97話 シュガー

 痛ででででで!!

 ウタゲは少し仮眠を取るつもりだったが結構がっつり寝てしまった。荷馬車なので寝床にした床が硬く体の節々が痛い。よだれの跡がくっきりと残っているのが自分でも分かるくらいの量だったので誰かに気づかれる前にすぐさま拭き取る。


 窓の外は日がもう落ちそうで、そろそろ村に着く時間帯だった。

 ウタゲは隣にいるくそジルはまだ寝ており、何故かその秘書のツルミは頭を抱えて震えている。

 リゼラは相変わらずただ目を閉じ起きてるか起きてないか分からないような毅然としたような態度で座っている。


「あ、あのーツルミさんどうかしたんですか?」

「ひぇ〜……」


 ウタゲを見てさらにツルミは顔が引きつり荷馬車の壁にめり込む勢いで遠ざかる。


「一体何があったんです?」

「覚えて無いんですか?」


 ツルミは涙目になりながら声を震わせている。

 もし何かあればウタゲもジルも皆何かしらの対処をする筈で、ウタゲにはその記憶がなく、ツルミの言っていることが信じられなかった。


「うーむ。とくに何も覚えていないなぁーちょっと激しい戦闘の夢を見てたくらいだし」


 寝てる間に床に落としてしまっていたシュガースティックの食べかけを咥え直しウタゲは頭を掻きながら考えるが寝ていたんだから何も覚えていない。


 だが、何故かウタゲが持っていたカバンが隅っこの方に移動していた。

 荷物のカバンの紐をこっちに手繰り寄せて手元に寄せる。よくよく見てみると荷馬車の中の荷物の位置が所々変わっている。


「で、何があったんだ?」

「ウ、ウタゲさんが寝始めてから十分後くらいにですね突然立ち上がったんですよ。そしたら、隣の寝ている学園長に突然殴りかかったんです。そのウタゲさんの攻撃に学園長の防衛本能が働いてそれを防いだんです。そっからヒートアップして荷馬車内で突然戦闘が始まったんです……よ」

「ま、まじですか……」

「まじです……」


 ウタゲはシェルに寝相が悪いとは聞いたことがなかったのでてっきり自分は大人しく寝れるタイプだとずっと思っていた。

 今回この特殊な環境しかも、ジルがいるという要因が重なってストレスにより寝相がひどい事になってしまったのだ。


「ごめんごめん寝相が悪くてな」

「寝相ですか……」


 ツルミは目を点にしており、これが寝相ということに頭がついていってないない。


 ツルミは頭を抱えて下を向きぶつぶつと何かを呟きながら数秒が経つ。すると、顔を上げてさっきまで怖がっていたツルミが元に戻っていた。


「こちらこそ驚きすぎて申し訳ありません。取り乱しました……」

「いやいや悪いのはこっちなので」

「ウタゲ先生が初めてですよ!」


 いきなりツルミがウタゲの両手を握り涙目で迫る。その迫力に気圧されたウタゲは少しずつ後退するが壁に背があたり逃げれなくなる。


「ど、どうしたんですかツルミさん……」


 ウタゲは引きつりそうな顔を何とか笑顔にし対応する。


「聞いてくださいよ!こういう時、学園長ったら『ああ、そうじゃな今のはツルミくんが悪いの』って言ってくるんですよ!悪いのは百パーセントあっちでもなんか謝んなきゃいけない雰囲気あるじゃないですかーそれなのに学園長ときたら!」

「な、なんのことですか?」

「は! ごめんなさいまた取り乱しました……」


 突然人が変わったように元の位置に戻るツルミ。

 普段のストレスが溜まっていたのか、爆発するように言い放つ事によって発散して落ち着きを取り戻す。


「ま、くそジジィのそういうところは変わらないからな……」

「そ、そういえばウタゲ先生って学園長と親しいですよね」

「ああまぁ……昔ちょっとな」

「ほぇーその話聞かせてくださいよー」

「ふわぁあああ〜久しぶりによく寝たわい」


 二人の話を聞いていたのかは定かではないが寝ていたジルが起きる。わざとらしく目をこするふりをし、両手を天井に掲げ蹴伸びする。

 ジルはこの先の会話をさせないためにわざと起きたと三人の中でウタゲだけが理解する。


「おーいそろそろ村に着くぞー!!」


 御者のお爺さんが窓を開けて伝えてくれる。そのまま直ぐに窓を閉めて再び馬の操作に戻る。

 ウタゲは窓を開けて馬の先の景色を見ていると小さい村のようなぼんやりとした形を確認する。


 それから数十分後に村に到着し、御者のお爺さんは荷馬車と馬をの整備や世話があるので四人を降ろしそのまま行ってしまう。村の外回りに施設があるのでそこへ向かって行った。

 ウタゲ達は村の人に案内してもらい今日泊まらせてもらう宿屋に案内してもらう。


 外観は少しすたびれいかにも村にある宿屋という雰囲気を醸し出しており玄関もドアなどではなく縦長の長方形の布を二枚垂らしそれを扉がわりにしている。

 四角い建物に二つの面で屋根が構成され、緩やかな傾斜だ。煙突が付いていて宿屋なので敷地面積は広い。

 庭も付いていて外にテーブルや椅子があるのでそちらで食事を楽しむ事も出来る。


「中々風情があるのー」

「そうですね学園長」

「疲れたから早く中に入ろう」


 部屋を一人一部屋ずつ取っているのでそれぞれ案内してもらう。


「それじゃ明日は朝七時じゃからそのつもりでな。それまでは自由に過ごすとよい。ご飯もここで食べてもいいし勿論村で食べても良いからの」

「分かりました」


 ツルミだけが頷き他は同意とばかりに無言で頷く。


「ウタゲ様はこちらのお部屋になります」

「お、ありがとう」


 殆ど素泊まり用の部屋で大きさが全体で十畳あるかないかくらいで、ベッドとテーブルと椅子が備え付けられており、出入り口の方には洗面台が置いてあるといった感じだ。玄関と違って個室なので部屋の出入り口は扉になっていて村の人にもらった魔法陣の描かれたカードが鍵となる。


 ウタゲは一旦大きな荷物を適当なスペースに置いてから最低限の荷物を小さいバッグに詰め村を散策する準備をする。

 シュガースティックが無くなったので新しいのを一本咥える。勿論予備も小さい方のバッグに詰めてある。


「さてと、行きますかー」


 部屋にずっといると暇なのでウタゲは外に繰り出す。

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