幼女よ、少しは頑張れ

 

「巫女の召喚? いや…コピー出来ないから魔法じゃねぇ…はっ、勝てないと思って助けを呼びやがったな!」


「リアちゃん、私もお揃いの巫女服着たいです」

「ふふふっ、良いわよ。夜にね」


 リアちゃんから幼女を受け取り、少し下がる。なんかアテアちゃん…凄く甘い匂いだな…


「アテアちゃん、ちゃんとご飯食べましたか?」

「…食べたのじゃ」


「…パンケーキ三十枚にクッキー五十枚に生クリーム一リットルはご飯とは言いません」

「なっ! なんで解ったのじゃ!」


 太るよ。お腹ぷにぷにだよ。

 あっ、そろそろリアちゃんに集中しないと拗ねちゃう。



 …前も思ったけれど、大きな龍を見上げると首が痛いな。

 暴風龍はリアちゃんを見据えて行動しない。そういえばアテアちゃんって暴風龍から見たら上司かな? そこんところどうなの? 「知らん」…そうですか。


「サイクロニーガ、何してる」

『…小僧…こんな所でやる気か? 大勢の人間が死ぬぞ』


「あら、暴風龍さん優しいのね。じゃあ移動しましょ」


 リアちゃんの手の平に紫色の魔法陣が…幾つも重なって球体になっていく。ヒロトの前で見せて良いの?

「それは…転移魔法か! コピー!」


「アスきゅん、良い機会だから色々教えてあげりゅ。魔眼や特殊能力にはランクがあるの」


「あぁ…それはなんとなく解ります。第一皇女の魔眼を視たので…因みに何段階です?」

「大きく分けると、下位、中位、上位、超位、神位の五段階。この男子は上位…複製の魔眼ね。だから超位、神位の能力は複製不可」


「…くそっ! なんで複製出来ない!」


「へぇー私、ヘルちゃん、リアちゃんのはどの位置ですか?」

「深淵の瞳と神聖の瞳は超位よ。時の魔眼は神位…もちろん魔眼は様々な条件で成長するから、その内神位になれるかもね」


 なるほど。上位の複製の魔眼は、上位の能力までしか複製出来ない。だから深淵魔法や神聖魔法は複製出来ない…のか? そもそも上位までの範囲ってどのくらいさ。


「じゃあその魔法は複製出来ないんですね」

「そうだよ。そこで問題…環境魔法には、もう一つ上があるの。一体何でしょう」


「環境の上…自然…大地などの原点?」

「ふふふっ、そんな感じ…正解は世界の操作ね。世界魔法・次元の狭間」


 …バキンと大きな音を立てて何も無い所にヒビが発生…空間が割れていく。ヒビはどんどん上に発生していき、やがて巨大な紫色の裂け目が出現した。

「…入るの怖いです」

 リアちゃんが微笑みながら指をパチンと鳴らす。すると、私とアテアちゃん…暴風龍、ヒロトを吸い込んでいく。


「アスきゅん、あーれーって言って」

「…あーれー!」


 なんかそのリアクション古いよ。

 ん? 吸い込まれた先……どういう事だ? さっきと同じ街の景色だけれど、色が無い。白と黒の世界に迷い込んだみたいだ。

 一応人の姿も見えるけれど、停止しているから背景みたい。


「ここは次元の狭間…を私の領域にした場所」

「へぇー、じゃあここはリアちゃんが作った空間なんですねー」

「イったん、ほどほどにの」


 へぇー、なんかよく解らないけれど凄いんだね。

 じゃあここから違う世界に行けるのかな?


「痛え…ここは…なんだ?」

『小僧…降参した方が身の為だ…我には太刀打ち出来ない…』


「なんだって…そんな馬鹿な話があるか!」

『あるんだよ。世界は広い…聖女、天使、女神を敵に回している小僧の方が馬鹿だがな…』


 暴風龍さんが説得しているけれど、ヒロトは引くに引けない感じかな。召喚された側としては、召喚した者の意志を尊重しなければいけないから、ヒロトがやれと言ったらやらなければならない…世知辛いね。


「暴風龍さん、やるの? やらないの? この場所は世界の理から外れているから、還っても違反にならないよ?」

『ならば義理として、一撃だけ相手をしてくれ』


「良いよ。どーんと来て」


 暴風龍が大きな口を開けて、力を解放した。

 深緑の龍鱗から風が巻き起こり、暴風となって大きな口の方へと集まっていく。

 緑色のエネルギーが渦を巻きバチバチと雷も発生し始めた。

 この規模は圧巻だなぁ…嵐を吹き飛ばしたというのは本当みたいだ。

 やがてエネルギーが暴走する寸前まで圧縮され…暴風龍がニヤリと笑った気がした。


 リアちゃんは仁王立ちで暴風龍を眺めている。

 いつもと変わらない雰囲気…リアちゃんの後ろに座って見学しよう。


『始まりの風…エンシェント・ブラスト』

 世界中の風が全て集まったような強い力…深緑の力が放たれた。

 おー…触れたら粉微塵になりそう。


 リアちゃんが右手を向けて…透明な結界を形成した。えっ、薄いけれど大丈夫?


