1章 温故知新

0話 登下校

ーーピピ、ピピ、ピピ、ビ!ビ!ビ!ビ!ビビビビビ!!!!!


 朝日がカーテンの隙間から入り、枕元を照らし始めた頃、豪快なアラーム音を奏でる目覚まし時計が鼓膜を刺激し、脳を揺らす、毎朝聞いている音なのに全くといって慣れることはない。

 ただ……脳は起きようとしているのに体は全く言うことを聞かず、ベッドから中々抜け出せない。


 ベッドの上で仰向けになり、藤重璃屠(ふじしげ あきと)はその重たい瞼を半分開け天井を眺める。

 ベッドの中でゴロゴロしすぎたので寝癖が付き、あまり寝れてないのか目の下に濃い隈が出来ている。

 ボサボサの髪をかきながら璃屠は、めくれた衣類を綺麗に正す。


「眠い………」


 今だにアラーム音が鳴り響いている、それはもう近所迷惑レベルでだ。首を横に向けた璃屠は目覚まし時計の横に置いてある卓上カレンダーを見る。


 2119年 3月10日 午前7時20分……


 いつも家を出る時間が8時、そろそろ起きないといけなく、朝ごはんも含めるとそれなりに急がなければいけない時間帯である。


 今日は卒業式、中学校最後の日ーー

 それをカレンダーの日付欄の横っちょに小さく書いてあるメモで確認する。

 璃屠は、中学校では部活にも通ってなかったし、友達も一人しかいない。なにか思い出があるかといわれればそうでもないので卒業式であっても行きたいという気持ちはこれぽっちも無かった。


 ただクラスの人達はいい人が多く、特殊な璃屠を何も言わず扱ってくれていたので、それにはいつも感謝しかなかった。


 そろそろ起きようと体を少しずつ動かし起き上がろうとした時、扉の向こうから階段を駆け上がるような音が響く。

 それは徐々に大きくなり、ついには璃屠の部屋の扉が開かれる。

 本来、プライベート空間の扉がそんな簡単に開くはずもないが、璃屠の部屋の扉の鍵は、ここの家に引っ越して来た初日で壊れていた。


「おっはよー!お兄ちゃん。」


 元気の良い挨拶と共に階段を駆け上がり扉を蹴破るかのように入ってきたのは璃屠の妹、一葉(かずは)だ。

 天真爛漫な性格で、短めに切ったスポーティな黒髪で瞳が大きく、よく年齢の割に幼く見えると親戚から言われるほど、少し幼めに見える顔つきだ。


 一葉は毎朝同じ時間に璃屠を起こしに来てくれ、璃屠自慢の妹である。


 だが、璃屠は挨拶を返すわけでも、寝かせてくれと言い訳するわけでもなく即座にベッドから飛び降りようと、掛け布団を蹴り上げる。


 一葉は思いっきり手加減なしのかかと落としの体勢に入っており、ベッドにいる璃屠を狙っていた。璃屠は脳をフル回転させ、体を無理やり起こしギリギリでかわしながらそのままアラームを止める。


