1-10 害獣駆除

 僕はアシュレイ共に冒険者ギルドを出て、この街の畑へと向かっていた。何故畑なのか、畑に何があるのか、そんなことはアシュレイは一切喋ってくれなかった。


「昨日の夜、エマがあの核を調べたんだ。そしたら何か分かったようで、少し実験がしたいと言い出したのだ。で、その実験に使う材料を取りに行くぞ」

「なるほどね、その実験をしてみればあの核について何か分かるかもしれないんだな」


 アシュレイの頼み事はヒュージスライムキング絡みらしい。


 僕も核の中に描かれていた紋様については気になっていたから、アシュレイの頼みは快く引き受けた。


「で、肝心の実験に使う材料はなんなんだアシュレイ?」

「大根だ」

「ごめん、もう一度頼む。今なんて言ったの?」

「大根だ」

「なんでだよ! 意味が分からねぇよ!」


 僕は思わず叫んでしまった。


 大根なんか何に使うんだ。実験の何処に使いどころがあるんだよ、大根。


「妹の話によれば、この先の畑で穫れる大根には魔力を特定できる物質が大量に含まれているらしい。そのために必要だと言っていたな」

「へ、へぇ.......」


 僕は微妙な顔をして頷いた。


 小さい頃から僕は畑を耕していて、育てた中にも勿論大根も含まれている。勿論魔物に食い荒らされるのでまともに口には入れてなかったが。


 しかし、大根に魔力を特定できる物質が含まれているなんて話は一度も聞いたこともない。いや、ただ僕が無知なだけなのかもしれない。


「なあ、大根を収穫するだけなのに、どうして僕の手伝いが必要なんだ?」


 僕は不思議に思ってアシュレイに尋ねてみた。


 別に大根なんて引っこ抜いて持っていけばいいだろうに。実験にはたくさん大根が必要だから、単に人手が欲しかったのだろうか?


