とりあえず名前を決めようか

 

 迷宮の大穴が眼下に広がっている。

 意外と綺麗な丸だなぁ。直径は七十メートルくらい。

 暗く、全てを呑み込んでしまいそうな大きな口を開け、私達を誘うような淡い光がポツポツと見えた。


 あの光はなんだろう…少し降りてみると、これは照明か。そして穴の内側には階段が備え付けられていた。

 穴の内側をぐるりと回る凄く大きな螺旋の階段。

 中の部分は大きな吹き抜け構造。階段を踏み外すと間違いなく墜落死するだろうな…結構怖いぞ。


「未発見迷宮という事で、仮の名前を決めよう! 報告書のタイトルにするだけだから」

「じゃあ…縦穴式チロル迷宮ですー」


「なんだ、考える事は一緒か。私は、チロルへの階段。チロルちゃんは?」

「いや、なんで私の名前なの?」


「だって、私とエーリンの名前は使えないし、チロルちゃんの名前を有名にしたくなったんだよ」


 私の場合は一応有名な名前だし、エーリンはエルドラドでは有名…だから使うのは難しい。となれば、チロルちゃんの名前を有名にするにはこれしかないでしょう。


「じゃ、じゃあ…でっかい大穴迷宮」

「「却下」」


「地獄への階段」

「「却下」」


「…氾濫の大穴」

「「却下」」


「……チロルの迷宮」

「「もう一声」」


「……氾濫のチロル」

「それにしようか」「地獄の氾濫迷宮チロルでも良いですよー」


 結局、チロルちゃんが拗ねてしまったので、仮称は『チロルの迷宮』という事になった。

 大丈夫だよー。報告書の一番最初に書くだけだから。


「よーし、入ろうかー」


 階段の近くをゆっくりと降りていく。

 照明は階段のみを照らしていて、穴の底を見る事は出来ない。

 普通なら。

 私には深淵の瞳があるので、暗闇にはかなり強い。穴の全貌が手に取るように解るという…なんとも面白味に欠ける事態だけれど、エーリンとチロルちゃんには見えないから良しとしよう。


「アレスティアー、魔物は居ますかー?」

「この階段が続く穴には居ないかな。氾濫の時に倒したからだと思うよ」


 プルプル震えるチロルちゃんを後ろから抱き締めながら、階段を観察しながら降りていくと、踏むと外れる階段を発見。報告書に外れる階段有りと書こう。初見殺しは上級探索者でも命を落とす。


