2話 母は偉大
暗がりの中、璃屠の母はお酒を飲みながら、璃屠を視界に捉えていた。
璃屠はそのまま自分の部屋に戻ろうと踵を返す。
「まてまて、どこへ行く……たまには、母と会話しなさい」
璃屠の母は軽く酔った口調で自分の向かいにある椅子に座るよう指で合図する。
屠は別に母のことが嫌いとかではない、むしろ尊敬しているくらいだが、酔っている場合は別、しかも今は酔い初めの段階これはかなり危険であった。
早々に立ち去ろうと思っていたが捕まってしまったので璃屠は諦める。
そして、璃屠はそのまま言われた通り向かいの席に座る。
「なんか久しぶりに会ったきがするねぇ」
「確かに久しぶりかもな」
璃屠の母はシングルマザーで璃屠と一葉二人を支えてくれている。 朝から晩まで仕事で、土日もどちらかは仕事なので、会うのは一週間に一度あるかなくらい。
最近はバイトもやってたり、一日中部屋にこもってゲームしてたりするので合わないこともある。
ここ最近、母親とは三週間は会っていなかった。
久しぶりに感じるのも当然だ。
「最近はちゃんと寝てるか?」
「ぐっすりだよ」
璃屠は母さんに小突かれる。
痛みよりもくすぐったさが勝るので思わずにやけそうになってしまうがなんとか耐える。
「わかりやすい嘘をつくんじゃ〜無い」
「母さんこそちゃんと寝れてるの?」
璃屠の母も璃屠と同じように眠りが浅い人だ、璃屠ほどでは無いが目の下には隈がある。
同じ境遇でバレることが分かっていて璃屠は嘘をついたので見抜かれて当然だ。
そしてこれは、おそらく遺伝だろうと病院に行った時は言われたが、一葉の方にはなかったことからその線がかなり濃厚だった。
一葉はあのしっかりした性格や体育会系なところなど全て父親の遺伝子を受け継いでおり、璃屠と一葉の父と母は正反対な性格で、相性はよかった。
だが……璃屠の母は璃屠が小さい頃に離婚している。
父は母と結婚する前は普通のサラリーマンだったが、結婚後に豹変した。
いきなり会社をやめたかと思えば、母さんに暴力をふるいだし、母さんは逃げるように璃屠二人を連れて引っ越した。
その頃は璃屠も小さかったのでほとんど記憶には無く、半分以上は母から聞いた話だ。そして、一葉はまだ知らない。
酒を呷った後、母は苦笑いしながら答える。
「あぁ少なくともお前さんよりは寝てるよ」
母は窓から見える夜空を見ながらもの哀しげに璃屠の方を見る。
「本当にごめんな。」
母と話すと毎回こんなくだりで始まる。最初の頃は慌ててたけどもうこの歳になるともう焦りは無い。いつも通り無難に返す。
「大丈夫だよ……別にもうずっとこうだから慣れたよ、今更治っても逆に困る。それに母さんのせいじゃない。頭を上げて」
母は目線を少し上にやり、はっと思い出したように話を続ける。
「今日は言いたいことがあったんだけど……小学生三年の時のこと覚えてるか?」
母は、璃屠に考える時間を与える為にか新しいお酒を取りに冷蔵庫へ向かう。
だが、いくら時間を与えられようとも璃屠の脳裏に小学三年生の頃の記憶なんてパッと出て来ない。
再び席に着くと、答え合わせと言わんばかりに璃屠の前に缶のトマトジュースを置いてくれる。
缶の蓋を開け、ちびちびとトマトジュースを飲む。
トマトジュースは璃屠の好物の一つで、トマトはそこまで食べないが、ジュースの方はしょっちゅう飲むので冷蔵庫に常備されているほどだ。
「覚えてないなー」
「流石に覚えてないか。お前達二人のことなんだが」
璃屠がそのまま話をどうぞとトマトジュースを飲みながら目で促す。
「お前達に習い事のことを聞いただろ?家はそんな裕福じゃないが何か一つくらいやらしてやりたいと思って何かやりたいことが見つかったら私に言うように伝えたはずなんだが覚えてるか?」
その話は、璃屠が小学三年生の夏休みに家でうだうだしていると母が突然言いだしたことだ。
璃屠の母は思い至ったらすぐ行動する人なので、度々こう言うことがあるのでいちいち覚えいない。
ただ、璃屠にはやりたいこととかなかったーー
「一葉は柔道をやりたいって夏休みの終わりに言ってきたが、お前ときたらなんて言ったか覚えてるか?」
璃屠は何と言ったかまでは覚えてはいない。
ゲームやりたいとかか?と考えながら璃屠が呆けてると母さんは呆れたようにうなだれた後、答え合わせをしてくれた。
「俺は習い事する気ないというかやりたいことないから一葉の習い事を一個増やすもしくは柔道の日数を増やしてあげて」