 うわっ、来る来る来る!

 結界に深緑の力が衝突!


 ……あれ? ビクともしない。

 結界の外は荒れ狂っているけれど、頑丈な家にいるような…


 結界をコンコン叩いてみると、変な感覚…あっ、ヒロトが飛ばされている。


「リアちゃん、この結界凄いですね!」

「ふふふー、結界の時間を止めているから頑丈なの!」


「可愛いですね…あの、時間の結界ってどうやって破るんです?」

「時空属性があれば簡単よ。でもこの世界には無い属性だから破るのは難しいわね」

「わっちは出来るのじゃ!」

「いや聞いていないです」


 それはつまり、この結界を破れる者はこの世界にほとんど居ないという事か。リアちゃん最強説が濃厚だよ。


 やがて暴風龍の攻撃は終わり、荒れ狂う風が収まった。

 リアちゃんが右手を上に向けると…白い槍が出現。魔槍かな。

 その槍を振りかぶって…

「そいやー」

 可愛い掛け声と共に、ぎゅーんと槍が飛んでいった。

 そして暴風龍にサクッと槍が刺さった…

 ……何も起きない。


「…何も起きませんよ」

「何も起きないのが正解だよ。召喚魔法で呼び出された者って召喚者の魔力で攻撃出来るから、それを遮断したの」


「召喚魔法の弱点って奴ですね。勉強になります」

「アスきゅんがやる場合は、召喚者をぶっ殺せば良いからね」


 なるほど。ぶっ殺せば良いのか…相手によるかな。

 おっ、吹っ飛ばされたヒロトが戻ってきた。


『やはり敵わなかったか…じゃあ我は還らせて貰う。お主は…時の神か?』


「ふふふっ、違うよ。今の私はただの道楽者だから」

『ならば…もう遭わない事を祈っておこう』

「…おい…嘘だろ! 戦えよ!」


 暴風龍さんが地面に溶けるように消えていく。ばいばーい。

「…ん? イったんの本業ってなんじゃ?」

「知らんのかい」

 リアちゃんの正体が気になる所だけれど、どうせ教えてくれないからなぁ……


 リアちゃんが紫色のゆびーむを放つと、ヒロトの首から下が止まった。

「なっ…くそ…身体が!」

 それ良いなー、今度教えてもらお。


「リアちゃん、あの人はどうするんですか?」

「どうしようかなー。一緒に考えよう」


「早くこれを解きやがれ!」


「えー…じゃあ、殺すのは面倒なんですよね?」

「うん。無駄に力を持つ転移者って、殺すと能力を持ったまま違う世界に転生しやすいの。色々面倒なのよ」


 全うに生きれば良いけれど、もし転生先の世界を荒らしたら、また誰かに殺されて違う世界へ…って繰り返す。そしてどんどん能力が強くなってしまうらしい。

 そして強くなりすぎて転生先の神が対処出来なくなったら、高い代償を払って専門の殺し屋に頼まなければならないのか。大変だな。


「じゃあ、複製能力を消すとか?」

「消す事は出来ないかな。抜き取る事は出来るけど…受け入れてくれる似た条件の人間が必要なの。性格も重要だし」


「似た条件…転移者か。ミズキさんで良いんじゃないです? 丁度深魔貴族と戦いますし、ヘタレなんで調子こいて力に溺れる事もありませんよ」

「…まぁ、それもそうね」


 リアちゃんがまた白い槍を取り出して…

「っ! 何しやがる! やめろ! やめろぉぉお!」

 迷い無くヒロトにぶっ刺した。

 そして頭に手を当てて、光る玉を抜き取る…

 あの、刺す必要無かったよね?


「じゃあこれ、後で渡しに行こっか」

「あ、はい」


 リアちゃんが次元の狭間を解除すると、色のある世界へと戻った。いやー、良い体験だったな。


 辺りを見渡すと…ありゃ、武器を向けた衛兵に囲まれているヘルちゃんとバラス達。

 そりゃ騒ぎがあったから当然か。

 どうしようかなー…あっ、ここは一番偉い女神様にこの場をおさめて貰おう。


「アテアちゃん、出番ですよ」

「は?」


 は? じゃねえよ。

 どうせ何もしないんだから少しは頑張れよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る