1-8 アシュレイの妹


「ままー。なんであのおとこのひとと、おんなのひとは、みどりいろのぬるぬるまみれになってるのー?」

「こらっ! 見ちゃいけません! 目を閉じていなさい! みーちゃんもあの女の人みたいに犯されるわよ!」

「ねぇ、やっぱりあの人はローションで女の人をぬるぬるにして興奮する特殊な性癖の変態だったのよ!」

「あらやだ。こんな変態が街中にいるなんて世も末だわ.......」


 僕達は地下水路から抜け出して、学者であるアシュレイの妹の所へ向かっていた。


 ぬるぬるの粘液塗れになりながら街を歩く僕達は、街の人々に白い目に晒されながら遠ざけられている。


「ウェルト、私達は何故か周りから避けられているぞ」

「全くだ。ただちょっと汚水の匂いがする粘液塗れなだけで避けられるなんて。この街の人間は器が小さいな」


 そんな憤る僕達は、アシュレイの案内でレノッカのパン屋さんを右に曲がり冒険者ギルドを通り過ぎて大通りに出た。


「この先が妹の家だぞ」

「冒険者ギルドからすぐそこじゃん。立地がいいね」


 正直羨ましい。僕も冒険者ギルドの近くの宿屋にでも拠点を構えたいものだ。


 とはいえ、泊まる宿屋はまだ決まっていないからあれなんだけども。僕がまだこの街に来てからというもの、詰所と留置所にしか泊まっていないのが原因だ。


「あ、お兄ちゃん」


 僕がアシュレイと一緒に十字路を曲がるその時、僕はまたしてもリフィアと偶然にも出会ってしまった。


 どうやらリフィアは冒険者ギルドにポーションの配達を行っていたようで、背中には籠の中に空き瓶を背負っていた。


 リフィアは粘液塗れの僕達を見ると、目を伏せて話しかけてきた。


「えっとね。お兄ちゃん、お兄ちゃんがローションで女の人をぬるぬるにして興奮する特殊な性癖だってことはリフィアは知っているの。リフィアもお兄ちゃんにぬるぬるにされちゃったもんね.......。だから、その、特殊なプレイはほどほどにしてねお兄ちゃんとお姉ちゃん」


 僕はとんでもない誤解をされていた。


「ちょっと待ってくれ! それは誤解だ! まずは僕の話を聞いてく.......」


 僕の叫びは虚しく、リフィアは一方的に言い放つと僕から顔を背けて走り去っていった。


「なぁ、ウェルト。流石の私も、あんなに小さな女の子に手を出したのはどうかと思うぞ」

「だまらっしゃい!」




◆◇◆




 リフィアから一方的に別れさせられた僕達は数分程歩き、通りの横に建立された豪邸の前に立っていた。


「ここが妹の家だ」

「学者って儲かるのか.......それにしても凄い家だな!」


 白いレンガをベースに建てられた家は気品があるというか雰囲気が違うというか。


 まるで貴族が住むような家じゃないか。


 僕が村で住んでいたオンボロ小屋とは次元が違った。


 アシュレイはほうける僕を無視して勝手にドアノブを開け、家の中へ入り込んだ。


「エマー!帰ってきたぞー!」


 妹の名前はエマと言うらしい。


 アシュレイが玄関へ入っていき、ただいまの声をあげる。僕もそれにならい、アシュレイを追って家の中へ入っていく。


 しばらくすると、ドタバタと上から激しい足音が聞こえ、一人のちびっち子、もといエマが姿を現した。


 アシュレイと同じ赤髪に紺色のベレー帽を被り、ベージュ色のレザーとスカートを履いて着こなしている。


「お姉ちゃんお帰りなさ.......どうしたのよ、その粘液塗れの格好は!?」


 エマは粘液塗れのアシュレイを見ると、驚きのあまり大声で叫んだ。


「いやぁ、またやらかしてしまってな。たが、ちゃんとヒュージスライムの異常発生を突き止めて解決したぞ」


 アシュレイはエマに向かっておどけたように笑うと、軽快な仕草で自分の頭をポコッと叩いた。


「お姉ちゃんはただでさえドジなのに無理しちゃだめよ! って、その後ろの男はなんなのお姉ちゃん!」


 エマはアシュレイの後ろに隠れていた僕を見つけると、とたとたと僕に駆け寄った。


 エマは僕の事をを険しい目線でひとしきり睨むと、まるで親の仇でもあるかのように凄んできた。


「お姉ちゃん、こんな変な男を拾ったらダメよ! さっさと捨ててきなさい!」

「ええっ!?」


 酷い!  まだ僕は一言も喋ってないぞ! 