「ど、どこまで調査するの?」

「ある程度見たらかな。そういえばチロルちゃんはいつまで居られるの?」


「私は、あっ、今日の夜までだよ」

「じゃあ迷宮で帰る形かな。何か良いものがあったらあげるね」


「ありがとう。もう終わりかぁ…」


 しばらく降りていくと、階段の終わりに到達した。

 直線距離で一キロくらい。螺旋階段を降りる場合はもっと時間が掛かる。これは…帰り道も辛いな。


 階段の終わりは、円形の部屋。鉄の扉が…四方向に一つずつ。

 北は次のエリア、西は罠、東はボス部屋、南は次のエリア。


「さて、四つの扉。次のエリアかボスか」

「ボスで良いと思いますよー」

「が、頑張ってね!」


 了解了解っと。東へ向かい、ボス部屋を覗き込む。

 四角い部屋。

 …赤い骸骨剣士。簡素な鎧を装着して、腕は四本…それぞれの手には剣が握られている。

 四剣…ちょっとワクワクするな。


「ちょっと楽しそうだから行ってくるよ。部屋の中で見ていてね」

「はいー。行ってらっしゃーい」

「赤い骸骨…怖いね…」


 よし、今回は…サンダーホークの剣でやるか。

 部屋に入り、赤骸骨の近くまで歩く。

 すると、赤骸骨が動き出した。


『キシャ…キシャ…ニン…ゲン』

「よろしくお願いします」


 剣を持ちながら、拳を胸に当て戦いの挨拶。

 赤骸骨は剣を構えて応じた。


 上下に腕…下は突きと払い、上は斬り落としかな。

 先ずは…どこまでの剣技なのか…


「無元流・静界」


 骨の動きを読む。

 …筋肉が無いから難しいな。


 来る…下腕を振り、交差するように斬り払い。

 剣速はそこまでかな。

 交差する瞬間に下からの斬り上げ。

 下腕が浮いた…でも上腕が斬り落とし。


 左上腕を内側から弾いて外側に流す。

 お次は右上腕も内側から弾く。


「無元流・骨断ち」


 走り抜けながら左上腕を切断。

 一本ゲット。


『キシャ…キシャ…ブラッドヒール』


 お? 骨が再生した。

 にょきにょき生えて、左手には血のように赤い剣が現れた。


 赤骸骨の胴体に突き。

 下腕は反応が遅い。でも再生した左腕は速いな。

 突きを上から弾かれ、私の剣先が下がった隙に右腕の袈裟斬り。

 後退しようとしたけれど、剣を引っ掛けられて出来ない。

 仕方無い。剣から手を離して…


「両手のユビーム」


 上腕をユビームで牽制。

 あっ、再生した左腕が消し飛んでしまった…

 再生すると速くなる代わりに魔法に弱くなるのか…


 ……おや? ブラッドヒールを使わない。

 試しに右腕も斬ってみるか。


「無元流・骨断ち」


 三本の腕なら余裕だ。

 飛び上がりながら骨を断つ。


『…ブラッドヒール』


 次は右腕が再生…なるほど、一度斬り落としてから魔法で攻撃する倒し方か。

 ユビーム。右腕を消し飛ばして、残るは二本。

「無元流・四肢」

 シュパンッと四肢を斬り落として、再びブラッドヒールで再生。

 じゃあこれで終わりかな。


「ソルレーザー」


 バシュン…光の柱を落とすと、再生した部分が消し飛び、残るは胴体と頭のみ。動かないな…


 少し観察していると、ポロポロと身体が崩れていった。

 うん、楽しかった。



「終わったよー」

「お疲れ様ですー」

「格好良かったよ」


 魔石と転がっている剣や装飾品を収納して、奥にある扉を……ん? 赤い宝石が扉に嵌まっていた。


「あっ、簡単に取れた」

「大きな宝石ですねー」


 手の平より大きなサイズのルビー…これ、かなり凄い代物だ。十年くらい遊んで暮らせる。

 へへっ、儲けた儲けた。


 さっ、扉を覗こう……またボスかな。今度は緑色の骸骨剣士…少し仕様が違うな。盾がある。


「連続ボス部屋かな。次はエーリンがやる?」

「ほいほいー。じゃあサクッとポキッと殺りますねー」


 エーリンが四角い部屋の中に入り、ズカズカと緑骸骨の前へ。

「鬼棍棒ー。ほいー」

 緑骸骨が構えた瞬間…無造作に鬼棍棒を振り下ろし、緑骸骨を粉砕した。


 ……サクッとポキッと殺りすぎだよ。緑骸骨の説明をしそびれたじゃないか…

 褒めて褒めてって期待した顔を向けている。鬼棍棒を持ちながら薄ら笑いで近付いて来るなよ、チロルちゃんが怖がっているだろ。


「よくできました」

「えへへ、もっと褒めて下さーい」


 はい、サクサク行くよー。

 …なに? もっと褒めて? 今褒めたろ。


「何して欲しいの」

「チロルちゃんのチューですよー」


「駄目。そのまま血吸う気だろ。チロルちゃんは耐性無いんだから駄目だ」

「ぶぅー!」


「一応言っておくけれど、普通の人はエーリンに噛まれたら死ぬからね」

「えっ?」


 えっ? じゃないよ、知らなかったのかよ。

 神経毒や防腐毒やら色々あるじゃないか。まぁ、それだけエルドラドが過酷な環境なんだろうと推測出来る。


「私以外は噛んじゃ駄目だよ」

「ぶーー!」


 エーリンがチロルちゃんを狙う視線を向けていたけれど、本当に駄目だよ。

 エーリンをしっしってしていると、チロルちゃんからキュルルと可愛い音がした。


「今日はここで泊まろうか」

「はいー」


 緑骸骨から剣と盾、魔石、装飾品を回収。一応奥の扉に嵌まっていた大きな緑の宝石…エメラルドをゲット。


「アスティちゃん。楽しかったよ、ありがとう」


 そうか、チロルちゃんは今日で一旦お別れ。

 次は誰かなー。

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