 璃屠にとっては慣れたものだが、毎朝命の危険があると精神がすり減るのでやめてもらいと常々思っているが、言うことを聞いてもらえたことは一度もない。

 そして、このかかと落としも避けれるようになったのは最近で最初の頃はもろに食い、一発目の時は数日間腹痛に悩まされた程だ。

 璃屠が避けられるようになったことが嬉しいのか一葉はとても嬉しそうだった。


「やるね、お兄ちゃん」

「毎回避けるの命がけなんだぞ」


 一葉は中学二年生、璃屠の一個下で柔道を習っている。やり始めて直ぐに県内一位をもぎ取り、その圧倒的強さから同学年の男子達からも一目置かれている程だ。


「こうしないとお兄ちゃん起きないんだもん。いっつも遅刻してたのはどこの誰でしたっけ?」


 璃屠が言ってもこの朝の習慣をやめない一番の理由は璃屠が時間通りに朝起きられたことがないからだ。

 なので、いつも一葉に言い負かされ、口論でも取っ組み合いでも負けている始末だった。


 璃屠は朝に強く無いのだ。

 別に夜更かしをして遅くに寝ている訳では無い、基本夜10時には就寝しているのだが、寝つきが悪くほとんど寝た気にならないのだ。


 おかげで目の下にはくっきりと隈がある。


「もう朝ごはん出来てるから早く食べてよ」

「あと私は先に学校行くからね」

「それとその寝癖は直して行くんだよ」

「それからそれから」


 一葉はこういうところにすごくうるさい、真面目でとても几帳面な性格で璃屠とはまるで正反対である。

 こういう面でいつも助かっている璃屠は一葉には直接言っていないが、いつも感謝している。


「わかった、わかったから。そろそろ学校行かないとまずいだろ」


 一葉は生徒会に入っているので朝早くに行って校門の前で挨拶しないといけない。璃屠からしたら七面倒くさい仕事を学校がある日は毎日行なっている。


「あ、そうだった!じゃあ行ってくるねお兄ちゃん」

「おう、行ってらっしゃい」


 嵐のような一連の流れを終え一葉は手を振って部屋を出て行く。

 一葉が見えなくなってから璃屠はカーテンを開け、太陽の光に感謝しつつ、タンスから制服を取り出す。


「……着替えるか」



 着替えと寝癖を直して今朝ごはんを食べている。

 いつも朝ごはんは一葉が作っている、小学校までは璃屠が作っていたのだが一葉がどうしてもやりたいと言うので変わってあげ今に至る。


 小学校までは璃屠も早起き出来ていたが、中学生になって急に変わってしまった。


 今日の朝ごはんは白米に豆腐とわかめの味噌汁、卵焼きに焼き鮭と旅館の朝食並みに豪華だった。

 この鮭もスーパーではなくちゃんとした魚屋で買ったものだ。


 一葉なりの卒業祝いなんだろうと璃屠は感じ一口一口丁寧に食べる。

 普通夜ご飯を豪華にするのが一般的だが、こういうところが一葉らしいと思いながらお茶を啜る。


「ご馳走様でした。」


ーーーーーーピーンポーン♪ーー


 ちょうどそこでインターホンがなる。

 璃屠は受話器を取り、訪問者と話す。


「今、朝ごはん食べ終わった?」

「なぜわかる」

「お、当たった!」

「二分ほど待っててくれ」

「了解」


 いつも通りのやりとりを終え、璃屠は受話器を戻すと、すぐに洗面所に向かい歯を磨き、顔を洗う。

 そしてリュックを背負い玄関へ向かう。


 この間、体感一分半ーー


 ドアを開けると、その訪問者はいつも通りの場所にいつも通りの立ち姿で待っていた。

 璃屠が来たことを確認すると手を振ってくる。


「おはよう〜」

「おう、おはよけん」


 軽く挨拶を交わすと、学校へ向かい歩き出す。


 今璃屠一緒に歩いてるのが、璃屠の唯一の友達、剣崎光希(けんざき こうき)通称けん。

 友達といっても、幼稚園からの付き合いで小学校6年間と中学校3年間同じクラスという偉業まで成し遂げた仲で、幼馴染である。


 けんは、男から見てもイケメンと言えるレベルの顔立ちで、どっちかというと爽やかなイケメンに近い。だが、かなり変人で、好き嫌いが激しかったり、何かに熱中すると周りが見えなくなったり、一人でいると独り言をずっと喋ってたりとかなり特殊な人であまりモテてはいなかった。


 そして、けんは変な特技を持っている。

 人の嘘がわかるというものだーー


 最初の頃は、璃屠もちょっとした嘘が簡単にばれてびっくりしたが、だんだん慣れてきて今ではけんにバレないように嘘をつくことができるようになった程だった。

 その嘘は、初対面の人のは見抜けないが、ある程度喋ったり、少し同じ空間にいればわかるようになるもので、初対面と少し仲が良いという境界線はけんにしか分からない。


「今日で卒業だねぇ〜」

「あぁ、そうだな」


 けんが眠たそうに言ってきたので、璃屠も眠たくなる。

 それに毎日朝学校まで一緒に行ってると会話も単調になってくる、朝は両方苦手だからなおさらだ。

 

「まさか同じ高校に進学するとは思ってもいなかたよ」

「俺もそれには驚いたな」


 これだけ何かと一緒になるから志望校は二人共内緒にしようって決めていたんだが、蓋を開けてみれば結局同じ高校に受かってしまった。


 もうここまで来ると呪いだと二人で怖くなった日もあった。


「まぁ学科は違うからクラスは同じにはならんがな」

「そうなるね」


 璃屠は情報系の学科で、けんはデザイン系の学科、工業高校である。

 だから絶対同じクラスになることはない。

 数十分他愛のない話をしながら歩いていると、中学校の校門が見えてくる。

 卒業式というのは、どこかいつもと雰囲気が違い、独特な緊張感がある。

 だが、それは璃屠達には関係のない話だった。


**


「ただいまぁ〜」

「あれ、お兄ちゃんもう帰って来たの?」


 一葉がソファで本を読みながら聞き返してくる。


「いや、卒業式は十一時終了でちゃんと十一時三十分に帰って来ただろ」


 一葉がこちらに振り返り、呆れた目でみてくる。


「あのねぇお兄ちゃん普通はみんなで写真とったり、ご飯食べに行くったり、遊びに行ったりするもんでしょ」

「いや、だって早く帰ってやり残してるゲームをだなぁ」

「そうやってゲームばかりやってるから目の下にクマができるんだよ!」


 これは長くなる長年の勘が璃屠に警鐘を鳴らす。

 一葉はこうなると止まらなくなり、いつのまにか説教を受ける形になってしまう。


「大丈夫、わかった、分かったから。今日はゲームしないから」


 璃屠は両手をあげ降参のポーズをとると、一葉は諦めたのか説教はいつもの半分で終わった。

 そんなこんなで一旦荷物を部屋に置き、リビングへ向かう。


「お兄ちゃん、ご飯あるから食べよう」


 テーブルには昼ごはんが並べられていた。


「おう、そうだな」


 二人席に付き、手を合わせる。

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