 しかも捨ててきないって.......僕はペットか何かかよ。


「エマ、こいつの名前はウェルトだ。ほら、前に話しただろう? 私を山賊から助けてくれたいいやつだぞ」

「嘘よ! そんなの信じられないわ! どう考えても二人で特殊なプレイをした後に、家にお持ち帰りしましたみたいな構図にしか見えないわよ!」


 悲しいかな、エマの言う通り僕もそう思う。


 だがしかし、あの異常な再生速度を誇ったヒュージスライムキングの核を見せて、学者であるエマに調べさせなければいけないんだ。


 まずは誤解を解くために挨拶をしなければ。


「えー、コホン。僕はウェルトだ。まぁ、よろしくな」


 僕は粘液塗れでヌルヌルの手をエマに差し出した。


「できるわけないでしょ!」


 即答。回答は当然の如く否。


 エマは僕の手をペシっと叩いて振り払った。


 まずいな、いきなり僕の好感度が最底辺だ。 このままじゃ、何の話も聞いてもらえなそうな気がする。


「アシュレイ、なんとかしてエマの説得を頼めるか?」

「自信がない。この様子を見ろ」

「あああああああああああッ! 私のお姉ちゃんの純潔がこんな駄目男に奪われたああああああああああッ!!!」

「いや奪ってねぇよ!」


 エマは頭を掻きむしって大きな音を立てながら、床を揺らして地団駄を踏む。僕とアシュレイを交互に見ながら頭をぶんぶんと振り乱している。


「あーもう! 話が進まないな! 瞬歩!」


 僕はエマの後ろに回り込むと、素早く床の上に押さえ付けた。


「いやああああああああああッ! この男、いきなり襲いかかってきたわ! 私もお姉ちゃんと一緒に犯して姉妹丼にでもするつもりね! 離しなさいよ、この変態!」


 お前も僕のことを変態呼ばわりかよ!


「するかッ! お前みたいな子どもに僕が興奮する訳ないだろ! いい加減にしろ!」


 -スキル『ロリコン』が発動しました-


「.......ねえ、何か細長くて硬いものが私の背中に当たってるんだけど」

「..............」


 さっきまでの勢いはどうしたのか、僕は口を閉じて黙り込む。


「この男、私を押さえ付けた事で興奮しているのね!? .......はっ! 今から私を犯そうとしているのね!?」

「いや、これは違うんだ!」

「ウェルトには見損なったぞ。まさかお前は見境のないケダモノだったのか.......?」

「だからちげーよ!」

「この変態に犯されるぅぅぅ! 助けてお姉ちゃぁぁぁぁぁぁぁん!」




◆◇◆




 数時間後。


「エマ、こんな時間に騒いじゃいけないぞ。ご近所さんに迷惑だ」

「はいお姉ちゃん」


 はぁ.......はぁ.......やっと終わった.......。


 エマは僕に簀巻きにされ、床の上に転がされてでモゾモゾしていた。


 アシュレイと僕の説明によりやっとエマは状況を理解したようだ。


 ほんと、手間が掛かかったよこのちびっ子は.......。


「それでだエマ。これがヒュージスライムキングの核なんだが、何か手掛かりはあるか?」

「変態に教えることなんて何も無いわ。早く家に帰りなさい」


 ぺっ、とエマは僕の手に唾を吐き掛けてそっぽを向く。


 この糞ガキ.......!


「エマ、頼む」

「お姉ちゃんの頼みなら仕方ないわね。いいわ、耳の穴をかっぽじってよく聞きなさい」


 手の平返しが凄い。いっそ清々しい。


「変態、そのヒュージスライムキングの核とやらを私に見せてみなさい」

「ああ、これだ」


 受付嬢にはロリコン。エマには僕が変態だと言うことが確定したみたいだ。悲しい。


 僕はエマの目の前にヒュージスライムキングの核を差し出した。


 核の匂いは酷かったので、床に臭いが付かないようにタオルを敷いて置いておいた。


「うーん、これは相当酷い匂いね。けど、このドブ水の匂いは地下水路に生息していたから分かるけど、腐った卵の匂いまでするわ.......。これは硫黄かしら?」


 エマは首を傾げて、まじまじとヒュージスライムキングの核を見つめてる。


「そうだわ。変態、この核を真っ二つにしなさい」


 核を半分にしろ? よく分からんが、核の中身が気になったのかな。


「半分にすればいいんだな? 閃刃!」


 僕はエマの指示通りに、ダガーを縦に振るって核を真っ二つにした。核は斬られた箇所から凄まじい異臭を漏らし、その中身を僕達に露わにした。


「ん.......? なんだこの模様.......?」


 核の中には、ひとつの不思議な模様が描かれていた。その模様は星みたいな形をしている。もっと詳しく言えば五芒星だ。魔法陣なのだろうか? いや、これは何かのマークか?


「五芒星のこの独特のマーク、恐らく錬金術師絡みね」


 錬金術師。 どうやらアシュレイが言っていたエマの予想が当たったらしい。


「錬金術師がヒュージスライムキングを生み出したって事か?」

「多分そうね」


 エマは頷いて、ヒュージスライムキングの核を真剣な表情で見つめて言う。


「そうね。少し気になったわ。お姉ちゃん、と、ついでに変態。私はこのブツを少し調べてみるわ。何か分かったら連絡するから待っていなさい」

「流石だなエマ。お姉ちゃんは期待しているぞ」

「えへへ.......」


 エマはアシュレイに褒められて、顔を赤く染めながらモジモジし始めた。このちびっ子、シスコンなのかな。いいや、きっとそうに違いない。


「なんだか不安だなぁ.......」


 本当にこのポンコツそうな妹にまかして良かったのだろうか。僕は肩を竦めながら苦笑いを浮かべていた。




 ◆◇◆




「私の研究対象が台無しにされるとはな。誰がこんなことをしたんだ。悪戯にして度を越しているよ、全く」


 地下水路内の浄水炉広場で、銀髪をなびかせながら一人の年老いた男が呟いた。


 男が歩く度、羽織った白のマントがサラサラと揺れ動く。白のマントには光輝く五芒星の紋様が描かれていた。


「核は既に持ち去られたか……。おかしいな、この街の冒険者如きでは私の研究対象は太刀打ち出来ないはずなのだが」


 男は浄水炉の中に手を入れ、汚水に浮かんだ茶色く変色した物体を手で掬った。


「まあいい、冒険者如きに殺されるのならば、こいつは失敗作だったわけだ。早く代わりを見つけないとな。『最後のパーツ、合成獣キメラの心臓』を、な」


 銀髪の男は、顔に歪んだ笑みを浮かべていた。

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