199話 アギトの隠し技

 本来もっと実力が均衡し、時間がかかってもいい戦いだったが予想以上にハルの実力が上がっており、もう均衡というレベルではなくなっていた。


 吹き飛ばされてきたリゼラを見て、アギトは少しにやける。痛みでおかしくなりそうな状態でも、自然と笑顔が湧き出てくる。いつも毅然とした態度と仏頂面の人間がここまでボロボオになって、しかもこのタイミングで来たという事に運命とまではいかないが、それに似たものをアギトは強く感じていた。

 隣で気絶したバルトとリアルが運ばれていく中、アギトは何とか立ち上がったリゼラとその後ろにいるハルの方を確認する。


「もう少しぐらい時間を……稼げると思ったんだがな……」

「……だから片腕を犠牲にしたんじゃないか」


 ハルはさっきまでの余裕な表情では無く、自分の血がついた顔を軽く腕で拭うと、目つきが変わっていた。


「まさか、リアルを倒すなんてね……凄いな、二人とも」


 ハルは運ばれていくバルトとギリギリ耐えているアギトの方を交互に見やる。


「……へっ……そりゃ……そ……」

「喋るなアギト、それ以上は体に響く」


 無理やり口を開こうとするアギトを静止するリゼラだったが、その直後近くにいたハルのプレッシャーが一気に跳ね上がる。

 それの様子を見て、ハルの方へ向き直り覚悟する。

 ここからは、もうハルの肩慣らしや様子見などそういった甘えた類の物は一切無くなり、気を抜けば一撃、ほんの数秒で終わってしまうほどだろうとリゼラは考える。


「少し離れよう」

「ああ」


 バルトとリアルの二人を回収する教師陣もその傷の深さに応急処置を施してから体を動かさないといけないので少し時間がかかると見て、リゼラとハルは少し離れた場所へ移動する。


 そして、移動しようとリゼラが動いたその時ーー


「リゼちゃん……後は任すぜ……」

「ああ、任せろ」


 アギトはリゼラの後ろで無理やり体を起こし、拳をリゼラの背中に突き立て最後の力を振り絞り喝を入れる。

 そのまま、力尽きて倒れていく友人でもあり戦友でもあるアギトを心配して振り返る事をせず、ただただハルについて前をしっかりと見据えて歩いていく。


 アギトに喝を入れられリゼラは確かにこれまでに無い力をもらえた気がしたが、実際問題前を歩くハルを見て「勝利」という二文字が浮かんでこなかった。

 血だらけだった片腕はポーションも使っていないのに再生しかかっており、傷も殆ど修復していた。さらに、一歩一歩足を進めるたびに上がる集中力とプレッシャーは後ろを歩いていても強く感じ、そう生ぬるいものでは無いとこの数十メートルでリゼラは事実を嫌という程叩きつけられていた。


 だが、リゼラはハルの一歩一歩プレッシャーが上がる度に、次から次に考えなくてはいけない事が頭から抜けていく。

 ハルの属性についてや戦術、次打つ一手や動き方等、さっきからずっと考えていた事を急に思い出せなくなっていた。

 その異変に気づく暇もなくハルはゆっくりと足を止める。


「ここなら問題無い……」


 そう言ってハルはリゼラの方を向くが、小さく口を開け目を軽く見開きながら驚き、はっきりと口にする。


ーー「君は一体誰なんだい?」と


 ハルの目にはさっきのリゼラとは違う別人のように映っており、まるで何度も死線をくぐり抜けてきた上位冒険者、国の騎士、兵士のような集中力から来る重圧、洗礼された天恵を持った人物が立っているようだった。


「何を言っているんだ?俺はルイン魔導学園、生徒執行会会長のリゼラ・ファルセだ」


 変化の量が大きすぎて、リゼラ自身も何が何だか頭の中で整理できていなかった。

 ただ、この力の原因はリゼラ自身ではないという事だ……


 気絶し、運ばれていくアギトの様子を見ながら、リゼラは少し昔の事を考えていた。

 アギトの属性は組んだ味方を強化するもので強くはあるが、実践で使えるかと言うと本当に使用者の使い方に左右されるとリゼラは考えていたので、アギトには何か切り札や強みをさらにもう一つ用意しろと散々言ってきた。

 だが、アギトはあまのじゃく的な性格を持ち合わせていて基本言う事を聞かない。

 アギトはアギトで最初の突破口を見出してもらったリゼラに対しこれ以上人の世話にはなりたく無いと強く思っており、そのせいで反発も強くなっていた所はあった。


 それに、アギト自身も分かっていた、このままでも確かにルイン魔導学園の中では上位には上がれるが全ての学園を加味した時に上位百の中にも入れないのではないかと……

 そしてアギトは、リゼラ達との特訓の後密かに追加で特訓をし、その強み、切り札を試行錯誤し編み出してきたその成果を今日この最後の最後に発動したのだった。


 アギト自身、リゼラがピンチの時にドヤ顔で決めて、ボロクソに言ってやろうと考えていたが、まさか退場しながら使う事になるとは考えておらず、自分の最大最高のサポートでどう言う風な戦いになるのか自分の目で見れずその悔しさで、夢に出てきそうなほどだった。


 それを受け取ったリゼラはリゼラでそんなものがあるとはアギトから聞いていないので、気づかなくても無理はなかった。


 刹那ーー

 ハルは、一直線に超聖文神武属性魔法<精錬・五行手/メル・ジンギ>を纏った左拳を振りかざしさらに一段階速く振り抜く。

 本来なら反応出来なかったはずのリゼラはその拳を七発を掌で弾く。

 ハルの拳は一発ではなく、七発も一瞬で繰り出しており、ようやくさっき受けた攻撃をリゼラは理解し、それと同時にようやくアギトがあの一瞬で己を強化してくれたという事を理解する。


「凄いな……」

「俺も驚きだよ」


 さっきはもろに受けていた攻撃をいきなり全て受け流されたハルはその急激な成長に感激していた。

 ハルもさっきのアギトが原因だと理解し、その強化幅の恐ろしさを身を以て実感し、吹き飛ばす方向を良い意味でも悪い意味でも間違ったと心の中で呟く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る