1-9 誘い

 気持ちの良い目覚めだった。僕は欠伸をしながらベットから起き上がって、昨日机の上に置いた袋を担いだ。


 こんなふかふかのベットで寝たのはいつぶりだろうか。僕は寝ぼけまなこを擦りながら、階段を降りて宿屋の食堂の中へ入っていく。


「あ、おはようございますお客さん! 今日も気持ちのよい朝ですね!」


 食堂では僕と同い年ぐらいの一人の少女が、厨房でせっせと朝ごはんを作っていた。


 栗色の髪を束ねて三角巾の中しまい、黄色のエプロンを着こなした少女は笑って僕に挨拶をしてくれた。


「ああ、おはよう」


 ここはアリアの宿屋。僕が昨日から宿泊をしている宿屋だ。


「お客さん、もう朝ごはんは出来ていますよ。どうぞ食べてください」


 僕はアリアから朝食を受け取った。


 気になる今日の朝食の内容は、程よく黄金色こがねいろの焦げ目が付いた食パン、かぼちゃと鶏肉のスープ、輪切りにされたバナナ、レタスとトマトのサラダだ。


 どれもこれもとても美味しそうで、僕の腹がぐーっと鳴り食欲が湧いてきた。


「じゃあ早速。いただきます」


 僕は食堂の席に座って朝ごはんを食べ始める。


 うん、美味しい。


 かぼちゃと鶏肉のスープは、かぼちゃの甘みが活きていて、食パンに浸して食べると最高だった。


 前の田舎村は魔物せいでまともに作物が育たなかったからなぁ.......。あまりの美味しさに涙が出そうだ。


 食パンは、中はカリッと焼かれ中はモチモチの食感だ。かなりいい小麦粉を作ってるに違いない。


 ちなみに、僕の村で麦を作ろうとしたら烏の魔物に一粒残されずに食い尽くされる。死守しようとしても数が多すぎる上に日夜襲ってくるので、どう考えても作ることは不可能だ。


 そう考えると僕が生まれて始めた食べたまともなパンなのかもしれない。


 だってパンと言われれば、石のように硬い黒パンしか僕は思い付かないからだ。


 付け加えると、黒パンは烏の魔物でもくちばしが立たない程硬い。僕も最初に食べた時は歯が折れた。人間の食べる物じゃないだろ、あれ。くそ不味いし。


 僕は食パンとかぼちゃと鶏肉のスープを食べ終えると、レタスとトマトのサラダに手を付ける。


 酸味の効いたドレッシングが新鮮な野菜と相性が抜群で、僕はすぐに食べ終えてしまった。最後にバナナの皮を剥いて口の中に放り込むと完食だ。


「ごちそうさま」


 朝食を食べ終えた僕はアリアに空っぽの器を渡した。


「お、いい食べっぷりですねお客さん!」

「美味しかったよ。あとこれ、今日の宿代ね。それじゃあ行ってくるよ」


 僕はアリアに宿泊代の30ゴールドを手渡した。


「へへっ.......どうもありがとうこぜえますぜぇ旦那ぁ.......。今後もご贔屓してくだせぇ.......」

「顔変わってる、顔」


 僕は嬉々してお金を数えるアリアを無視して、冒険者ギルドへと向かった。




◆◇◆




「ふぅ、腹八分目っと。それにしても、いい宿に泊まれて良かったよ」


 僕はお腹を擦りながらネメッサの街の道を歩いていた。


 実はアリアの宿はアシュレイから紹介された宿だった。アシュレイからは料金がそこそこ安くて、ご飯も美味しく、清潔だと聞いていた。


 実際その通りだったので僕はとても満足だ。


「それにしても.......僕も現在進行形で大変だったけど、アリアも大変だよなぁ」


 アリアの両親は幼い頃に病気で他界したらしい。そのため、アリアはお金を稼ぐために物心がついた頃には両親が経営していた宿屋を継いで働いていたという。


 が、年端のいかない少女が経営している宿屋は傍から見ると宿屋として機能しているのかは不安だろう。


 両親が居なくなった後は次第に客足も遠のき、いつも閑古鳥が鳴くようになった。


 宿泊客も僕だけだったし。


「さて、着いたな」


 アリアの宿から冒険者ギルドは歩いて七分ほど。近いしご飯も美味しいし価格もリーズナブル。宿がかなりボロい事に目を瞑れば最高の宿だった。


 僕は冒険者ギルドの扉を無造作に開けて中に入った。


「おい、あいつだぞ」

「あれがあの噂の.......」


 冒険者ギルドに入った途端、中にいた冒険者が僕の周りからサッといなくなった。

 凄いな、Fランクの新人が先輩の冒険者を遠のけてる。


 僕ですけど。


「..............」


 僕はもう気にせずに、受付嬢のところへ向かう。


 無視だ無視。悪評がこれ以上広がろうともう僕には関係ない。


 だって既に充分悪いからな!


