198話 圧倒的な差

ーー「ここまでか……」リゼラはハルの属性の完成度に驚きを隠せなかった。

 実際、ハルが伸びようともそれ以上に努力し、少しでも差を埋めようと必死になってきた一年だったが、それすらも遅いと突っぱねられるようにリゼラは置いていかれたのだ。


 もはや、ここまで来ると才能や努力など関係ない、その二つを無にする程の人間を超越した化け物……鬼才。


 そんな、人物を目の前にし、まるで一年前に逆戻りしたような感覚に襲われたリゼラは、自分の不甲斐なさから現実を見たくないのか体の反射で自然と口角が上がる。


「全く、君はその程度ではないだろう……もっと本気で来るといい」

「ーーっん!!」


 ハルに言われたと同時に、リゼラは何とか体に力を入れ無理矢理にでも体を動かす。

 左手を前に突き出すように構え、指と指との間に隙間が出来ないよう手を開き、超堅城隔壁属性スキル<三膳三壁/スルベル>

を発動する。

 リゼラの掌から長方形型の青白い半透明の壁が三枚出現し、三枚同時に地面を削りながら一直線を描き物凄い速さでハルの元へ迫る。


「いい練度だよ!!超聖文神武属性魔法<精錬・五行手/メル・ジンギ>」


 ハルは迫る一枚目の壁を優しく触るように手を突き出す。すると、壁は全く動かなくなり静止しているようになる。

 ハルを一枚目の壁が押している事は目で見ても分かるが、それと同等の力で押しているので、一切動かないのだ。

 二枚目、三枚目と次々に壁の層が増えるがそれでも一切微動だにしない。

 そして、そのまま流れるような動作で壁を握る。超聖文神武属性魔法<精錬・五行手/メル・ジンギ>は、手の力、特に指先の力が上昇するもので、握力などが何十倍にも膨れ上がる……


 なので、属性での魔法やスキルも握る事が可能。

 一枚目の壁を握ったまま二枚目三枚目関係なく九十度にへし折り、同時に砕く。

 真っ二つに折れたリゼラのスキルは粉々に散る。


「ーーなっ!!」

「よそ見は禁物だよ!」


 ハルの力技に驚く暇もなくハルはリゼラに接近する。左拳を作り、躊躇なくリゼラに向けてゆるく軽めに振りかざす。

 リゼラは超聖文神武属性により、あまり力の入っていなさそうな拳でも異様にでかく感じ、そのプレッシャーで思わず大きく後方に跳び回避する。

 普段であれば小さな一動作で楽々に躱せる速度であるのにも関わらず、ハルから遠のいてしまった。

 その一瞬で、全身から冷や汗が吹き出るようにユニフォームを濡らして行き、同時に呼吸も乱れる。


「よくその避け方を選択したね……正解だ」


 小さくハルは呟くと、拳を振り抜いた瞬間ーー

 振り抜いた拳を中心として半径十メートルほど地面が窪み、空間に亀裂が入り、フィールドの一部を壊しかける。


「威力も桁違いだな……」

「まあね」


 ハルが笑顔でそう言うと突如、アギト達がいる方角からとんでもない爆発音と、その音を追ってくるように様々な物体が吹き飛んでくる。

 雨や風、雷など多種多様な現象が発生し始める。

 思わず、二人はその発生源の方角を見て、目を見開く。

 そこには、バルトとリアルの放った巨大な属性の津波のようなものがぶつかり合っており、少し遠くから見ていても畏怖するほどだった。

 ハルとリゼラは自分の属性で体を覆っているので何がぶつかってきても基本問題無いが、それでも相当な圧をこの場所から感じていた。


「凄いな、リアルと同等……いや、それ以上あるかもしれない……やっぱり今年は逸材が多いな」

「そうだな、そっちの学園よりも下手したら豊作だ」

「それは凄いな……」


 ハルは素直にリゼラの言葉に驚くと、リゼラとの距離を歩きながら詰めてくる。

 未だ、リアルとバルトの攻撃の余波が吹き荒れる中、何食わぬ顔で、ハルは超聖文神武属性スキル<精錬・全身継承/メル・ダウン>を発動する。

 その瞬間ーー

 ハルは黄白色の天恵で全身を覆われ、一歩歩くだけで地面が軋み、小さく割れ、凹む。

 超聖文神武属性魔法<精錬・五行手/メル・ジンギ>の全身版だと考えれば一番近いが、このスキルは天恵の消費が激しく、使っていれば使うだけ減る。

 だが、その分メリットも大きく、攻守共に超聖文神武属性魔法<精錬・五行手/メル・ジンギ>で手を強化した時のようなレベルにまでなっており、さらにこの状態で、超聖文神武属性魔法<精錬・五行手/メル・ジンギ>を重ねがけする事も出来る恐ろしいものだった。


 このスキルは音も断ち切るので、さっきから鳴り止まない音や雨音など全てノイズとしてはじき出される。さらに聞き分けたい音も設定出来るので、今はリゼラの声と自分の声しか聞こえないという状態になっている。

