232話 殺人鬼

 ルタとは、体長が倍以上ある向かいにいる種族は、ローロンと言い、髪が地面につくほど長く、人間のような形をしているが手足が異常に細く身体中に針で縫ったような跡があるという恐怖の塊のような雰囲気を強く放っていた。


「殺す……前に……お前の……名前を……聞かせろ……私は……エーリ=ウィークリー」


 縫った跡から発せられる声は掠れた女の人のような声をしており、喋り方もぎこちがなかった。


「私は、ルタ・レモネード。あなたを倒します」


 ルタがそう言い放った瞬間、エーリはルタの反応速度を上回る速さで接近し、細い腕を鞭のようにしならせ振りかざす。

 ランプほどでは無いが、ルタも十分に属性を扱えもう既に十歳で魔導学園に通っていてもおかしくない実力があった。


 瞬時に、その攻撃をかわしたルタは一旦距離を取る。


「いい……目を……している……な」

「ありがとうございます」


 完全にかわし切ったと思っていたルタだったが、離れた後、頬に出来た傷に気づく。

 片目のハンデはとても大きなものだとルタは実感する。


「それじゃ……徐々に……上げて行く……よ」


 突如、エーリの体から真っ黒なオーラが溢れ出て、手足が真っ黒に染まりさらに鋭さを増して行く。

 人間は、天恵から作り出される属性から魔法やスキルを放つが、人間以外の種族は違う。

 人間以外の種族は皆、’地恵’という大地からのエネルギーを使い、ただでさえ高い能力をさらに向上させる。

 地恵を使った、’要素’で魔法やスキルを放つ。要素は人間でいう属性だ。


「さぁ……いらっしゃい……」


 エーリは、地面すれすれまで長い腕を振り上げると掌から三つの陣が連なるように出現し、巨大な人形が降ってくる。


「グガァアアアアア!!!!!!」


 着地と共に、硬い石版を凹ませ砕き、それだけでも相当な重量がある事がわかる。

 その人形はグリズリーのような形をしており、全身抹茶色でその上からエーリの真っ黒なオーラが包み込み実際の大きさよりも大きく見えるほどだった。

 巨大な鋭い爪と分厚い毛で覆われた肉体を見て遠くにいるうるさかった観客ですら静まり返るほどだった。

 皆、こっちに来るなと思ってしまうほどで、遠くにいる観客ですらそこまでの重圧を感じるのだからルタが感じるものは相当なものだった。


 ただでさえ二対一で戦わなくてはならないこの状況下で、もう一人が巨大な人形、しかも超攻撃的なものだと分かれば誰しも若干の後ずさりくらいする。


 これは、エーリの固有要素’死送人形(デス・ドール)’。自分の地恵を半分使う事で人形魔物を召喚でき、消費した量によって出現する魔物人形が変わる。

 基本、この力を使わずエーリは対戦相手を殺してきたが、自分の攻撃をここまでしっかり避けられたのは久しぶりでルタを認めての事だった。

 性格が子供に近いエーリは、自分の家族から親戚、さらにはフレイス連邦国の兵士を数十人殺しており、さらに捕らえる際にも数名殺し殺人鬼として名が通っているが、とても臆病であった。

 臆病がゆえに、ルタの実力を認め人間だからと言って警戒心は解かない。だが、臆病なのは心の問題なだけで、殺されそうになったら体が勝手に反応し相手を殺してしまう。

 自己防衛を勝手に体が行ってしまうといった、まるで解離性障害のような症状があった。


「ペコちゃん……よろしく……ね」

「グルゥガアアアアアア!!!!」


 エーリに鼓舞された人形、ペコは再び雄叫びを上げルタの方へ走り出す。一歩一歩が重く、走るだけでフィールドの石版が砕け、衝撃波が闘技場に響き渡る。


「ふぅ……」


 迫る死送人形のペコの動きと、その後ろで待機しているエーリへの警戒をするのと同時に、ゆっくりと息を吐きルタは固有属性、’神血経典(ブラドスクリプ)’を発動する。

 ルタの正面空中に白紙の分厚い経典が出現し、そこへ頬についた傷から垂れている自分の血液を指につけ経典の一ページ目の真ん中に拇印する。


 すると、その血が’火天’という文字を形成し、その途端ルタは真っ赤な火に包まれ火属性を獲得する。

 ルタの固有属性は、経典に自分の血を垂らす事でその日の体調や精神状態など様々な情報を血液から取得し、その結果によって属性が変化する。


 これまで、村では魔物を狩る為に幾度なく属性を使う機会があった。ルタも同様で十歳ながらにランプに負けない才能を発揮し父とランプと共にルタも魔物を狩っていた。

 その際に、固有属性は使ってきたが、この火天が出るのは初めてだった。


 ルタを覆う真っ赤な火は全身に転化しその周囲にまで影響を及ぼすほどだった。

 最後に、経典の一ページ目を破りルタは口に入れ飲み込むと経典は消える。

 そして、それと同時にルタの胸元には天という橙色の火によって出来た文字が浮かび上がりそれが衣類に付着する。


「グガァアア!!!!」

「見ててね……お姉ちゃん!!」


 ルタの覚悟と同時に、目の前まで接近していたペコは左腕を突き刺すように振り抜く。

 だが、その腕についだ巨大な爪がルタに届く事はなかった。


 真っ赤な天火によって体を完全に守られているルタには属性または要素以外の攻撃では傷はつけられなかった。


「はぁああっ!!!」


 その大きな隙をついてルタはペコの腹へ拳を突き出す。

 とてつもない轟音と共に真っ赤な火を乗せた衝撃が観客席に押し寄せるほどだったが、ルタもまた手応えがない事に気づく。


 ルタの拳の威力だけでペコは少し後ろに押し返されるが、ただそれだけだった。


「……こっち……見て……」


 一瞬で後ろに回っていたエーリから繰り出される攻撃もルタは避けきれず天火によって守るが、足元を崩され体勢が低くなる。

 そこへ後ろからペコがルタの脇から腕を入れ羽交い締めにする。


「そんなっ!!!」

「…………」


 とてつもない圧力をかけられルタの肩の骨が砕け腕も折れる。

 そこへ、エーリが超死送人形要素魔法<死遊楽/デスドーザー>を放つ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る