231話 運要素
まだ眠るルタの頬にランプは手を合わせ、溢れ出そうになる涙をグッと我慢しながら額と額を合わせる。
「よりによって夜か……」
「何かあるんですか?……」
アーバンは引きつった表情で言う。
夜、昨日で言うアーバンが出た時間帯を指し、それを味わっているアーバンだからこそその辛さを知っていた。
「ああ……この闘技場で行われる殺人ショーは、朝昼夜の三回あるが、それぞれ内容が違う。朝は、魔物対人の戦い、昼はフレイス連邦国の兵や国民など志願者、そして夜は、凶悪な犯罪を犯して入っている種族だ」
「それじゃあ……」
「最悪だよ。朝、昼なら相手によってはまだ勝てる見込みはあるが、夜は……異常だ……」
アーバンの言葉の重みに、ランプも次に発する言葉が見つからない。
「ふざけた奴等だよ。直前ではなく最初に抽選を行うのもわざと時間を作ってその間怯える様を観察するためなんだからな」
語気を荒げながらアーバンは目つきを鋭くし黒茶色の髪をすくい上げ、向かい側にある檻を睨む。
基本、暗がりなので向かいにいる人もはっきりと分かるわけではないが、確実に生きている人間だった。
「何か言いたそうな雰囲気だな……若造よ」
すると、その圧が届いたのか向かい側にいる人は答える。
声は男だが、ランプからははっきりと姿形が見えない。
「ここ一月、あんたを見ていたが食材として見出されていないのにも関わらず一切この殺人ショーに選ばれていない……」
「はっはっは!わしは、歳だからかもしれんな」
「これまで何人もの老人を殺されている所を見て来てんだ、すぐ分かるような嘘をつくんじゃねえ」
アーバンはがそう言うとその老人は笑って誤魔化す。
「あんた、俺の憶測だけどよ……」
アーバンがそう言おうとした時だった、向かいの扉が開かれその老人は姿を見せる。
朝は向かいの老人に決まっていたのだ。
それを見てアーバンは自分の憶測が間違っている可能性が出て来たのでそれ以上は何も言わなかった。
だが、目の前の通路を通り過ぎる時の老人の姿を見たアーバンとランプは、その異様なほど引き締まった体が目に入り、ただの老人ではないとすぐに見抜く。
アーバンは帰ってきたら聞き出そうと思っていたが、帰ってきた時、傷だらけでとても話すような雰囲気でなかったためこれ以上情報を引き出せなかった。
昼になると、少量だが昼食が運ばれてきてそれを口にしながら昼の試合を観戦する。
というのも、抽選の時に見た画面に映し出されていた闘技場で試合を行うので、収容所にいてもそれを観戦出来るようになっている。
観戦出来るか否かは人間と対戦する相手による要望で変わるのでまちまちだ。
そして、その無惨に終わった試合を見てとうとう夜がやってくる。
「お姉ちゃん、私勝ってくるね」
朝から夜まで、ルタは一切弱気な言葉を口にせず、常に勝てると自分に言い聞かせていた。
ランプもその成長ぶりには驚いていて、どっちかと言うと村にいるときは姉であるランプのマネをしたり常に一緒にいないと不安だという性格を持っていたが、たった一日で急激に成長していたのだ。
だからと言って勝てるかどうか分からなかったが、ランプはルタを信じ、鼓舞していた。
「ルタちゃん、応援してるからね頑張って」
アーバンも最初こそそんな希望を持たせるのは良くないと言っていたが、途中からその意思の強さに負け、ランプに合わせるようになっていた。
扉が開き、手錠をはめられたルタは闘技場へ向かって行く。
ルタは扉が閉まる直前、ランプの方へ振り返り微笑みかけると、これまでに見たことのない……まるで父のような顔つきになっていた。
**
「さて、どうなるか……まずは対戦相手だが……」
そう言って、アーバンは通路にある画面の方を見ると目を見開き絶句する。
「どうしたんですか、アーバンさん」
「おいおい、マジかよ。こりゃ、やばいぞ……」
他の場所でもその対戦相手を見て皆、アーバンのような声を上げていた。
「ルタちゃんの対戦相手、通称……無差別殺人鬼って言われていて、これまで対戦して生きて帰った人間は一人もいない。それに、毎回殺し方がえぐすぎるとんでもないやつだ」
最悪のカードを引いてしまったルタに一層の心配が溢れ出てくるが、今はもう祈るしか出来なかった。
**
ウィルビル=トルマール強制収容所には、大きな闘技場があり、そこで試合を行う。
周りを観客席で囲っており、毎回凄い賑わいを見せている。
とてつもなく硬い石でフィールドが作られ、とても簡素だが逃げ場が無いという意味では人間側からしたら地獄だった。
さらに、武器などは使用出来ず、使うなら自分のアイテムボックスからしか使う事が出来ない……これは、アイテムも同様だ。
だが、異口同種(バルゼルガ)も人間で言うアイテムボックスと同じような効果を持つ、腸袋(ガットボックス)があるので、そこからいくらでもアイテムや武器を取り出してくるので、勝負にならなかった。
完全アウェーな状態で、ルタは闘技場の中央まで足を運ぶが、対戦相手を見て、いくら精神状態を強く保っていても畏怖するほどだった。
飛び交う言葉も、酷いもので、ルタを応援する声など一つも無かった。こう言った声援一つもあると無いとでは、相当心の持ちようは違う。
声は一つではあまり効力を持たないがそれが複数重なり、さらに連なると重圧の波のようになり精神的に大きく追い詰める。
「さて、準備が出来次第始めようか」
審判も一人いて、優しそうな表情をしたエルフが仕切っていた。
「問題……無い」
「私も大丈夫です」
そう言うと、ルタとその相手は一定の距離になるまで離れ、各々使いたいアイテムや武器を取り出す。
そして、審判を勤めるエルフは腕を振り下ろし始まりの合図を発する。
その腕と一緒に下を向いたエルフの顔はぐちゃぐちゃな笑顔になり、今にも笑いこけそうになっていた。
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