四人の冒険者。剣士、弓使い、魔法使い、盾使いのバランスのいいパーティだった。
四人は仲が良い間柄であるらしく、干し肉を食べながら笑いあっていた。
「キース、今回も結構いい稼ぎになったな。この調子なら冒険者ランクの昇格もありえるぜ」
「そうだな。この雨が止んだら祝勝会と行こうじゃないか、ゼクト」
「おい見ろよこのジャイアントタートルの甲羅。街に帰ったらお酒が飲み放題だぜ?」
「ほんとだよ。早くアランが運び屋を呼んで戻ってくるのが待ち遠しいな」
四人は今日狩ったジャイアントタートルの甲羅を見て嬉しそうに目を細める。
もっぱら話の話題は街に帰ったらステーキを頼もうとか、いつもより割増の宿に泊まろうとか、少しした贅沢に花を咲かせる話だった。
四人が仲良く雑談に興じていた時、ふと弓使いの冒険者が立ち上がった。
「おいキース。急に立ち上がってどうしたんだ?」
「いやお前ら、なんか変な声が聞こえないか? ゲェゲェ、ゲッゲッ、って」
「なにおかしな事言ってんだよ? そんな声、俺は聞こえないぞ」
弓使いを除いた三人は、特に気にした素振りもなく呑気に笑い合う。
「ちょっと俺、様子を見てくるよ」
「どうせ雨の音だろ? そんな気にすんなって」
「そうだよな、ははっ!」
「だけど用心するのに越したことはないって」
弓使いの男は早歩きで洞窟の外へと向かっていく。残った冒険者はそれぞれ楽な姿勢をとりながら再び雑談に興じる。
「もしかして用を足しに行ったんじゃね?」
「いや.......あれ、かもしれないぞ。ほら、自分で自分を慰める、あ、れ」
「おいやめてやれよ! ぷはははっ!」
「おい、今の音はなんだ?」
「まさか.......キースに何かあったのか?」
「さ、さあ? 分からないがとにかく行ってみよう」
三人は戸惑いながらも、各々の武器を手に取って洞窟の外へと向かっていく。
月は隠れてしまっていたので、外は見渡す限り闇に包まれていた。
「おーい。キース、キース! いたら返事しろー!」
「どうせ何かのドッキリなんだろ? 俺達を驚かせようとしたって無駄だぞ?」
おどおどとした三人の目の前に、ボトッと何かが落ちる音が聞こえてきた。
剣士が思わず下を見ると、そこにあったのは赤く濡れた肌色の何かだった。
「ん.......? なんだよこれ?」
剣士は思わずそれを拾い上げる。少し突き出した白い突起を見た時、それが人間の腕だと認識した時はもう遅かった。
「おい、ゼクト。何を拾ったんだ? 俺にも見せてくれよ。.......ゼクト? 返事しないでどうしたんだよ。.......おい!」
魔法使いの男が剣士の肩を強引に揺さぶると、剣士の口からは赤く泡立つ唾液を垂れ流していた。
「ゼ、ゼクト!?」
気が付けば自分の服は真っ赤に染まっていた。紛れもない、ゼクトの腹に空いた三本の穴からだ。
剣士が事切れ崩れ落ちると、背中に隠れていた者の正体が二人の目に映った。
「ゲッゲッ」
それは魔物。見たことがない異質な姿をしていた魔物達だった。
その数、約数十匹。
「な、なんだよこの魔物達!?」
「外からやってきたのか!? それにしても数が多すぎる! 奥に逃げるぞ!」
残された二人の冒険者は一目散に洞窟の中へと逃げていく。
魔物達は二人を追い掛けた。口々に低い声を喉から出しながら洞窟の中を歩いていく。洞窟の中を歩く途中、マーキングのつもりなのか、壁に鋭い三本の鉤爪で爪痕を次々と付けていく。
壁に爪痕が刻まれる度に、キィキィと耳を思わず塞ぎたくなるような不快音が洞窟内で響き渡る。
二人は脱兎の如く走る。しかし、すぐにその勢いは止まった。
「い、行き止まりだちくしょう!」
行き止まり。二人が逃げ込んだ先は道が続かない壁に囲まれた部屋だった。
残った二人は壁と交互に魔物達の姿を見ると、顔に困惑と恐怖の色を浮かび上がらせた。
「くそが! こうなったらやるしかねぇ! キースとゼクトの仇!」
二人は武器を手に取って、魔物達に向けて構えていく。そんな冒険者を見た魔物達は、大きく口を歪めて、
「ゲァァ.......」
嗤った。
長く、しなりのある腕を、冒険者達に向けて薙ぎ払う。 三本の鋭利な爪が肉を貫き、骨を断つ。
魔法を詠唱しようとしていた魔法使いは体中の血液を空中へ飛散させ、臓器とぐちゃぐちゃの肉片を洞窟の壁に叩きつけた。壁は数秒前まで生きていた魔法使いの無残な亡骸で覆われた。
「ラルフ! ラルフ! .......おい、嘘だろ。そんな、そんなのって.......」
魔物達は顔に喜びの表情を露わにして、魔法使いの亡骸へおもむろに近づき、
そして、食べ始めた。
くちゃくちゃと湿った咀嚼音を漏らしながら魔物達は貪り食う。尖った牙で肉をちぎり、骨を噛み砕き、血汁を滴らせながら美味しそうに食べる。
「ゲアッゲアッ」
「ゲッゲッゲッ」
運良く食事にありつけた魔物達は、仲良く食卓を囲んで肉を味わう。 口から溢れんばかりの鮮血を零しながら、魔物達は皆喜んでいた。
食卓を囲んでた一匹の魔物は、魔法使いの片足を口の中に放り込むと立ち上がり、盾使いに向かって歩いていく。
「い、嫌だ.......やめろ.......来るな! 来るなよ! まだ俺は、俺っ」
最後の一人が見た光景は、自分に向かって振るわれる鉤爪だった。
誰かが言った。
脅威度A、つまり災害級に認定された魔物に襲われた国や街は、例外なく助からず、滅びる運命にある、と。
土砂降りの雨が止むまで、無明の闇に包まれる洞窟の中では、魔物達が壁に爪痕を刻む不快音と、呻きのような低い声が絶えず反響していた。
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