「昨日のクエストを達成してきたから報酬金を貰いたいんだが」


 僕はカウンターに行き着くと、ポケットからクエストの依頼書を取り出して受付嬢に渡した。


「変た.......ゲフンゲフン。ロリコ.......コホン。ウェルトさんですね。昨日、アシュレイさんからクエストの事情は聞いていますよ。ヒュージスライムキングの討伐、並びにクエスト達成お疲れ様です」


 受付嬢の中で僕はロリコンと一緒に変態のイメージが追加されたようだ。


 少し悲しかった。


「それでは、これが今回の報酬金です」


 受付嬢は僕の手に今回の報酬金を渡した。


 チャリン、と僕の手の上に5ゴールドが置かれていた。


「.......は?」


 いや、なんで?


 なんでクエストの報酬金はたったの5ゴールドなんですか?


「ロ.......ウェルトさん。非常に言い難いのですが、地下水路に異常発生したヒュージスライムは全て浄水炉にいたヒュージスライムキングから分裂されて生まれたと推測されました。そのため、ウェルトさんとアシュレイさんが倒したヒュージスライムは全てヒュージスライムキングと見なされます。つまり報酬金は全部で5ゴールドです」

「いやいや、悪い冗談はよしてくれよ。え.......何その真剣な顔。これって冗談抜きで本当なの? .......ウッソだろお前」


 なんてことだ。僕とアシュレイは粘液塗れになりながらあの強敵、ヒュージスライムキングをを倒したというのに。


 これではまるで、骨折り損のくたびれもうけじゃないか。


「ロリコン、コホン。ウェルトさんはヒュージスライムの異常発生を食い止めたのでクエストは達成扱いになるので心配しなくて大丈夫ですよ」

「いやよくねえよ!」


 おいおいおい。


 こちとら餓鬼の使いじゃないんだよ。ヒュージスライムキングに加えてヒュージスライムを三百体以上は倒したんだぞ!


 報酬金が5ゴールドって舐めてるだろ。いいや舐め腐ってるね。こっちは子どものお手伝いでやってるんじゃない! 2000ゴールドぐらい寄越せや!


 僕は無言の圧力を放ちながら、カウンターを両手でバンと強く叩いた。


「ひっ、ですよね! 私も流石に特殊性癖の変態さんでもこの仕打ちは可哀想だと思って抗議したのですが、依頼主とギルドマスターに聞く耳を持たされず突っぱねられて.......」


 な、なんて奴だ。


「おお。ウェルト、ここにいたのか」


 僕が悲惨な現実に嘆く時、僕の後ろから声が聞こえた。


「うわっ!? なんだよアシュレイか.......。驚かさないでくれよ」


 僕が振り向くと、そこには声の主であるアシュレイが立っていた。 アシュレイは僕の顔を見ると、嬉しそうにはにかんだ。


「それよりアシュレイ聞いてくれよ。なんでもヒュージスライムは全てヒュージスライムキングから分裂したやつらだったから、僕達が倒したヒュージスライムは全てヒュージスライムキング一匹と見なされるんだってさ。それで5ゴールドしか貰えなかったんだ」


 僕は手元に置かれた5ゴールドをアシュレイに見せつけた。


「それは私も聞いた。全く酷い話だ。私も5ゴールド硬貨一枚手渡されて目をひん剥いたしな」


 アシュレイは苦笑混じりに呆れた表情を顔に浮かべる。


「まあ、ここのギルドマスターはケチで有名な奴だからな。諦めろウェルト。私も何度か報酬金を掠め取られて事もあるしな」

「そんなぁ.......」

「そんな悲しそうな顔をするな。見ていてこっちが辛いぞ。それより、ウェルトにいい話があるんだ」


 アシュレイは僕の肩をちょんちょんと叩いて言った。


「少し妹に頼まれ事があってな。ウェルト、一緒に手伝ってくれ」


 アシュレイは少し悪い顔で、僕の耳元で囁いた。

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