 ハルの体に触れる石や砂、風などが全て散り散りになって消し飛ぶので、側から見ると異様な光景に見える。


「あの二人が本気を出すならもう俺は一人でやる覚悟をしなければならないな……外す……」


 リゼラはそう言ってようやくこの状況になり、重りを外す。

 その身軽さに少し驚くが、元からルイン学園でトップの実力を持っていたのもあり、何かがめちゃくちゃ変わるという事は無い。だが、それでもこの少しの変化がリゼラにとっては大きかった。


「ふぅ……」


 リゼラは息を吐くのと同時に、超堅城隔壁属性魔法<隔壁要塞/フォートアーム>を発動する。

 リゼラの体は全身、伸縮性のある青白い色の壁に包まれそれが肌に定着し、オーラのようになる。光がばちばちと走り、雨の中だと良く映え、威圧感が増す。

 この魔法は、とにかく防御特化の魔法であり、リゼラが誇る盾の三種の内の一種でもある。


「去年より、君も十分に成長しているな。流石だよ」

「今年は逸材と言ったが、勿論その中に俺も含まれているからな」

「確かに、三年の中ではトップクラスだ……僕の次にね!!」

「ーーっ!!」


 そう言うとハルは、その軽く歩く姿勢のまま一瞬でリゼラの目の前に達し、先ほどの拳とは打って変わって目にも留まらぬ速さで二回リゼラの胸元を殴る。

 一撃目を受け反動で右に体が回った状態を使い、二撃目をさらに右へ回転するようにかわしリゼラは、そのまま回転途中で足に力を入れ、ハルの顔面めがけ振り上げる。


「へぇ……」

「うgぅっ!!」


 ハルはその蹴りを上体を後ろに逸らし軽々とかわす。

 速度の面においてどうしてもリゼラは勝てなかった。がたいの大きも勿論があるが、一番はただの実力差……こればっかりはどうする事も出来なかった。

 さらに、その上体を逸らした瞬間に右足だけを残し軸にして、左足を無理やり振り上げ、無防備になったリゼラの胸元辺りにぶち込む。


 蹴りを入れる時は基本手から腕の反動も使っているので、そのどこからともなく出てきたハルの蹴りをリゼラは避ける事が出来なかった。

 二人の間に衝撃が走ると、リゼラは軽く五メートル程後方に吹き飛ばされるが、足は地についた状態で何とか耐える。

 時間が経つと痛みが込み上げ、魔法を放っておいて良かったと自分の判断の良さを再認識して意識を紛らわせる。


 それからも幾度となく拳を交え、攻撃を受けては返しを繰り返し、ハルも徐々にだが顔が曇ってくる。

 両者は軽く息を荒げながら無呼吸運動のような事を数十分続ける。


 リゼラが、先に限界を迎え、一旦距離をつけるように離れる。


「硬いなぁ……じゃ、これならどうだい?」

「次から次へと……」


 だが、ハルは、再び一瞬で空いた距離を詰め、今度は大きく振りかぶり、左手拳に超聖文神武属性魔法<精錬・五行手/メル・ジンギ>を重ねがけし、先ほどの倍の威力のパンチを形成する。

 さらに、しっかり腰を入れ、足にも踏ん張りを効かせている拳なので威力がさらに上がる。


「ふぅあっ!!」

「はぁあああ!!!」


 リゼラはハルの拳に合わせ、超堅城隔壁属性魔法<城壁・連/ウォーキャスト・コンテ>を発動する。

 だが、その魔法を発動する直前にハルの拳はリゼラの腹部に到達し、めり込んでいく。

 めり込んだ拳はかなりの衝撃を含んでおり、内臓を揺らし皮膚を焼く程の威力だった。幸い、超堅城隔壁属性魔法<隔壁要塞/フォートアーム>で守りは固めているのでこの程度で済んだが、もし無ければこの一撃で終わっていた。


「ーーっ!!」


 そして、魔法が発動しハルとリゼラとの間に巨大な真空状の半透明な壁がハルの体を軽々と持ち上げ運んでいく。

 少し驚いたハルは、抵抗も出来ずに時速百キロメートル以上の速度で吹き飛ばされる。

 その様子を見て、少し安心するリゼラだったが、腹部の痛みだけでなく、突如全身のあちこちから痛みが現れ、それが徐々に徐々に深く、強くなっていく。


「な、なんだこれは……ーーあがぁっ!!」


 その刹那ーー

 リゼラはとてつもない衝撃が全身を走り、誰かに数十発殴られた後のようにハルとは逆方向へ吹き飛ばされる。吹き飛ばされている間にも幾重にも拳の感触が全身を伝い、ユニフォームはビリビリに破け、肌も拳の形に焼け、出血し意識が飛ぶ。


 途中からは超堅城隔壁属性魔法<隔壁要塞/フォートアーム>も部分的に壊れ、ダメージがもろに入り、それが逆に意識を覚ます薬の役目を果たし、意識を無くしては覚めを繰り返し、アギトとバルト達の元にまで吹き飛ばされる。


 その後ろを、リゼラの攻撃をかいくぐったハルが右腕を血だらけにしながら迫っていた。

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