「こう言ったんだ」
璃屠はその時のことを思い出したのか、うんうんと妹思いの良き兄ではないか、最高な回答であると自分の中で絶賛しながら首を縦に振る。
そのことが顔に出ているのか、トマトジュースを飲んでいると璃屠の母はため息をつきながらビールを呷る。
「はぁ……あの時はその意見を受け入れたが、何かやりたいとかないのか?今からでも別にいいんだぞ」
ーーうーん今更やりたいことといえばゲームくらいしかないし、自分に嘘ついてやるもんじゃないだろうしなぁ
璃屠の中では特に何かこれというものは見当たらず、答えを出せずにいた。
それが態度に出たのか諦めたように呟く。
「これでも心配してるんだぞ。服だって私が無理やり買い与えるまでずっとすり減るまで使い続けるし、反抗期だってなかった。幼稚園時代だって一葉が早く生まれたからかまってやる時間をあまり取れなかったのにも関わらずさもそれが当たり前かのように、甘えたいそぶりすら見せなかった」
「けんがいたからね」
そう、母が言いたことも今となっては璃屠は痛い程よくわかった。 ただ幼稚園時代けんと友達になって幼稚園に早く行きたい、けんと遊びたいという思いの方が強くそのおかげか、特に苦労することはなかった。
よく幼稚園で母親と別れるのが嫌でなく子供は多いが、璃屠は逆で帰りたくなくて泣いていたのをはっきりと覚えてる。因みにけんも同じ症状だった。
「そっか、けんくんには感謝だな。今日もけんくんと出かけてたのか?」
璃屠は小さく頷くと、自分の片手を頬につけ肘をテーブルの上に置きながら母さんは微笑んだ。
「もう少しくらい他にも友達作ったらどうなんだ?小さい頃からけんくんとしか遊んでないじゃない」
「うーん、合うやつがまずけん以外で会ったことないしそれに友達が多いことイコール良いことではないと思うしね」
友達なんて所詮他人、それにいくら友達を作ろうといくら金を持っていようと、いくら人を殺そうと死ぬ時は一人だ。
看取られて死のうと本人以外はその時点では死なないんだから結局のところ一人……だから、そんな多数の人と付き合う必要はないと璃屠は思っている。
そう答えた時にはすでに母は机に突っ伏して寝ていた。
机にはのみ残されたお酒と二本の空き缶が転がっていた。
ーーお酒強くないのに無理するなよ……
璃屠の母は恥ずかしがり屋なのでお酒を飲まないとこうやって対峙して話せない。
璃屠は母を部屋まで連れて行き、そのまま自分の部屋に戻りすぐに寝た。
**
ついにこの日が来たーー
学校が終わりけんと走って帰り、自分の部屋に荷物を置き玄関で待つ。五分たつとちょうどインターホンがなる、配達の業者さんを自分の部屋まで誘導しブツを置いてもらう。
配達業者さんは、隣の家にも同様の手順で行っていた。
ついにCRが届いたのだーー
早速開封し、説明書の手順に従い作業を進める。
意外とゲームを起動させるまでの作業は早く終わり、あとはCRの中に入りゲームを起動するだけだ。
ピコンと電子音がする。璃屠は端末を覗き、要件を見るそして了解とだけ伝え端末を閉じた。
まずは、CRを起動する。するとブゥンと機械音が鳴り璃屠はCRの中に入り寝っ転がる。
寝心地はものすごくよく出来ており、体のことをしっかりと考えられた設計となっている。
もう最初の設定の時にスキャンしてあるので、OOPARTSのアイコンをタップし起動させるだけとなる。すると電話マークのアイコンが震える、それをタップすると幼馴染の声が入る。
「遅れてごめんね。設定にとまどちゃって」
「ああ、大丈夫。説明書読んで時間潰してたから」
CRの通話機能である。CR固有のアドレスを知っている相手との通話が可能になるもので、璃屠達は自分のスマホとのメールアドレスを同期させているので、その設定をする必要なくすぐに通話が可能となる。
「じゃあ、始めますか。準備大丈夫?」
「うん」
OOPARTSのアイコンをタップする、すると起動しますか?Yes or Noと表示される。
璃屠はYesの方をタップする、すると女性の声が響く。
「OOPARTSオンラインのご購入ありがとうございます。次回からは音声または指をOKサインの形にしてもらえれば勝手にゲームを起動しログインいたします」
「では、OOPARTSオンラインの世界をお楽しみください」
その音声を最後に璃屠の意識が薄れていったーー
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