1-15 渦巻く不安
「ガルルルルルルルゥゥゥ!!!」
茂みの中から僕達の前に姿を現したのは、一匹のフォレストウルフ。
フォレストウルフは喉を鳴らし、低い唸り声で僕達を威嚇する。
だが、なんだか様子がおかしい。
「こいつはフォレストウルフ! しかし何故、湿地帯にフォレストウルフが出現したのだ?こいつは名前の通り、森の中に生息している魔物のはずなのだが」
「その通りだ。何でフォレストウルフが身も隠す場所もない湿地帯に現れるんだ。しかも単独で」
脅威度E。灰色の毛皮と鋭い牙と爪を持つ狼型の魔物。フォレストウルフ。
この魔物は森の中を住処とし、常に四~七匹単位の群れを作り狩りを行う。
そんなフォレストウルフが何故、テリトリーの森から遠く離れてた湿地帯に出てきたのだろうか。
しかも単独で《・・・・・・》。
フォレストウルフは群れで連携して狩りを行う魔物。単独では狩りもままならないし、外敵に襲われる危険性が高くなる。
たった一匹だけで僕達の目の前に現れるのは不可解だった。
「ガルル.......!」
フォレストウルフは鋭い牙を剥き出しにしながら僕達を睨みつける。
しかし、その目には何かに怯えた恐怖の色が映っていた。フォレストウルフの足は、生まれたての小鹿のようにガクガクと震えている。目を凝らしてよく見れば、全身を覆う灰色の毛皮は逆立っている。
「アシュレイ、なんだか様子がおかしい。このフォレストウルフ、僕達を見て怯えている気がする」
フォレストウルフは肉食性。自分達より弱い動物や魔物に襲いかかる魔物だ。僕も何度か襲われたことがある。いや、村にいた時はしょっちゅうだな。
けれど、目の前のフォレストウルフは餌である僕達を見つめ、襲いかかる事もせずジリジリと後退していく。
「ガルルゥッ!」
「あっ! 逃げたぞ!」
フォレストウルフは僕達をひとしきり睨みつけて威嚇した後、いきなり吠えて背中を見せながら一目散に逃げ出していった。
茂みの中をかき分けながら、逃げ出していったフォレストウルフの姿は、瞬く間に完全に見えなくなった。
「一体なんだったんだ?」
「.......」
僕は見てしまった。
フォレストウルフの背中に痛々しく刻まれた、三本線の爪痕を。
「おい、ウェルト?」
「ああ、ごめん。.......なあ、アシュレイ。あのフォレストウルフの背中に刻まれていた傷跡は見なかったか?」
「そんなものがあったのか?」
「そうか、悪い」
何かが僕の中でひっかかり、なんだか嫌な予感がする。
受付嬢は湿地帯、つまり西の方角で行方不明者が続出していると僕達がクエストに出発する前に言っていた。
そしてさっきの三本の爪痕が刻まれたフォレストウルフ。
これはただの僕のくだらない妄想だ。
しかし、この二つには何らかの関係性があるのかもしれない。
そう思えて僕は気が気でなかった。
◆◇◆
夕方。
僕は解毒草をアシュレイと共に冒険者ギルドに届けた後、アリアの宿で夕食を摂っていた。
解毒草を受付嬢に納品すると、何故か目を輝かせ『こんなに解毒草が沢山! これで助かります!』と言ってはしゃいでいた。
なんでだろうか。
「お客さん、私の作った夕ご飯は美味しいですか?」
そんな考え事をしている僕の目の前にいるのは、この宿の女将であるアリア。アリアも僕と一緒に夕食を摂っている。
「え? 夕食? 美味しいよ」
今日の夕食は野菜ずくし。
かぼちゃのコロッケ、ニンジンと枝豆のソテー、ピーマンの肉詰め、揚げナス、レタスときゅうりのサラダ、そしてパンだった。
「えへへ.......良かったです。お客さんは遠慮をせずにいっぱい食べてくださいね。なにせワイアットさんから採れたて新鮮な野菜をたくさん貰えて食費が浮きましたから!」
「それ、僕の前で言ったらダメな台詞だろ.......」
ワイルドボアを退治した後、どうやらワイアットは報酬が大根だけでは申し訳ない、と僕の泊まっているアリアの宿に野菜を沢山届けてくれたらしい。
そのお陰で食卓に美味しい夕食が並んでいるのだが、美味しそうに夕食を食べるアリアを見ていると複雑な気分になる。
この美味しい料理を作ってくれたのはアリアなんだけど。
「んー.......不思議ですね」
夕食を食べる中、アリアが食事の手を止めて、首を傾げながら僕に話しかけてきた。
「何が不思議なんだ?」
かぼちゃのコロッケをつつきながら、僕はアリアに答えた。
「いえ、私の作った料理が美味しいのに、何でお客さんはそんな浮かない顔をしてるのかなって」
今日の出来事で悩んでいたのがどうやら顔に出ていてしまったらしい。
「悪い、少しだけ今日のクエストで少し考えていんだ」
僕は頭を振り払ってアリアに笑って答えた。
何で僕はそんな小さなことで悩んでいるのだろうか。冒険者や村人が行方不明になることなんて、この厳しい世界では別に不思議でもなんでもない。
魔物や山賊に襲われたり、借金が返せなくなって夜逃げしたり、仕事がなくなり食い扶持がなくなり餓死したり、疫病が流行って村が壊滅したり。
行方不明者なんて今日もどこかで毎日まいちゃん、続出し続けている。
今日のフォレストウルフだってそうだ。たまたま自分の群れから離れたところを脅威度Dクラスの魔物に襲われただけだろう。
だが、僕の不安は拭えなかった。
今日の出来事はこんな簡単な答えのはずなのに、何故か胸が締め付けられる嫌な感覚に陥っている。
「ま、それならそーゆうことにしておきましょっか。ほーらお客さん、早く食べないと全部私が食べてしまいますよー」
僕を尻目に、アリアは箸を伸ばして僕がつついていたかぼちゃのコロッケを奪って口の中に放り込んだ。
「ああっ!? 僕のかぼちゃのコロッケが!?」
「へへーん。お食事は戦争なのです。早く食べないお客さんが悪いのですよー」
アリアはむしゃむしゃとかぼちゃのコロッケを咀嚼しながら、僕にブイサインを向けた。
「ゆ、許さん! そのピーマンの肉詰めを僕が貰ったぁ!」
「ああっ!? お客さん酷いです! 私はピーマンの肉詰めが大好物なんですよ!」
知るか。 お食事は戦争なんだろ。戦争に酷いも何もあるもんか。
僕はアリアの皿から奪ったピーマンの肉詰めを口の中に入れ、よく噛んで食べた。
あれ? この独特の硬さと癖のある味はワイルドボアの肉じゃん。
ちゃっかりしてんな……|こいつ(アリア)は。
「くぅぅ! こうなったらお客さんのニンジンと枝豆のソテーを頂だ.......って雨?」
ポツポツと窓の外から水滴が地面に落ちる音がした後、空から急な雨が降ってきた。
雨は僕の胸の不安に呼応するかのように激しさを増し、いつの間にか土砂降りとなっていく。
「うわー。凄い雨ですねお客さん。洗濯物をただんでおいて良かったです」
アリアが僕との戦争を放棄して、窓の外から夜空を見上げる。
「.......」
水滴が激しく地面に打ち付けられる。
僕はその光景を見ながら、脳裏の中に渦巻く不安を抱え、土砂降りの雨をじっと見つめていた。
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