「その事については依頼主と交えて話そう。ほれ、いつの間にかもう着いたぞ」


 僕とアシュレイが到着したのは深い森のすぐ側にある大きな畑。凄い規模だ。僕の耕していた村の畑より何十倍は大きい。


 畑の中には、トマト、ナス、かぼちゃ、レタス、にんじん、じゃがいも、そして肝心の大根が植えてあった。


 しかし、それらの農作物は全て何者にか食い荒らされているのか、苗が踏み潰されていたり齧られていた。


 .......この齧られ方はとても見覚えがあるな。


「やあ、来てくれかアシュレイさん」


 僕が農作物の様子を手に取ってみていた時、畑の中から人の声が聞こえてきた。


 ガサゴソと畑の中をかき分けてやってきたのは、麦わら帽子を被った恰幅のいいおじさんだった。


「アシュレイ、この人が依頼主なのか?」

「そうだ、依頼主はこの畑を耕しているワイアットさんだ」


 ワイアットは麦わら帽子を頭から取って、僕達に愛想のいい笑い顔を浮かべた。


「そちらの方が助っ人くんか。いやぁ、こんな暑い中なのにすまないねえ」

「なに、気にするな。それよりもウェルトを交えてもう一度話をしよう」


 アシュレイは僕の手を取ってワイアットのところへ引っ張っていく。


「では話そうか。ワイアットさんの畑が最近何者かに荒らされていな。その畑を荒らしている奴を見つけて退治して欲しいとのことなんだ」

「報酬はアシュレイさんが異様に欲しがっている大根だ。このままじゃせっかく育てた農作物が全部駄目になってしまう。なんとか頼むよ」


 ワイアットは食い荒らされた農作物を見つめて、悲痛な顔で僕達に頭を下げた。


「しっかし、この畑を荒らす奴は一体誰なんだろうか」


 アシュレイは齧られたトマトを屈んで手に取って言った。そんなアシュレイに向けて僕は口を開く。


「ワイルドボアが」

「ワイルドボア、だと.......。ウェルト、どうしてそう簡単に判断できたんだ?」

「強制的に畑仕事を手伝わされていた僕をなめんな。野菜の齧られた跡で簡単に分かるわ」


 そう、この特有の齧られ方は猪型の魔物、ワイルドボアそのもの。


 僕が村に住んでいた時は、農作物を守るためにこいつとよく戦っていたものだ。


 あんの糞イノシシめ。


 ワイルドボアを思い出すと、生きる糧である農作物の取り合いで何度もワイルドボアに轢かれた記憶が鮮明に蘇ってくる。


 考えただけで腸が煮えくり返ってくるぞ。


「ワイルドボアがこの辺りに出現するなんて思いもしなかったぞ」

「うちの畑を荒らしていたのはワイルドボアだったのか」


 アシュレイとワイアットが口々に僕に向かってそう呟いたのだった。




◆◇◆




 夜。


 僕達は畑のすぐ近くの小屋でじっとワイルドボアが来るまで見張りをしていた。


 暗視を限界まで発動させながら、僕はワイルドボアが畑を食い荒らしにくるまで辛抱強く待つ。


「ウェルトはやけにワイルドボアに詳しかったな。私もワイアットさんも舌を巻くぞ。ワイルドボアは夜行性な上、警戒心が異様に強いからこうしてじっと待つしかないなんて」

「僕の村では常識だったよ。あいつは農作物にとって一番の天敵みたいな奴だから」


 脅威度Eの魔物。ワイルドボア。


 あの糞イノシシはとても厄介な魔物だ。


 まず一番厄介な点をあげるとするならば、罠が効かない事だろう。


 ワイルドボアの嗅覚は非常に鋭く、染み付いた人間の匂いや、鉄臭い匂いがすると警戒心を露わにする。


 だから、僕達は畑の中に隠れる事がてきず、小屋の中に隠れるしかなかった。元々人間の匂いが染み付いてるし、鍬やスコップの匂いが鉄臭いし。


 そして、更に面倒な事に目がとても効く。視力が無駄に高く、完全な暗闇の中でも昼間のように行動でき、数キロ離れた先までも見通せる。


「アシュレイ、あの糞イノシシが来たら僕の指示通りに動いてくれよ」

「大根の為だ。任せてくれ」


 では、そんな面倒くさい糞イノシシ、もといワイルドボアをどうやって倒せばいいのだろうか?


 答えは簡単。奇襲するしかない。


 ワイルドボアの唯一の弱点、それは聴覚が非常に退化している事だ。ワイルドボアの視界に入らないように近づき、一気にケリを付ける。それしか方法がない。


「おい、来たぞ」


 アシュレイと話をしていると、森の中から大きな影が出てきて僕達の前にその姿を現した。


 カーブ状に曲がった鋭い二対の牙、茶色い毛皮に覆われた巨躯。間違いない、この畑を荒らしているワイルドボアだ。


 ワイルドボアはトコトコと畑に向かって歩いていき、勝手にむしゃむしゃと農作物を食べ始めた。


 僕の声を聞いたアシュレイは、双眼鏡を覗きながら重砲を畑に向ける。


「トマトを美味そうに食ってるな。私も食べたくなってきたぞ。大根と一緒に持って帰るか」

「そんなことより、糞イノシシが僕達に向けてあの臭そうな尻を出したら、縄付きの杭を尻に打ち込んでくれよ」

「承知した」


 ワイルドボアはトマトに食べ飽きたのか、近くに植えてあるレタスに手を付け始めた。


 むしゃむしゃむしゃむしゃ。


 もきゅもきゅもきゅもきゅ。


 一心不乱にワイルドボアは野菜を食べ続ける。


「今だ! 後ろを向いた!」

「アンカーショット!」


 アシュレイの重砲から鉄で作られた杭が打ち出された。農作物をいくつか貫きながら、杭は見事にワイルドボアの尻に突き刺さる。


「ブモモモモ!?」


 ワイルドボアは尻に異物が突き刺さった事で、畑の隅で怒りの声をあげた。


 見事命中! こっからが本番だ!


「綱引き開始だ! やるぞアシュレイ!」

「綱引きは得意だぞ! なにせ騎士団訓練プログラムで学習済みだからな!」


 騎士団訓練プログラム?


 いや、そんなことは今はどうでもいいか。


 僕達は小屋のドアを蹴飛ばし、畑に飛び出してワイルドボアと対峙する。

 夜目が効くワイルドボアは、飛び出してきた僕達をその目で簡単に捉えた。


「ブモモモモモモモモ!」


 回れ右。


 僕達を捉えたワイルドボアは、回れ右をして一目散に森へと走り出した。


「ウェルト! 何故かワイルドボアが森の中に逃げていくぞ!」


アシュレイは綱を引きながら僕に叫ぶ。


「半分正解だ! 森に向かう理由は自分の戦いやすい場所フィールドで戦う為だ!」


 これが本当にうざい。


 ワイルドボアは、外敵に見つかったらとりあえず森へと逃げ帰る。


 追ってこなかったら逃げれるので良し。追ってきたらワイルドボアお得意の森の中で戦えるのでまた良し。


 ワイルドボアのこの素早い行動判断は本当に厄介だ。


 魔物の癖に無駄に頭がいいんだよな、こいつはさぁ!


「踏ん張れぇ!」

「くぅぅぅ!」


 僕達は足で地面をガリガリと削りながらワイルドボアと力比べを始める。


「ブモモモモ! ブモモモモ!」


 ワイルドボアも必死だった。森の中で鍛えられた逞しい四肢で地面を砕きながら、徐々に僕達を引きずっていく。


「あいつを森の中に絶対逃がすなよ! 面倒なことになるからな!」

「くううぅっ.......! それにしてもなんて力が強いんだ!」


 僕の手に握られた縄からは、みしみしと軋む音が聞こえてくる。


 手が縄で擦り切れそうだ。だが、決して逃がす訳にはいかない。


「ああっと!?」


 突如、アシュレイが力比べに耐えきれなくなって、土に足を捕らわれて畑の中に転んでしまった。


 アシュレイは顔から地面に衝突し、土の中に頭を埋めた。


「ちょっ、まっ.......」


 待ってくれアシュレイ。ここでドジを踏むなんて僕は聞いていな.......、


 無駄に頭のいいワイルドボアは、僕達が綱を引く力が弱くなった隙を見逃さなかった。


「うわぁぁぁぁぁぁ!?」


 頭から転んだアシュレイと、アシュレイと同じく顔面から地面にダイブした僕を連れて、ワイルドボアは森の中へと疾走した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る