一国の王女が闇堕ちする様子を見ていて楽しいと思う私は性格が悪いんだろうな
しばらくベッドでゴロゴロしていると、部屋の扉が開いてミズキがやって来た。
「あっ、やっぱり居た」
「お疲れ様です。どんな様子でした?」
「姫がおっさんを問い詰めているよ。皆がアスきゅんきゅんをなんとか探そうとしているみたいだけど…見つからなさそうだね」
「ミズキさん、嬉しそうですね」
「面白かったから」
ミズキがベッドに座って、自然な笑顔で私の頭を撫でた。私はモソモソと動いてミズキの太ももに頭を乗せる。
「どうしたんです?」
「レティの考えている事が、少し解ったからね」
「ふふっ、バレバレでしたか」
「私にはね。ところでそのメイド服って何処の? 昨日と違うよね」
「アースのメイド服は返却したので、これはお花屋さん時代に着ていたメイド服です。可愛いです?」
「うん…このフリル凄いね。こんなに繊細なの見たこと無い…」
ゴンザレス店長作だからね。ヘルちゃんでさえベタ褒めの一品。黒い生地に黒いフリル…一見真っ黒だけれど、近付くとその凄さが解るんだ。もうオーラが違う…清潔とシワ伸ばしの魔法が付与されて、魔防具に近い。多分普通に買ったら三千万ゴルドはする…
ベッドでナデナデして貰っていると、うるさい気配が…
スチャッと地味眼鏡を装着した。
――コンコンコンコン!
「ミーズーキー! 白雲居ない…えっ……」
王女が見たものは…ベッドの上でミズキに膝枕され、頭を撫でられている黒い地味メイドこと私。
「なっ…なっ…なっ…」
王女がフリーズしたので、ニヤリと笑って身体を反転。ミズキのお腹に抱き付いた。
「なああぁぁぁ! めええぇぇぇぇ!」
ほーれほれ、羨ましいだろー。
お互いの立場上、こうやって安易にくっ付くなんて出来ないよねー。
首だけ動かしチラリと王女を見ると…下唇を噛んでウルウルしていた。ミズキを見ると、私にジト目を向けているけれど撫でるのを止めない。
「この…この…ウッ…ウッ…」
おっ、言うか?
頑張れ王女、応援しているぞ!
顔を真っ赤にさせちゃってまぁ、ウブいのう。ブリッタさんが手を組んで、頑張れ殿下ーって祈っている。
扉が開いているけれど、大丈夫?
「この…――ウンコダイスーキめぇ!」
おー、よく言えましたー。
……しーん。
……静寂がこのフロアを支配したな。
……まだしーんとしている。
……誰か何か言ってやれよ。
……なに? 私が喋らないと駄目? 仕方ないねぇ。
「王女さん、一皮剥けましたね。見直しましたよ」
「ふっ、ふん! あんたに見直されても嬉しくないわ!」
「それでは、私の事は白雲とお呼び下さい」
ぷちっ。
「てめぇかぁぁ! シラクモぉぉおお! よくもウンコなんて言わせたなぁぁぁぁ!」
王女がキレた音がしたな…仕方ない…起き上がるか。
「ミズキさん、王女さんが闇堕ちしましたよ。どうしましょう」
「なんとかしてよ。こんなに怒る姫は初めてだから対処が解らない」
はいはい。
オーガのような形相で、がに股でズンズン音を立てながら歩いてくる。とても一国の王女とは思えない…録画しよう。
「王女さん…言っておきますが、怒りっぽい人はカルシウムを取れというのは間違いです。トリプトファンを摂取して下さい」
「原因はてめぇだよぉぉおお!」
王女が踏み出し私の眼鏡に抜き手を放ってきた。
グーじゃないだけまだ理性があるか…目はイッているけれど…
首を少しずらして抜き手が頬を通り過ぎ、王女の腕を掴んで引く。
バランスを崩した王女の足を掛けてから腕を上げ、王女が仰向けの状態で宙に浮く。
宙に浮いた王女の後頭部に手を添えて、そのままポフッと落下。
「えっ…」
ミズキの膝の上に頭を乗せた。
キョトンとしている王女はミズキを見上げて硬直。私はミズキに目配せをすると、ミズキはため息を吐きながら王女の頭を撫でた。
すると直ぐに機嫌が直り、ニヤニヤを隠そうと両手で顔を覆っている……チョロいな。
「うぅ…恥ずかしい…」
「王女さん、そのままの態勢で構いません。私の不敬罪は解消されそうですか?」
「…不本意ながら解消されるわ。あれだけの功績…お父様直々に感謝状が送られるレベルよ」
「それは良かったですが、感謝状は要りません。それでは、王女さんが代表して私の望みを聞きますか?」
「……望み?」
「はい。ロートン公爵領を救った報酬についてですよ。ニコライさんの感謝だけで済ませるのであれば、別にそれで構いませんがね」
「……聞こうじゃないの」
「では、私の望みは三つあります。一つ目、この城の中層以上に私の滞在出来る部屋を一つ用意して下さい。二つ目、勇者ミズキ様に私の依頼を受けてもらいます。三つ目、千年以上前の古い資料の閲覧。以上です」
侍女さんが紙に望みを書いてくれた。ありがとうございます。
にしても王女よ、ちょいちょい舌打ちするのはやめとけ。
「…直ぐに会議をしてもらえるように頼むわ。白雲、同席して貰える?」
「白騎士の格好なら良いですよ」
王女は変わらずムスーッとしながらミズキの太ももをさわさわしている。
まぁこれで望みが叶わないのであれば、勝手にやらせて貰うだけ。ちゃんと正規のルートを踏んでいる以上、応えて欲しいね。
「ところで…そのメイド服、何処で手に入れたの?」
「帝国ですよ」
「帝国というと…ヌガー商会か、アズリード商会、イージー商会かしら?」
「どれも違います。これは幻の職人が作った作品です」
「幻…まさか…ゴン・ジーラスかぁ!」
「ええ、ご名答」
ゴン・ジーラス…ゴンザレス店長が副業で使う名前。
知る人ぞ知る幻の職人…どれだけお金を積まれても気に入った者にしか作らず、思うがままにしか作らないマイペースを貫き通す謎の人物。
だから花屋のバックヤードは宝の山なのだ。
「くっそぉ…なんでこんな地味顔の奴がゴン・ジーラスの服を…」
「ふっ、あと五十着持っています」
「きぃぃぃい! 少し分けろぉ!」
「嫌です。じゃあ着替えてきますね」
「ミズキぃ! 慰めてー!」
「はぁ…姫を怒らす天才が現れたか…」
王女よ、キレキャラはうるさいから苦手なんだ。
もっとこう、王女らしく…王女らしく? それは違うか。
王女はストレスが溜まる…自分で自分を押さえ付けなければいけない。
周囲に嫌われようとも、自分を貫く気概があるのなら…少しは優しくしてやろう。
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